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19.おばさま、襲来


 モニカと再会した次の日、私たち三人は訓練所に集まっていた。モニカは建前としては新しく石を追加したロッドの監修のために来ているのだが、実質は私たちとお喋りにきただけだ。しばらく会わないうちに、お互い話すことは山ほど溜まっている。

「しかし、あなたが王国の役職持ちになっちゃうなんてねえ。教会は何て言ってるの?」

「役職っていっても形だけよ。教会は今のところ何も。アルフレッド様が言い訳を考えるのに苦労してたわ」

「それよりモニカ、ラファエル様とはどうなの?」

 ナタリアが一番気になっていたのはそこらしい。

「な、何もないわよ。ラファエルのやつ、研究室からろくに出てこないし……たまに出てきても、やつれた顔でぶつぶつ言いっぱなしだし。何を研究してるのか聞いても教えてもらえないし。最近じゃあたしが部屋の前まで食事を運ぶ羽目になってるの」

 これはこれで何かが進展してると言えるのかもしれない。

「そっか。……ねえ、モニカはまたすぐ帰っちゃうのよね?」

「ええ、今回はセレスティナに石を渡しに来ただけだから。どうしたのナタリア、何かあるの?」

「うん。来月の建国祭にラファエル様を誘ったらどうかなって」

 建国祭はゲーム中のイベントとしてなら知っている。共通ルートから個別ルートに移行する直前の大きな節目だ。思えば、最近はゲームのストーリーについて考える暇すらなかったし、こんなところで現実とゲームの共通点を見つけるとなんだかくすぐったいような懐かしいような。

「来月の末にある建国祭って、毎年三日間の盛大な祝いになるらしいの。それでね」

 突然ナタリアがモニカの耳に顔を寄せ、何やらごにょごにょとささやいた。聞いていたモニカの頬が少しずつ赤くなる。

「……うん、いい情報をありがとう。分かったわ、頑張ってみる」

「応援してるね」

 よく分からないが二人の間に友情が育っているようだ。その後も二人は顔を寄せてひそひそと相談している。


 私が二人を眺めつつ平和を噛みしめていると、突然小姓に声をかけられた。彼はアルフレッドからの伝言を持って来たのだった。その伝言の内容を聞いて、私は飛び上がった。

「れ、レディ・ベアトが王都にいらっしゃっているの!」

「はい。城下町の聖堂におられるそうです。急ぎ、聖女様お一人で向かわれるようにとアルフレッド様はおっしゃっていました」

「今すぐ向かいます!」

 大慌てで立ち上がる私、顔面蒼白のナタリア、興味津々のモニカ。

 私は二人に声をかける余裕すらなく、小姓に教えられた聖堂まで全力で駆け付けた。




 王都の聖堂は、教会の中心施設たる大聖堂よりは小さいものの、それでも十分に大きく清浄な空気で満ちていた。聖堂の中央に位置する大きな礼拝室の突き当たりの壁は、少しずつ色味の違う青いガラスを組み合わせた大きなステンドグラスになっており、その中心には一対の翼をかたどった白い曇りガラスがはめ込まれている。ステンドグラスを通った光で礼拝室は青く染めあげられていた。その奥に、その人は一人たたずんでいた。

 生きてきた長い年月をそのまま表すような白い髪の老女、とても小柄ながら背筋はまっすぐに伸び、豪華な青いローブに包まれたその姿は優しさと厳格さとを共に醸しだしていた。彼女がレディ・ベアト、またの名を大司教ベアトリーチェ。教会の頂点に立つお方だ。

「おばさま、どうしてここに?」

 彼女は大司教ではあるが、同時に私からすれば育ての親のようなものだ。なので他に誰もいないときはおばさまと呼んでいる。

「ティナ、あなたは昔からおてんばだったけど、ここまで大暴れするなんて思いもしなかったわ。しかも教会の外で」

 私の問いには答えずに、とても柔らかな声で大司教が言った。大司教も、私のことは愛称のティナで呼んでいる。それはそうとして、大暴れってどの件のことだろうか? 心当たりがありすぎて一つに絞れない!

「私たち教会の者の心得を忘れてしまったのかしら?」

「いえ、覚えております。私たちは世界の安寧を望むもの。黒を払い、世界のあるべき循環を助けるもの、ですよね?」

「そうよ。この世界の安寧という言葉には、『むやみに世界情勢に関わらない』というのも含まれているのよ、ティナ」

「はい」

「だから私たちは権力の側に立ってはいけない。あくまで民のそばにあり、権力とは関係のないところで世界を守らねばならない」

「はい」

「ところがあなたは王国の騎士たちと不必要にかかわり、あまつさえ役職までもらってしまったわ。教会としては見過ごせないのはわかるわね?」

 完璧にお説教タイムに突入しています。やっぱりその件でしたか。

「まったくもう、どうしてこんな子に育っちゃったのかしら。私の教育が悪かったのかしら」

 レディ・ベアトが天を仰いだ。その言葉とは裏腹に、口調はほんわかとして穏やかだ。そこまで困っているように見えないのは気のせいだろうか。

「ちゃんと反省してるのかしら、ティナ?」

「反省しています。……ですが、私は自分の行いが悪かったとは思っておりません。行いの結果は少々、その……問題があるかもしれませんけれど」

 言い訳のようになってしまった。騎士のみんなと仲良くなれたことは嬉しいし、悪いことじゃないという思いを隠せなかったのだ。

「ふふ、相変わらずねえあなたは。安心したわ」

「安心、ですか」

「そう安心したの。だってあなた、ずっと大聖堂からろくに出たこともなかったでしょう? それが聖女として王城に赴くなんて、そんな大役が務まるのかって心配していたのよ」

 レディ・ベアトのしわだらけの顔がくしゃくしゃと笑み崩れた。

「それがいつの間にか王国の人たちともすっかり仲良くなって、おまけに少したくましくなって」

 そこで片目をつむるレディ・ベアト。

「ちょっとおてんばが過ぎることにはこの際目をつぶりましょう」

 礼を言うのも何か違う気がしたので、軽く頭を下げておいた。

「さあ、お説教はこれで終わり。何があったのか聞かせてちょうだいな、ティナ」

 促されるままに私は話した、教会を離れてからの色々なことを。なおさすがにレックスのことは伏せておく。それとラファエルの研究のことも一応黙っておいた。レディ・ベアトは興味深そうにうなずきながら話を聞いていた。

「天青の首飾り、戻ってきたのねえ。数代前の聖女のころに王国に渡ってからお蔵入りしていたって聞いていたけれど」

 あれ、今更ながら首飾りを知る人が現れたな。ずっと謎の首飾り扱いだったのに。

「その首飾りは、私たち教会を表す青と、私たちが崇める天である白を用い聖女のために作られたもの。大切にしなさいね」

「この首飾りには守りの力があると聞いているのですが、レディ・ベアトは何かご存知でしょうか」

「守りの力? ちょっと違うかしら。王国は都合が悪くなると過去の記録を抹消してしまう癖があるから、何かのついでに首飾りの記録も消えてしまったのでしょうね」

 消された記憶、と聞くとレックスのことが思い浮かぶ。

「覚えておきなさい、それはあなたが分岐点に立っているとき、良い方向に進めるよう手助けしてくれるものよ。それ自身に命があるとか、それ自身に意思があるとかいう説もあるけど」

 思っていたのとは違ったけれど、これはこれですごい効果があるようだ。命とか意思とかって生き物のようで若干気持ち悪くもあるけれど。いつか役に立つだろうか。


 それからも私たちの話は続いていた。

「魔術都市まで行ったのねえ。あそこは私たちとはちょっと相性が悪いから」

「相性が悪いとはどういうことでしょうか?」

 そう言えば、教会が魔術師を避けているとかいう話を聞いた覚えがある。

「あそこの人たち、魔力を見ることができるでしょう? それに私たちのこともすぐ探ろうとするのよ」

 そう言えば現在進行形で白の浄化を分析してる人がいます。

「それに、あの人たちはすごい勢いで技術を進めてしまうでしょう? 世界の安寧に吉と出るか凶と出るか分からないのよ」

 そう言えば私の腰に下げたロッドも魔法技術のたまものです。

「だから私たち、できるだけあの人たちとは関わり合いにならないようにしてるのよ。あの人たちはそれが気に食わないみたいだけど」

 大変納得いたしました。しかしそうすると私の行動は色々まずい気もするが。

「でもねティナ、あなたが個人的にあの人たちとお友達になる分には構わないと思うのよ、私は」

 大司教様のお墨付きをいただいてほっとしたのもつかの間、爆弾発言がレディ・ベアトから飛び出した。

「それでね、私もそのお友達に会ってみたいの」

「でも、大司教が魔術師に会うというのも、その……」

「構わないわよ、こっそりやればいいんだから」

 ……この人、私と同類な気がする。




 そこで私とレディ・ベアトは作戦を練った。そもそもレディ・ベアトとモニカをどこで会わせるかが問題だ。王城関係者のいる所だと、レディ・ベアトの正体がばれてしまう可能性があるのでまずい。そして、王城と聖堂には基本的にモニカは入れない。となればあとは、城下町のどこか。

「うふふ、お忍びで色々やるのって楽しいわねえ」

 すっかり悪戯っ子の顔になったレディ・ベアトと練った計画はこんな感じだ。まず、私とレディ・ベアトで聖堂を抜け出す。聖女が大司教をお忍びで案内するという体で護衛をまくのだ。次に、モニカが泊っている宿に頼んで、モニカの部屋にレディ・ベアトを隠す。最後に、私が訓練所までひとっ走りしてモニカを呼んでくる。これで何とかなるかな?




 計画通り、私たちは二人きりで外出することに成功した。おばさまは手際よくローブを地味なものに着替え、ごくごく普通の老婦人のふりをしている。当然ながら、お忍びの間は私もおばさまの名前を呼ぶことは禁止されている。

 二人で宿に向かいながら、先ほどの質問を改めてぶつけてみた。

「ところでおばさま、今日はどうしてこちらに?」

「あなたがどうしているか気になって、少し前に大聖堂を出たのよ。各地の聖堂を視察するってことにして」

「おばさま直々に……よくみなが許しましたね」

「全力で振り切ってきたのよ」

 ふんす、と鼻息荒く語るおばさま。胸まで張っている。

「それで王城に来てみたらあなたは外出してるし、大臣さんからあなたのしでかしたことを聞かされるし。あの時は本当に驚いたわ」

 大臣さんというのはアルフレッドのことか。私が役職をもらったことについて彼が教会に言い訳を送っていたはずだけど、おばさまの耳には入っていなかったようだ。

「だからあなたと二人で話そうと思って、大臣さんに頼んであなたを呼んでもらったの」

 これまでの経緯は分かったけど、やはり王都におばさまが現れるなんていうのは予想外だった。おばさまは驚いたようだけど私も驚いたよ。


 それから後はとんとん拍子に進んで、宿の一室でおばさまとモニカは対面したのだった。あっという間に意気投合して楽しげに談笑する二人を見ていると、教会と魔術師たちは案外仲良くやれるんじゃないかという気がしてきた。色々事情があって対立している者であっても、実際に話してみれば仲良くなることは可能なのだろうと、そう思った。



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