22.建国祭の始まり
どたばたと初陣を終わらせた後は、またいつも通りの日常が戻ってきた。ナタリアの調子が少々おかしなこと以外は。
ナタリアはいつもなら可能な限り私のそばにいたがったのに、このところちょくちょく一人で出かけるようになったのだ。実際さっきも「ちょっとそこまで」と言い残していなくなったところだ。加えて、どこかそわそわしていることが多くなった。どうしたんだろう。色々と気になるがナタリアもそろそろ一人前の大人だ、干渉するのはやめておこう。
そういえば建国祭も近づいてきた。またモニカに会えるのが楽しみだ。そう思ったとき、あることに気が付いた。建国祭において、私に自由時間はあるのだろうか。まさか貴賓席的なとこにずっと押し込められたり、なんてことはないだろうか。せっかくの祭だし、できることなら色々見て回りたい。これは事前に確認しておくべきだろうか。とすると行くべきはあそこだ。
「それで、今度は何をしでかしたんだ聖女殿」
アルフレッドなら建国祭の式次第を知っていると思った(確信)ので聞きに来ただけです。人聞きの悪いこと言わないでください。まだ何もしてませんよ、まだ。
「建国祭の流れが知りたい? ……ああ、君の拘束時間について知りたいのか。建国祭自体は堅苦しいものではない。初日の朝に陛下が民にお言葉をかけられ、これにより祭が始まる。そして最終日の夜にもう一度陛下が民の前に出てこられ、その後魔法の花火が打ち上げられて祭は終わりだ。簡潔だろう? 君も初日の朝と最終日の夜だけ顔を出してくれれば、あとは自由に過ごしてくれていい」
とってもシンプルです。しかも拘束時間短くて最高です。
目を輝かせる私を見て、アルフレッドはまた眉間のしわを深くした。最近こういった表情ばかり見てる気がする。でもこういう感じの方が人間らしくて取っつきやすい。おかげでアルフレッドへの苦手意識もだいぶ薄れてきた気がする。
「一言言っておくが、決して祭の最中に問題を起こさないでくれ、いいな?」
「重々承知しております」
日々アルフレッドに迷惑をかけまくっている自覚のある私は、精一杯神妙にうなずいた。
再び客間に戻ると、ナタリアが先に帰宅していた。
「セレスティナ様、お帰りなさい」
「ただいま、ナタリア。気のせいか嬉しそうな顔をしているようだけど、何かいいことでもあったのかしら?」
「はい! でも今は内緒です。いつかセレスティナ様にもお話しますね」
「楽しみね」
こうやってたわいもない話をしている分には、全くいつも通りのナタリアだ。
「あ、ところでセレスティナ様、今度の建国祭のご予定はお決まりですか?」
「いいえ。さっきアルフレッド様に確認してきたところなのだけど、自由にできる時間が多いみたいですから、どうしましょうと思っていたのよ」
「でしたらセレスティナ様の空いた時間、私にください!」
ナタリアが前のめりで主張した。それはもはや口説き文句な気がする。
「ええ、いいわよ」
「やった! ではセレスティナ様、当日の空き時間になったら、真っ先にここに戻ってきてくださいね!」
ものすごく喜んでいるナタリア。女の子同士でお祭りか、楽しそうだ。モニカも建国祭に来るって言ってたし、合流して三人で回れたらいいなあ。
そうこうしているうちに建国祭の前日になった。王城も城下町も祭の準備でとても賑やかだ。特に城下町では色とりどりの造花を用いた飾りつけが始まっており、色々な屋台なども準備されつつあるようで、見慣れた街がとても華やかになってきている。
そんな中、見覚えのある青い小鳥が手紙をくわえて窓辺に舞い降りた。ラファエル、久しぶりだなあ。いやそんな久しぶりでもないのかな?
手紙を読むと「研究はまだ途中ですが一応ある程度は形になりました。いずれ結果を見せますね」とあった。これは朗報だ。いくら私が鍛えて強くなっても、白の浄化にはかなわない。ラファエルの研究の進み具合は私にとって相変わらず死活問題なのだ。
手紙を握りしめて余韻に浸っていると、ぱたぱたとナタリアが客間に駆け込んできた。どうやらモニカが城下町に到着したらしい。私はナタリアに誘われるままモニカに会いに行くことにした。
モニカは前回と同じ宿をとっていた。私たちが再会を喜んでいると、ラファエルがモニカの後ろからひょっこりと現れた。相変わらずのそこはかとなくだらしない格好に、どこかつかみどころのないほんわかとした笑顔だ。
「お久しぶりです。僕も来ちゃいました」
「あたしたち、祭りの最後に打ち上げられる魔法の花火を見に来たの。花火に使われる魔法の理論は理解しているんだけど、実物を見たことはなかったから」
「僕はまだ研究が途中だったんですけど、こんな機会中々ないんだし、あなたも実物を見た方がいいわよってモニカが聞かなくって。まあ、確かにその通りだしたまには遠出もいいかなって」
「ちなみにラファエルの説得に一週間かかったわ」
この夫婦漫才を聞くのも久しぶりだ。見事に息ぴったりだ。
「あなたたちも大体は自由に動けるんでしょ? 祭りは三日間もあるし、どこか一日くらい一緒に回れたらいいわね」
モニカが目でナタリアに合図をしている。そして心得たりという顔でナタリアはモニカにうなずき返した。どうもこの二人、私のよくわからないところで共感しあっているような気がする。
そうやってナタリアとモニカがうなずきあっている横で、ラファエルが私にちらりと視線を送る。うん、これの意味は分かる。研究の進み具合について機会があったら話しますね、だ。でもラファエルと二人になれる機会はお祭りが終わるまでは無さそうな気がする。どこもかしこも人だらけだし、王城はやっぱり魔術師立ち入り禁止だし。
それに研究の進み具合も気になるけど、今はそれ以上に純粋にお祭りを楽しみたい。どうせ普段は黙ってても面倒ごとに巻き込まれるんだから、せめてお祭りくらい平和に過ごしたい。そう、やはり平和が一番だ。
そしてとうとう建国祭の当日。これから私が多くの民衆の目に触れるというので、ナタリアはとても念入りに私の髪を梳いていた。「セレスティナ様の一番素敵な姿を街のみなさまに見てもらうんです!」とのこと。
私は訓練所の行き帰りの姿をしょっちゅう街の人に見られてるんだけどなあとつぶやくと「それはそれ、これはこれです。あと祭りの間は街の外から来た人も多いですから」と力いっぱいの返答がやってきた。王と同席するので当然ながらロッドも没収。丸腰で歩くのは久々なので腰が軽くて落ち着かないと嘆いていたら「セレスティナ様は武人ではありません!!」と語気荒く反論された。
身支度も済み、アルフレッドやその他の王国の重鎮と共に王城のテラスに出た。周りが偉い人ばかりで、何だか私一人だけ場違いな気がする。
テラスは思っていたよりも低く、下の広間に民衆が集まっているのが後方に立っている私からも見える。みな歓喜の声を張り上げている。テラスの扉が開き、王城の奥から王が現れると、さらに声は大きくなった。
王がテラスを進み、一番端に立つとゆっくりと手を挙げた。その途端、辺りは水を打ったように静まり返る。
「この一年、みながつつがなく過ごせたことが余の幸いである」
前に玉座の間で聞いただるそうな声とは全く異なり、王の声は朗々と響きわたった。
「そして次の一年、みなに災いの降りかかることがないよう余は願う」
王がそう言い終わると、民衆は一気に湧き上がった。歓喜の声はもうほとんど悲鳴に近い。王はきびすを返すと、敬礼する私たちの間を通って王城の中へと戻っていった。すれ違いざま、また蔑むような目を向けられたような気がした。何故だろう。
それにしても、王の印象が前とはずいぶん違った。前はやる気なさげでだるそうで偉そうな、嫌な感じのじいさんという印象だったのに、今日の王は言ってる内容も立ち居振る舞いも立派で、まともな王様に見えた。
納得がいかなくてこっそり首をかしげていたら、すぐ近くにいたアルフレッドがそっと耳打ちしてきた。
「建国祭での陛下は、言葉も立ち居振る舞いも前もって練習された虚構だ。君が玉座の間で見た陛下こそが本来の陛下だ。覚えておくといい」
不敬罪ものの内容をこんなところで耳打ちしてくるその度胸もすごいが、それよりもどうして私の疑問を見抜いたのだろう。そしてなぜこんなことを教えてきたのだろう。謎だらけだ。
最後に謎は残ったが、これで今日の仕事は終了だ。さあ遊ぶぞ。まずは客間に戻ってナタリアと合流して、それから……。
などと無邪気に浮かれていた私にこれから起こる出来事を、一体誰が予想しえただろうか。少なくとも私は全く予想していなかった。まさかあんな事になるなんて。




