16.相談するなら頼れる年上
次の日の朝。一足先に王城に戻った私は一応暇だった。魔術都市での出来事を王に報告するのはアルフレッドの担当だし、彼らが戻ってくるまで私は安全な王城でゆっくり休んでいろとアルフレッドに言われているし。
しかしそんな言いつけを大人しく守る私ではない。さあ行動開始だ!
昨夜じっくりと、これからどうするかについて改めて考えた。私はこの間までは、ここはゲームの世界なのだから、誰か好みのキャラを攻略して幸せに暮らすエンディングにたどり着いてやろうと気楽に考えてた節がある。
でも私は思い知った。ここは現実で、私の選択のせいで誰かが傷つき、大切な何かを失う可能性があるところなのだと。そして私はとても死に近いところにいるのだと。もう、今までのように無責任かつ気楽に振る舞うことはできない。
それを踏まえて今後の行動方針を整理した。その一、死なないように頑張る。その二、周りのみんなも守る。その三、足手まといやお飾りはなるべく避ける。我ながらざっくりしすぎだとは思う。あと恋愛はどこに行ったんだ。乙女ゲームの世界に主人公として転生したはずがリアルサバイバルでした、ってひどくないか。
ともかく、これらの方針からすると、即急に片づけなければならない課題がある。
私が弱すぎるのだ。白の浄化が使えない私なんて、ほぼそこらへんの町娘並みの戦闘力しかない。これは何とかしないといけない。幸い、モニカから魔法銀のロッドをもらったので武器はこれで決まりだ。後はどうやって戦闘訓練を積むか、だ。
一番手っ取り早いのは騎士たちの訓練にちょこっとだけ参加させてもらうことなんだけど、彼らにとって私は守るべき存在になっているようだし、素直に許可が出るかどうか。それに、あっちは戦闘の専門家で私はド素人、うかつに混ざると確実に彼らの邪魔をしてしまう。かと言ってナタリアは私以上の運動音痴だし。
ここでふとレックスの顔が浮かぶ。彼は博識だし、世界情勢とは関係のないところで生きているから、そういったものに影響されずに何かいい案を出してくれるかもしれない。
そういう訳で明日はまず手始めにレックスに会いに行くと決めて、私は安らかな眠りについたのだった。
「そんなことになっていたのかい。大変だったね」
久しぶりに会ったレックスは相変わらず穏やかで、疲れた私の心を癒してくれた。彼は魔術都市であったことを聞くと、同情するようにつぶやいていた。
「しかしアルフレッドがそんなことをねえ……聖女を祭り上げるのは彼の主義に少しばかり合わない気がするけどなあ。彼なりの優しさかな」
「アルフレッド様をご存知なのですか?」
「昔ちょっとね。それより、君は強くなりたいんだよね?」
「はい。自分の身一つ守れないのが悔しかったのです」
「でも、確かにいきなり騎士団の訓練に混ざるには無理があるね。護身術程度でよければ私が教えてあげられるけれど、どうかな?」
予想外の返事をもらってしまった。そうか、王族たるもの剣術の一つも学んでいてもおかしくないか。
「レックスさえよければ、お願いできますか?」
「私は暇だもの、いつでも喜んで教えるよ。何なら今から手ほどきしようか」
レックスはいつもより楽しそうだ。にこにこと笑いながら私を連れて階段を上がる。前に来たときは気づかなかったけれど、ここは二階建てだったのか。
「外で騒ぐと、流石に崖の下の衛兵に気づかれるからね」
二階は全体が一つの広間になっていた。少し埃っぽい。
「ここは私一人だから、少し掃除が行き届かなくってね。すまないね」
「大丈夫です。ご指南、お願いします」
持ってきたロッドを両手で掲げてみせる。
「うん、君の武器はそれだね。とりあえず構えてみて」
そう言うと、レックスは壁に掛けてあった訓練用の木剣を手に取り、軽やかな動きで打ち込んできた。かなり手加減しているのが分かるのに、受けた衝撃が大きすぎて体勢が崩れる。
「ああ、やっぱり純粋に筋力だけでどうにかするのは無理そうだね」
自分のあまりの弱さに落ち込んでいる私に、レックスは遠慮なく言い切った。
「君は骨格も華奢だし、筋肉も多くはない。鍛えてもそこまで筋力は上がらなさそうだ」
そこで、レックスは私のロッドに目を落とした。
「それで君のロッドだけど、もしかしてそれは魔法銀かな? 表面の模様もただの装飾ではなく、魔法に関係しているような気がするけれど」
「はい、友人の魔術師にもらったもので、衝撃の魔法が込められていると聞いています」
「少し見せてもらえるかい?」
ロッドを受け取ったレックスは、ううんとかふうんとか小さく喉でうなりながら、表面の模様を凝視し始めた。そのままロッドを握り、軽く振っている。
「やっぱりこれは魔法具か。君は、魔法具の起動方法を知っているかい?」
私が首を横に振ると、彼は一瞬首をひねった後、納得したような顔をして尋ねてきた。
「そう言えば教会は魔術師を近づけないようにしているというと聞いたことがあるね。もしかして大聖堂には魔法具がなかったりするのかい?」
「はい、その通りです」
大森林で身に着けていた位置の魔法具は既に起動した状態で渡されたからなあ。モニカも、私が魔法具の使いかたを全く知らないことには気づいてなかったのだろう。そして私も、自分が魔法具を使えないことを今の今まできれいに失念していた。
「だったら教えてあげるよ。このロッドも、基本的な使い方は他の魔法具と同じだから」
言いながらレックスはロッドを私に返してくる。
「魔法具は、基本的に意思の力で起動して操作するんだ。このロッドなら、表面の模様に触れて『衝撃』を想像すれば起動するよ。その衝撃をロッド全体にまとわせれば防御に、端に集中させれば攻撃になる」
説明だけ聞いても何のことやらさっぱりだ。
考えるよりまず実践とばかりにロッドを握る。衝撃、衝撃と。ずがんどごんといった感じかな?
ものすごく大雑把な私のイメージにロッドはちゃんと反応してくれ、手元が一瞬オレンジ色に光った。次はこれを全体にまとわせる、と。あ、これってもしかして戦闘マンガでよく出てくる闘気とかそういう感じのあれかしら。
そのイメージで正解だったらしく、ロッド全体が薄くオレンジ色の光で包まれた。現代日本の知識、思わぬところで役に立ちました。
「へえ、初めてなのに上手いねえ」
レックスも感心している。
「それじゃもう一度行ってみようか」
再度レックスが打ち込んでくる。私はオレンジ色に光るロッドでそれを受け、……耐えきった。さっきより受ける衝撃が遥かに少ない。
「うん、いい感じだね。君の場合、ロッドの魔法を使いこなすことを優先すれば早く強くなれるんじゃないかな」
それからはひたすら練習だった。レックスが様々な角度から打ち込んでくるのを、試行錯誤しながら受けていく。
一時間ほど練習した後、レックスがここまで、と言った。
「あまりここに長居するのも良くないし、そもそも君はこの間倒れたばかりだろう? 無理はよくないよ」
ひどく疲れていたのも確かだったので、今日の練習は切り上げて戻ることにした。
「そのロッドはほんの少しだけど使用者の魔力を消費するからね、あまり長時間使うと魔力切れで倒れるかもしれないよ。もっとも君の場合、先に体力が尽きるとは思うけど」
忠告ありがとうございます。はい、おっしゃる通り体力が切れてます。
その日は客間に戻ると、後はずっと眠って過ごした。ゆっくり休んでおけというアルフレッドの言葉に形だけ従って。
「では、本日もよろしくお願いします!」
「遊びに来てくれるのは嬉しいけど、毎日くるのは危ないよ。ここは一応牢獄だってことを忘れていないかい」
「みんなが明後日まで戻ってこないので暇なのです」
「暇って、身も蓋もないよね」
「事実なので」
そうやって次の日も練習に励んだ。ロッド全体に衝撃の魔法をまとわせたままだと無駄が大きいことに気づく。レックスの木剣の動きをよく見て、木剣とロッドとがぶつかる辺りのみに魔法を集中させることで、より少ない労力で受ける衝撃をより小さくできる。そのことに気づいたおかげで、一切体勢を崩さずに木剣を受けることができた。ここから上達するには、動体視力と先読みが鍵になりそうだ。今度騎士団の手合わせを見学に行こう。
「今日も来たのかい? 誰かに見つかってないか心配になってきたのだけれど」
「とりあえず今日まで練習おねがいします、師匠!」
おっといけない、心の声が漏れ出てしまった。
「師匠って……まあ間違ってはいないか」
この日は防御だけではなく攻撃の練習も始めた。ロッドの端に魔法を集めて思い切り振りかかる。受け流されると隙だらけになるのが問題だ。かわされた時にすぐ防御に移れるよう意識しておかなければ。このロッドは軽いとはいえ、攻撃と防御を交互に行うには結構な速度で振り回さなければならない。腕力より足腰や体幹が大切そうだな、スクワットでもするか。
そうして久しぶりに王城の客間に帰ってきたナタリアが見たものは、窓の外で舞う木の葉を目で追いながらスクワットをする聖女様の姿でした。
「せせセレスティナ様何をなさって!?」
「あら、おかえりなさいナタリア。ほんの数日離れていただけなのに、ずいぶんと久しぶりな気がしますね」
「その数日の間に何があったのですか!?」
ナタリアは未だかつてないくらい動揺している。強くなるためにレックスに稽古をつけてもらっていたことを伝えると彼女は頭を抱え始めた。小声で「モニカ……なんてことをしてくれたの……」とか言っていたのは聞かなかったことにする。




