23.水面下の陰謀
(なぜ、なぜこんなことに……)
祭りに賑わう街中に立ち尽くしながら、私はひたすら途方に暮れていた。
時は遡って少し前。
それは、私が客間に戻った時のこと。
「お帰りなさいセレスティナ様、さあまずはお召し替えを!」
客間には、最高にテンションの上がったナタリアが待ち構えていた。両手で一枚の服を掲げ持っている。それは淡い桃色のかわいらしい膝下丈のワンピースで、胸元には小さな花の刺繍がふんだんに施されており、裾がふわりと広がっている。普通の町娘が精いっぱいおしゃれをする時に着るような服といった感じだ。いやもう少し上質のものかもしれない。
私は質問も反論も許されずにそのワンピースを着せられ、靴もそれに合わせたショートブーツに替えられた。ナタリアはそのまま私を座らせると、私の髪を編み始めた。後ろでゆるく一本の三つ編みにし、造花の髪飾りをいくつもつけていく。服に合わないからと、天青の首飾りも外されてしまった。可愛いけど、何故ここまでするのか。
私が訳も分からず目を白黒させていると、一通り髪をいじり終わったナタリアが言った。口を挟む暇もない。
「ああセレスティナ様、ほんとうにおきれいです!! 私はこの後少し用事がありますので、セレスティナ様は先に街へ行っていてください。訓練所の隣にある広間の中央に鐘がありますよね、その下で待っていてくださいね」
そこまで細かく待ち合わせの場所を決めておく必要があるのだろうかとは思ったものの、今の私にはそれより重大な問題があった。
「それと、ロッドは置いていってくださいね?」
「それだけは勘弁してくださいナタリア!」
思わず大きな声が出た。丸腰の時間が長すぎてそろそろ禁断症状が出そうになっている。
「大丈夫ですよセレスティナ様、祭りの間はいつもより警備が厳重になっているんですから。普段は王城の中のみを守る近衛騎士たちも総出で街の警護に参加するんですよ。セレスティナ様が戦えなくても、彼らが何とかしてくれます」
ここまですごい勢いで喋り続けたナタリアが、急にしゅんとなった。
「それに、私は……セレスティナ様の一番きれいなところをみんなに見てもらいたいんです。そんなに可愛いお姿に、戦いの道具は似合いません」
うわっ泣きそう、分かったナタリア私の負けです、結局私は可愛い子の涙には弱い。
泣き落としで勝利を得たナタリアは、一転して満面の笑みを見せた。うん、やっぱり私彼女には勝てない。
ナタリアに指定された待ち合わせ場所にたどり着くと、同じように待ち合わせをしているらしい人でごった返していた。女性はみんな目いっぱいおしゃれをしていて、男性も一張羅でめかしこんでいる。そして、特に目立って多いのが初々しいカップルだ。「待った?」「今来たところだよ」といった会話を交わし、二人一緒に街中へ消えていく。そっか、祭りって絶好のデートスポットだったね。
それにしてもナタリア遅いなあ。支度に時間がかかっているのかな。まあここで祭りの賑わいを眺めていると退屈しないし、のんびり待とう。
そうやって一人でたたずんでいると、突然声をかけられた。
「あのー……セレスティナ様、ですよね?」
おずおずと声をかけてきたのはフィニアンとアドリアンだった。二人ともいつもの騎士鎧や訓練着ではなく、普段着を着ている。見慣れない格好なので新鮮だ。フィニアンは動きやすさを重視した体にぴったりと沿った作りの服で、アドリアンは逆にゆったりとして布を多く使った作りの服だ。この二人、顔がそっくりな分髪型や服で違いを出そうとしているのか、あるいは単に好みが違うだけなのか。多分後者だろう。
私がそんなことを考えている一方、二人も私の姿に驚きを隠せないようだった。
「セレスティナ様、いつもの格好も清らかで素敵ですが、今のお姿も可愛くて僕は好きです」
アドリアンが直球で褒めてくる。フィニアンも負けじと口を開いた。
「俺もそう思います。それにその髪、そういうのもとてもよくお似合いです!」
君たち、恥ずかしいからそろそろやめてね?
「ところでセレスティナ様、実はお願いがあります。黙ってこの手紙を読んでいただけませんか」
少し神妙な面持ちでフィニアンが手紙らしきものを差し出す。訳が分からないがとりあえず読んでみることにした。
『セレスティナ様、今日はその二人と一緒にお祭りを回ってください。セレスティナ様には乙女らしい時間が足りないと思います。ですのでこの機会に素敵な男性たちと素敵な時間を過ごしてください。ナタリア、一生のお願いです』
なんてこった、いつぞやのモニカの入れ知恵がとんでもない形で実を結んでしまったぞ!!
『追伸、私は教会の友人(女性です)と過ごすのでお気になさらず』
自分はしっかり女子会か、って突っ込むところはそこじゃないよ私!!
私が手紙を読んで顔色を変えたのを見た二人が、気まずそうに弁明を始める。
「俺たち、ナタリアさんに頼まれたんです。今日はセレスティナ様と一緒にいてくれないか、訓練以外で楽しい時間を過ごさせてはくれないか、って。最近のセレスティナ様は訓練ばかりで、楽しみらしい楽しみもない生活をしておられるから、と言ってました」
「僕たちはセレスティナ様と一緒にいられたら嬉しいんですけど……その様子だと、セレスティナ様は何もご存知ではなかったようですね。ナタリアさんの独断かな」
「なあアディ、俺たちもしかしなくてもセレスティナ様の迷惑になってたりしないか?」
「僕もそう思う。ナタリアさんには悪いけど、ご一緒するのはあきらめようか」
そして事態についていけない私が硬直している間に、二人はさっさと結論を出している。二人ともとても残念そうだ。
くっ、ナタリアめ、ここまで踏まえてのこの人選だな! こんなに残念そうな顔をされては私に断るという選択肢はない! 他のメンツであればまだ断りようもあったものの!
「あ、待ってください二人とも、私は迷惑ではありません……いえ、あなたたちといられたらきっと楽しいと思います。ですから、一緒にお祭りを見て回りましょうか?」
断りたいのか断りたくないのか自分でも分からなくなった結果、口調が変になったかもしれない。
しかし二人はそんなことは全く気にせず一斉に顔を輝かせた。同じ表情をするとこの二人は本当によく似ている。
「やった!」
「良かったあ」
二人して喜び合った後、今度はアドリアンが懐から何かを出した。また手紙に見えるんだけど、これ。
「実はナタリアさんが、お祭りを見て回る直前にセレスティナ様にこれを渡すようにって」
今度は何が書いてあるのかとおびえながら、恐る恐る手紙を読んだ。
『さらに追伸、お忍びでお祭りに行くわけですし、お互いに言葉遣いも変えて敬語をなくしたほうがより自然です。ティナさん、なんて呼んでもらえたらきっと素敵ですよ。頑張ってください』
どれだけ爆弾を落とせば気が済むのだろうかあの子は……。
本気で頭を抱えた私を二人が心配し始めたので、何も言わずに二通目の手紙を二人に差し出した。
「これはすごい提案ですね」
「ナタリアさん、本気で言ってるのか!?」
うん、間違いなく本気で言ってるよフィニアン。ナタリアはそういう子だ。
「どうしましょう? 確かに、私たちの年頃の者が互いに敬語を使っていると目立ってしまうかもしれませんが」
「普段は聖女と騎士の間柄ですし、目立っても問題ないんですけどね。そもそもあの鎧派手だから嫌でも目立っちゃうんですよね」
「そういう問題かよアディ。お祭りだからお忍びの方が楽しいっていうのは分かるんだけどさ、セレスティナ様に敬語なしでってどう喋ればいいのか分からないぞ!?」
「それです」
「え?」
私が冷静に言うと、今度はフィニアンが硬直した。私一人だけ困惑してるのは悔しいので、申し訳ないが君には道連れになってもらう。さあ困惑するがいい。
「フィニアンはアドリアンと話すときのように私に話せばいいのです」
「無理です!」
「そこは『無理だって!』くらいでちょうどいいんじゃないかな。ねえティナさん?」
アドリアンはさっさと口調を改めている。やはり彼のアドリブ力は侮れない。
「そうねアドリアン、私もそう思うわ」
さあこれで敬語なのはフィニアンだけだ。いい加減覚悟を決めて欲しい。
「くっ、二人して……後は俺だけか」
フィニアンは目を閉じ口を真一文字に結ぶと、小声でそっと言った。
「分かったよ、今日一日これで頑張ってみるよ、……ティナさん」
おっかなびっくりではあるがちゃんと敬語を外せている。フィニアンはやればできる子だった……と、気づけば三人してまんまとナタリアの計略に乗せられてしまっていた。
「とにかく、そろそろどこかに行きましょう。二人はどこか行きたいところがある?」
ずっとここにいても仕方がないのでこう尋ねると、二人はにっこり笑って言った。
「だったら僕たちのお気に入りの場所に行こうか」
「俺たちは王都の生まれだから、建国祭にはくわしい……んだ」
フィニアンがぎりぎりのところで敬語外しに成功した。まだちょっとぎこちない。
こうして、予想だにしない建国祭の一日目が始まったのだった。




