18.さらなる力
「やってくれたようだな聖女殿」
訓練場での出来事はあっという間にアルフレッドの耳に入ったらしく、私は彼の部屋に呼び出されて事情聴収されるはめになった。やっぱり面倒なことになってしまった。
「確かに騎士たちにとって、誓いを捧げる相手を選ぶ権利は保証されている。王に敵対する者であろうが市井の民であろうが、自由に誓いを捧げることが許されている」
そこまで言って、アルフレッドはため息をつきながら眉間を押さえた。
「王国の戦力は大きく二つ、王城を守る近衛騎士、そして広く王国の領土を守る騎士団だ。そして君はその騎士団の半数を手に入れたも同然なのだ」
訓練所にいたのは騎士団の半数で、そしてその場にいたほぼ全員が誓いを捧げてしまったのだ。訓練所にいなかった残り半数が今後どういう行動に出るかは、さらに嫌な予感がするので考えないでおく。
「もし陛下と君が対立した場合、誓いを捧げた騎士たちはいずれか任意の側につくことが許される。ことによっては、騎士たちがまとめて君についてしまうことも考えられる」
眉間を押さえたまま、アルフレッドはちらりとこちらを見た。
「つまりだ、君に我々の目の届くところにいてもらう必要が出てきたのだ。君をおいそれと教会に帰す訳にはいかなくなった」
突然の宣言に私はただ驚くしかできない。
「元々偶像として君を王国に置いておくつもりではあったが、こうなるといっそ君に王国の役職を与えて縛ってしまった方が動きを制限できていいのだろう」
独り言のようにつぶやくと、アルフレッドはまた大きなため息をついた。
「まったく、君が騎士団に信頼されるのは都合が良いと思っていたが、騎士団をまとめて篭絡するとは思ってもみなかった。この分では残り半分も君の手に落ちるだろう。ああそうだ、これ以上状況が複雑になると困るから、絶対に近衛騎士には近づかないでくれ」
思いっきり危険人物扱いされている。しかし反論できない。
「よって、君を軍務大臣補佐に任命する。拒否権は認めない。何、肩書は仰々しいが実務はない。単に君を騎士団と私との間に立たせ、全てを私の管理下においておくためだけの人事だ」
アルフレッドの管理下って響きが既に怖いんですけど。
「教会の連中に何と言ったものか……いっそ、そちらの聖女がこちらの騎士団をたらしこんだので返せませんと素直に言ってしまおうか……正直、聖女のしつけがなっていないぞと苦情を言ってやりたい気分だ」
頭を抱えながら手を振るアルフレッド。もう用は済んだから出て行ってくれということらしい。なんというか申し訳ありません。
それから一時間ほど後、私は改めて訓練所にいた。横にはウィリアムおじさんとジーク、目の前にはずらりと整列した騎士たち、後ろにはナタリア。今回私が軍務大臣補佐という役職を得たことを伝えると、騎士たちが一斉に敬礼した。誓いとは異なる通常の敬礼だ。騎士団長がいるせいかこの間よりはお行儀がいい。
問題は、その場が解散となった後だった。騎士たちの半分くらいが一気に集まってきた。とっても嫌な予感がする。
案の定、彼らは一斉に誓いの姿勢を取り、いつぞやと同様に誓いを捧げてきたのだった。もはや私には許す以外の選択肢が残されていなかった。
これで私は騎士団の九割がたの忠誠を得てしまったようだった。ごめんアルフレッド、あなたの予想通りになってしまったよ。ちなみに残りの一割の騎士は、既に他の人に誓いを捧げているのだそうだ。ウィリアムおじさんも一割の側で、なんでも奥さんにプロポーズする時に誓いを捧げたのだそうだ。「団長がその話をし始めたら長くなりますよ」とアドリアンがこっそり耳打ちしてくれた。
話をそらそうと、この後稽古をつけてくれないかウィリアムおじさんにも聞いてみた。レックスとジークであれだけ太刀筋が違ったのだし、ウィリアムおじさんがどんな戦い方をするのか気になる。この人が戦ってるとこは見たことないし。
ウィリアムおじさんは快諾してくれたので、そのまま手合わせに移る。騎士団長だけあってこの人も強い。一撃一撃がどっしりと重く、かつ狙いがとても正確だ。この太刀筋についていければ、きっと私はさらに強くなれる。
ここでふと我に返った。あれ、なんで私は他人の太刀筋なんか分析してるんだ? そもそもなんでそんなものに興味を持ったんだ? どうもこのところずっと戦闘マンガのノリが抜けない。一応うら若い乙女なんですけどね、私。
それからの日々は平穏に過ぎていった。変わったことと言ったら、私が堂々と騎士団の訓練所に顔を出して手合わせに励むようになったことくらいだ。前の遠征からずいぶんと経っているが、私が戦場に駆り出されることはない。せいぜい、ちょっとした魔物討伐に騎士が数名一組で駆り出されている程度だ。アルフレッドに聞いてみたら「君という切り札をおいそれと使うわけにはいかないだろう、分かったら大人しく鍛錬でもしていろ」とばっさり切り捨てられた。
まあいいか、いつまた大変なことになるか分かったものじゃないし、今のうちに力を蓄えておこう。最近は騎士見習いくらいなら五分五分で戦えるようになってきたし。もっともこれは主にロッドのおかげだけど。
そうやって過ごしたある日、訓練所からの帰りのことだった。
「お久しぶり! 元気にしてた!?」
そう叫びながら駆け寄ってきたのはモニカだった。彼女の顔を見るのも久しぶりだ。
「おかげさまでとても元気よ、モニカ。このロッド、本当に助かっているの」
「それは良かったわ。……ねえセレスティナ、あなたずいぶん筋肉ついたわねえ」
「そうかな?」
着慣れた教会の青いローブがきつくなるということもなかったので、筋肉太りは気にせず鍛錬に励んでいたのだけれど、やっぱり久しぶりに見ると違って見えるのだろうか。
「そうよ。前はもっと柔らかい感じだったのに、引き締まってしなやかになってる。でもこれ以上筋肉つけないように気をつけなさいね」
どう気をつけたらいいのか見当がつかないが、とりあえずあいまいにうなずいておいた。ナタリアがまた後ろで「筋肉……筋肉質のセレスティナ様……」と青い顔でつぶやいている。いい加減あきらめた方が良いと思う。
「それにしても、今日はどうしたの?」
「前に言ってたロッドの替え石が完成したのよ。せっかくだから、あたしが持ってきちゃった」
「わあ、楽しみね」
おお、私がさらなるレベルアップの予感。
「魔術師は基本的に王城立ち入り禁止だから、城下町に宿を取ってるの。あなたを呼び出してもらおうと思って王城に向かってたんだけど、その途中で運よくあなたに会えたってわけ。ね、今から時間とれない? 石渡したいし、一緒にご飯にしようよ」
「うん、大丈夫」
訓練所に戻って伝言を頼んでおけば寄り道しても問題ないだろう。私は軍務大臣補佐に任命されたことと護身術を身に着けたことで、護衛なしで王城から出ることを許されるようになったのだ。
「よし、じゃあまずはご飯にしよう。城下町でお勧めの店とかないの?」
「えっと、実は私訓練所以外のところはよく知らなくて」
「何よそれ!? あなたさらに年頃の乙女から遠ざかってない!?」
痛いところをピンポイントで突いてきたモニカ。
「仕方ないわね、じゃあ適当に雰囲気よさそうなとこ探すわよ。ナタリア、あなたもご主人様をこれ以上武人にしたくなかったら、乙女らしいこと調べてじゃんじゃん勧めた方がいいわよ」
「乙女らしい、こと……」
久々にナタリアの顔が輝く。希望を見つけたという顔だ。
「うん、ありがとうモニカ、私頑張る!」
ナタリアが恐ろしく張り切ってます。こういう時のナタリアの行動力は中々あなどれない。どうかほどほどでお願いします。
三人で早めの夕食をとった後、モニカが泊っている部屋に案内された。
「その辺に適当に座ってて。まずこれが替え石ね」
片手で持てるくらいの小さな箱をモニカが開けると、中には色とりどりの石が並んでいた。
「こっちの赤いのが『炎』、この銀色のが『刃』。この二つが攻撃用ね。結構威力があって危険だから、対魔物専用にしときなさい」
モニカが石を順に指差しながら説明を始める。
「こっちの白いのは『光』、松明の代わりになるから面白いかなって。そしてこの透明なのが『起動』よ」
「起動?」
「そう。あたしたち魔術師が魔法を使うときの魔力の流れを再現するものよ」
「えっと?」
説明してもらってもさっぱり分からない。
「つまりね、これを使えば休止状態の魔法具や魔法陣を起動できるの。あとは純粋な魔力の塊を打ち出すこともできるわね。慣れたら結構使いどころはあるし、いざという時役に立つと思うわよ」
「う、うんありがとう」
やっぱり使いどころが分からないが、まあもらっておいて損はない。というかモニカがわざわざ作ってくれたのだし、ありがたく受け取ろう。
「あの、一つ気になっていたんだけど聞いていい?」
大人しく話を聞いていたナタリアが口をはさんだ。
「防御に使える石はないの?」
ああ、確かに。今回もらった四つのうち、二つは攻撃用であと二つが面白枠だ。
「防御は今ロッドにはまってる『衝撃』くらいかな。他の種類で防御に使えるのもあるにはあるんだけど、セレスティナの腕力だと少々扱いにくいのよ。どうする? あなたがもっと鍛えるんなら防御用の石も作るけど」
「絶対だめ!!」
食い気味にナタリアが否定した。
「はいはい」
モニカは苦笑すると、私からロッドを受け取った。既に『衝撃』の石がはまっているのとは反対の端を上に向ける。
「このロッド、同時に二つまで石がはめられるの。二つはめてると魔法制御の難易度がちょっと上がるから練習しなさいね。石のはめ方と外し方はこう」
説明しながら、モニカは手際よく『光』をはめ込んだ。
「これなら制御に失敗しても大ごとにはならないでしょ。慣れてきたら他の石も試してみるといいわよ。ただ、絶対に人に向けないでね」
説明を受けているうちに、すっかり外は暗くなってしまっていた。モニカに王城の門まで送ってもらいがてら、彼女の指導で『光』を練習してみた。割とあっさりと光が灯り、特大の懐中電灯みたいになった。意外と便利かもしれない。




