17.鍛錬は癖になる
ナタリア達が戻ってきてから数日は割と慌ただしかった。結局私もアルフレッドに連行されて王に報告に行く羽目になってしまったし、騎士団は騎士団で遠征組と残留組とで再会を喜び合ってたし、あと第三部隊の騎士二人がわざわざ礼を言いに来たりと色々あったのだ。
それらが一通り片付いた後も、私にはまだまだやることがあった。レックスのところに稽古に行って「師匠扱いにも慣れてきちゃったよ」、客間で筋トレに励み「セレスティナ様が筋骨隆々になってしまわれる悪夢を見ました」、無理を言って騎士団の手合わせを見学させてもらい「見学……ですか」「セレスティナ様が見てるな、よし頑張るぞ」「兄さん、隙あり」、空いた時間はイメージトレーニング「聖女殿、その珍妙な手の動きは何だ?」と大忙しだった。
そんな日々がしばらく続いて、ようやくレックスから「そろそろ騎士団に稽古をつけてもらってもいいんじゃないかな」とお墨付きをもらうことができたのだ。
という訳で、やる気まんまんの私は心配げなナタリアを従え王城のすぐ外にある騎士団の訓練所にやってきた。
騎士団の訓練所には、鍛錬をする騎士たちの掛け声が響いていた。ここには王城に入れない下位騎士たちも集まっているためかなりの人数が集まっている。
このところ騎士たちが手合わせをする時間に合わせて毎日のようにここを訪れているので、私が姿を現しても騎士たちは特に驚かない。
「あ、セレスティナ様今日も見学ですか」
「戦いに巻き込まれたときに役に立つかもしれないから、僕たちが戦うところをちゃんと見ておきたいって言われたときは驚きました」
フィニアンとアドリアンの子犬系兄弟がいつものように出迎えてくれた。しかし、今日は見学ではなく手合わせが目的なのだ。
「あの、ジークはどちらにいるのでしょうか。話したいことがあるのです」
私が改めて切り出すと、二人はぴしっと背筋を伸ばした。
「はい、副団長ですね!」
「すぐに呼んできます!」
止める隙もなく走って行ってしまった。別に急ぎの用事じゃないんだけどなあ。
ちなみにここには騎士団長のウィリアムおじさんはいない。戦うのが仕事の騎士団であっても、トップともなると書類仕事からは逃げられないらしい。そのため訓練の時は副団長のジークが責任者を務めている。
走っていった二人はあっという間にジークを連れて戻ると、また駆け足で離れていった。遠くの方からこちらをうかがっている。気のせいか、お二人でごゆっくりみたいな気づかいをされているような。一方呼び出されたジークは、何の話なのかさっぱり分からないといった顔で立っている。
「あの、ジーク、折り入って頼みがあるのですが」
「私にできることでしたらなんなりと」
具体的なことを言わずに頼んでみたら即答された。大森林でのことをまだ引きずっているのか、ジークは前以上に私の力になろうとしている。だが今回は、それを全力で悪用させてもらおう。
「私と手合わせをしてくれませんか。あなたが駄目なら、他の騎士の方でもいいのですが」
あ、ジークが固まった。何を言われたのか理解できていない顔だ。
「て、手合わせ……何を突然おっしゃるのですか」
「私も身を守る術を持っていた方が良いと思ったのです。ひそかに練習もしていました。けれどどうしても一度、他の方と練習してみたくて」
「駄目です。あなたに怪我をさせかねません」
「手加減していただければ何とかなると思います。ほら、私の武器は魔法具ですから」
ナタリアに頼んで作ってもらった腰のホルダーからロッドを抜き、軽く構えてみせる。その瞬間、ジークの表情が変わった。一瞬軽く目を見張った後、真剣な表情になる。
「……基本はできているようですね。分かりました、少しだけですよ。あと、手合わせをするのは私だけです。腕前が未熟な者では上手く手加減ができませんから」
そういうものなのか。それにしてもジークは、ただ構えてみせただけで私の訓練の結果を感じとったらしい。とにもかくにも、手合わせの許可が出て何よりだ。
訓練場の真ん中に、木剣を構えたジークとロッドを握った私が立つ。ナタリアと他の騎士たちは、私たちを遠巻きに取り囲んで固唾を飲んでいた。
「それでは、あなたから打ちかかってきてください。力量を見ますので。いつでもどうぞ」
ジークが告げる。大森林からこっち、ジークはどこか上の空で何か考え込んでいることが多かったが、いざ剣を構えたジークからはそんな迷いはみじんも見て取れない。
さあ、レックスに鍛えてもらった成果を見せるときだ。
私はロッドの魔法を起動させると、一つ深呼吸して上段から全力で降り下ろした。鈍い音が訓練場に響いたが、もちろんジークは身じろぎもせず木剣でそれを受けきった。表情も変えていないが、わずかに目を見開いたように見える。
当然ながら初撃は防がれると想定していたので、私はそのまま木剣と接した部分を支点にしてロッドを回転させ、反対側の端でさらに殴り掛かった。するとジークは木剣をロッドにからめるようにして防ぐ。ならばこれでどうだと、一歩後ろに下がってロッドを横に振りぬいた。しかしこれも受け流される。
うん、ジークは本当に強いな、手も足も出ないね。
しかし周囲の人の輪からは感嘆の声が漏れている。あれ、もしかして私結構頑張れてるのかな?
「……あなたの腕前は分かりました。では今度は私が打ち込みますので、防いでください」
真剣な表情でジークが言う。私はロッドを構え直した。ジークは呼吸を整えると鋭く突きを繰り出してきた。そういえばジークの得物はレイピアのような細身剣だった。彼は斬りよりは突きの方が得意なのかもしれない。
幾度となく打ち込んでくるジークの太刀筋は、師匠ことレックスの太刀筋とはかなり違う。師匠は軽やかに踊っているような剣だが、ジークの剣は鋭く速く、そして激しい剣だった。何とか魔法を集中させて受け流す。相殺しきれなかった衝撃で手が痺れてきた。手加減してこれなのか、彼が本気を出したらどれだけすごいんだろう。
そうこうしているうちに少しずつジークの太刀筋に慣れてきたが、そうすると今度はジークの側が少しずつ威力を上げてくる。結果、常に首の皮一枚のところで防いでいるような状態になっていた。手の汗がすごい。ロッドを取り落とさないよう気を付けないと。
しばらく打ち合った後ジークの動きが止まった。木剣を下げ、構えを解いている。
「ここまでとしましょう。セレスティナ様、魔法具の助けがあるとはいえお見事でした」
つ、疲れた。ジークは汗一つかかずに微笑んでいるが、私は全身汗だくで肩で息をしている。ロッドにすがるようにして座り込んだ。ナタリアが慌てて駆け寄ってくる。
心地よい疲労感を覚えながら呼吸を整えていると、いきなりジークがひざまずいてきた。
「セレスティナ様、お強くなられましたね。ついこの間は魔物におびえておられたのに、今のあなたにその弱さはみじんも見られない」
「それは買いかぶりすぎですよ。あなたが相手だから冷静に戦えたのです。魔物と戦うのはまだ恐ろしいです」
「それでも、あなたは変わろうとしている……私も変わらなくてはならない」
そう言うと、ジークは左手で私の手を取り、右手を固く握りしめ左胸に当てた。
「誓わせてください。私は王国に属する騎士ですが、同時にあなたの騎士であると。ただあなたの存在を一番に考え、あなたのために戦う騎士であると」
うわ、これって「騎士の誓い」だ、ゲーム中のジーク個別ルートで見たやつだ! 確か王国の騎士は主君である王以外に、一人だけ仕える相手を持つことが許されるというもの。私にはジークが突然誓いの言葉を述べ始めた理由が分からなかったが、彼の気持ちは嬉しかったので素直に答えることにした。返礼の作法も分からなかったけれど、確かゲームではこう答えていたはずだ。
「許します」
私の返答を聞いたジークは、それは幸せそうに微笑んだのだった。分からないことばかりだけど、彼が幸せなら細かいことは気にしないでおこう。
そうして互いに見つめあっていた私たちは、いつの間にか近くまで来ていた騎士たちに包囲されてしまっていた。周りの人垣からは「副団長だけずるい」「抜け駆けだ」「俺も」という声が聞こえている。特にフィニアンの声が大きい。騎士たちはがやがやと何か相談しているようだったが、突然機敏な動きで隊列を組んだ。全員背筋をぴんと伸ばし、右手の握りこぶしを左胸に当てている。あ、嫌な予感しかしない。
この場の全員を代表しているらしいフィニアンが、大声で宣誓した。
「我ら、聖女様の騎士たることをここに誓います!!」
ほらやっぱりだ。しかしここで断るのも申し訳ないとは思う。少し面白そうでもあるし。
「許します」
私が答えると、全員がいっせいに歓声を上げた。ジークはそんな私たちを微笑ましげに見ている。ナタリアはまだ話の流れについていけないようできょろきょろしている。
流れとはいえ面倒なことになったかもしれないな、これは。




