15.そしてその後
結局、丸二日意識もなく眠りこけた。
二回目の祈りは私の命をごっそり削っていったらしく、回復するのに時間がかかってしまった。目が覚めてからも体が思うように動かず、魔術師の塔の客間で寝込んだまま、ナタリアに世話してもらう日々が続いたのだった。
目覚めてからはみんな代わる代わるお見舞いに来てくれたので、退屈する暇すらなかった。
ジークはやっぱりまだどこか気落ちした様子で、きれいな花を持ってきてくれた。ありがとうと笑いかけたら、ぎこちなく笑い返してくれた。
フィニアンとアドリアンは包帯を巻いていたがとても元気で、滋養強壮に良いという薬草を使ったお菓子を置いていった。重傷を負った二人の騎士も順調に回復していて、聖女様にとても感謝していましたよ、とのことだった。二人はいつも通りにわいわいと騒いで、最後にはナタリアにつまみ出されていた。
モニカはベッドにいる私を見るとまた涙ぐんでいた。だが慌てて涙をひっこめると、やけに大きな包みを差し出してきた。
「これ、お見舞い。開けてみて。今回あなたがはぐれて思ったんだけど、あなたの武器ってそのとんでもない祈りだけでしょ、それって問題よ、どう考えても」
「私も同感だわ。今回危ない目に合って思ったの、私も戦えたら、魔法が使えたらって」
モニカの後ろでナタリアが、そんなことありません! と鼻息を荒くしていたが、ひとまずモニカに貰った包みを開けてみることにした。
包みから出てきたのは精緻な彫刻が全体に刻まれた銀色の棒だった。長さは膝から腰ぐらいまで、太さは握るのにちょうどいいくらいだ。持ってみると意外に軽い。よく見ると、片方の端に小さなオレンジ色の石がはまっている。
「それは魔法銀のロッドよ。そっちの石には『衝撃』の魔法が込められているの。その棒でぶん殴ると、びっくりするくらい大きな衝撃を相手に与えることができるの。要は護身用の魔法具ね」
セレスティナ様にぶん殴らせるなんてとんでもない! とナタリアがさらに吠えているが、とりあえずモニカの話を聞こう。
「あちこち当たって、可能な限り良質なものを選んだつもりよ。こんなものでも、無いよりましでしょ」
「とても助かるわ。棒術の心得はないけど、頑張って何とかしてみる」
「その意気よ。あ、それとその石を交換すると他にも色んな効果を生み出せるの。交換用の石は今作ってるから、出来上がったらあげるわ。王城に送ればいいのよね?」
「うん、たぶんしばらくは王城にいると思う」
「分かったわ。頑張るのよセレスティナ」
一人騒いでいるナタリアをよそに、私とモニカはがっちりと握手を交わしたのだった。
「調子はどうかな、聖女殿」
微妙に会いたくない人がやってきてしまった。アルフレッドがお見舞いに来るとか予想外だ。しかも手土産に上等な蜂蜜酒まで持ってきている。明日はきっと雪だろう。
「おかげさまで、良くなってきています。そろそろ床を離れられそうです」
「それは良かった。この度の作戦、予想外の事態があったが大筋では成功した。君のおかげだ」
「その予想外の事態を招いてしまったのは私ですので、お褒めいただくと心苦しいです」
「ふむ、自覚はあるのだな」
ぐっさり刺さる一言をありがとうございます。
「もっとも、今回はそれが幸いとなった。君が第三部隊を守ろうとして私の指示に逆らってまで祈ったことで、騎士たちが君に厚い信頼を寄せるようになっている」
「私を守ろうとして負傷された第三部隊のみなさまを見殺しにしたくなかったのです。その場の勢いで指示に背いたことは反省しております」
「どこまでも謙虚なのだな聖女殿は。まあ、その方が偶像としては適しているか」
「偶像、ですか?」
何だか嫌な感じのする単語が聞こえたのは気のせいでしょうか。
「ああ。今回の君の消耗具合は予想を遥かに超えていた。おそらく君が白の浄化を使えるのはせいぜいあと一、二回といったところだろう。だから今後は、君は魔物と戦う象徴として後方に控えてもらうことになるだろうな。ただそこにいるだけで周りの士気を上げることのできる、うってつけの偶像だ。白の浄化はいざという時の切り札として温存しておけばよい」
自力で戦う決意をした直後に戦力外通告をくらってしまいました。どうしよう。そしてやっぱりアルフレッド、物言いが身も蓋もない。
「それでは私はこれで失礼する。ゆっくり休んでくれ。……君を失うのは私としても少々心苦しい」
そう言ってアルフレッドは帰っていった。最後、いつもと雰囲気が違ったような気がする。少しばかり悲痛な表情を浮かべていた気もするが、うん、気にしないでおこう。
そういえば、作戦の日からラファエルの姿を見ていない。研究が忙しいのだろうか。彼の研究室は塔の上の方だから、こちらから訪ねていくこともできない。待っているしかできないのはもどかしい。彼の研究の結果によっては、アルフレッドによる戦力外通告も撤回できるだろうからなおさらだ。
今は考えても仕方ない、まずは体力を回復させよう。元気になったら考えることもやることもたくさんあるのだから。
私が寝込んでから七日目、ついに外出できるまでに回復した。長かった。その頃にはすっかり作戦の後始末も終わり、あとは王城に帰還するだけとなっていた。重傷を負った二人も、とっくに歩けるようになっていたらしい。
ああまたあの馬車で揺らされ続ける旅かとうんざりしていると、モニカが客間にやってきた。なんでも、私限定で王城に転移してくれるらしい。
どういうことか聞いてみると、元々王城と魔術都市とをつなぐ転移の魔方陣があったのだが、転移の魔方陣はその両側から魔術師が起動しないと使うことができない。しかし現王が魔法を好まず基本的に王城に魔術師が入れなくなっていたため、その転移の魔方陣はずっと使われないままになっていたのだそうだ。
今回は、馬車の旅は弱った私の負担になるだろうと考えたアルフレッドが、魔物を退けた褒美として転移の魔法陣の使用許可を王からもぎ取り、さらに発動準備のために魔術師を王城に派遣するところまで手際よく済ませていたのだった。ありがとうアルフレッド、血も涙もないとか言ってごめんなさい!
そういう訳で、これからモニカが王城まで転移してくれるらしい。一人置いていかれると知ったナタリアが全力で首を横に振っている。ごめんナタリア、今の体力で馬車の旅はきつすぎるのであなたの抗議は見なかったことにする!
転移の魔方陣のある別棟は魔術師の塔のすぐ隣にあり、塔から生えた小さなこぶのようになっていた。一般人がうっかり迷い込んでこないように、出入り口は塔の四階とつながる一か所だけだ。
別棟の中はいくつもの小部屋に分かれていて、それぞれの小部屋に模様の異なる魔法陣が描かれていた。ほとんどは埃に埋もれていたが、いくつかはうっすらと光っている。
「もしかしてこれ、全部違う場所に通じているの?」
「そうよ。こっち側から起動済みのやつは外側の円が光るの。逆に、向こう側から起動済みのやつは内側の円が光ってる。ほら、これが王城と繋がってるやつよ」
先を行くモニカが一つの魔法陣を指し示した。内側の円が光り、外側の円は暗いままだ。全体が厚い埃に覆われている。
「二重の円が光ってる状態で魔方陣に魔力をこめると、中心にあるものが転移するのよ。一度転移すると起動状態が解除されちゃうから、もう一度両側から起動しないといけないんだけどね」
説明しながら、モニカは魔法陣をこちら側から起動し、私をその中央に立たせた。埃が舞い上がって鼻がむずむずする。
「じゃ、とりあえずさよなら。また会いましょ!」
「さようならモニカ、その、色々ありがとう」
別れの挨拶を交わすと同時に、視界が光に包まれた。一瞬辺りが真っ白になって、また暗転する。
さっきとは異なる薄暗い小部屋に私は立っていた。こちらも負けず劣らず埃っぽい。目が慣れてくると、部屋の入口に立つ人影が見えた。ローブを着た魔術師の老人と、王城の侍女。老人は私に笑いかけると、部屋の外で待っていた衛兵に連れられ出て行った。残った侍女はどうやら私の臨時の世話係らしい。ナタリアは少なくとも三日は帰ってこないので、その代わりだろう。
侍女に連れられて、この間まで使っていた客間に戻ってきた。せいぜい半月くらいしか留守にしてなかったのに、何だかとても懐かしい。まあそもそもここは私の家ではないけれど。
世話係さんには下がってもらうことにした。よく知らない人と二人きりだと肩がこりそうだったので、夕食時までは一人にしてとお願いしたのだ。
そうして一人になって、窓辺の椅子に腰かける。魔術都市でのことを思い出す。
あの時もこうやって窓の外を眺めてたら、青い小鳥が……。
うわ、また来た。青い小鳥は今回も手紙らしいものを持っている。あの時とは違い、手紙を置くとすぐに飛び去っていった。
手紙を開いてみると、案の定それはラファエルからだった。それよりこのタイミングでここに着くなんて、この小鳥便、一体いつ出したんだろう?
『研究の手が離せなくてあいさつに行けませんでした、ごめんなさい。研究は順調です。僕は必ずやり遂げます。待っていてください』
ラファエルは相変わらずのようだった。けれど研究が順調なのは喜ばしい。私がお飾りになるもならないも彼次第だし。
さあ、私は私で頑張るぞ。




