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14.ここが現実


 改めて第三部隊と共に目標地点に向かう。幸い、そこまで時間は浪費していないようだった。相変わらずの獣道ではあったが、ありがたいことに第二部隊が進んでいた道よりは歩きやすい。

 そうやって森の奥に進んでいくと、案の定魔物が現れ始めた。大型犬くらいあってやけに筋肉質な鼠とか、額に角を生やした犬とか、すれ違いざまに金属光沢を帯びた翼で切り付けてくるフクロウとか。どれもこれも知っている動物と似ているのに、もれなく攻撃的な要素が加わっている。

「セレスティナ様を守りながら全力で前進!」

 先頭のフィニアンが号令をかけ、片手持ちの小型剣で魔物を切り捨てながら突進する。私を護衛するために組まれた第二部隊と異なり、第三部隊は機動性に優れたかく乱部隊だ。戦闘力においてはどうしても劣る。そのため今の第三部隊は、交戦ではなく最終目的である「聖女を目標地点に送り届ける」ことを優先させていた。

「もう少しで、目標地点です」

 息を切らせながらアドリアンが言った。彼はフィニアンより剣が苦手らしく、魔物が出始めてからはひたすら煙玉を投げて第三部隊の戦線離脱を手助けすることに専念していた。煙玉が尽きてからは私のそばに張り付いて護衛に専念している。

 目標地点に近づくにつれ、さらに魔物の数が増えていった。四人ともかすり傷が増えている。さっき私が滑り落ちて負った傷より、明らかに深くて数も多い。戦い続けの走り続けで、さすがの騎士たちも全員呼吸が荒くなっている。これは、長期戦になるとまずそうだ。


 そしてたどり着いた目標地点は森の中に突然現れた小さな草原だった。既に他の部隊によって追い込まれていたのか、そこには大量の魔物がうろうろしている。

 草原の魔物に気づかれないよう森の中に潜んだまま、目標地点に到達したとフィニアンがアルフレッドに連絡する。返ってきた答えは「そのままそこで待機しろ」という血も涙もないものだった。なんでも、他の部隊による魔物の追い込みが終わっていないらしい。白の浄化は一度に浄化できる範囲が限られるので、できる限り多くの魔物をその範囲に追い込まないといけないのだ。

 第三部隊に緊張が走る。このまま草原の近くにいては魔物に気づかれかねない。アルフレッドはああ言っていたが、少し下がって待機するのが賢明だろう。森の中にも魔物はいるが、草原の魔物よりはずっと少ない。

 私たちはそう判断して少しずつ森の奥に戻ろうとしたのだが、運悪く耳か鼻の良い魔物が私たちに気づいてしまったようだ。こちらを向いてうなり声を上げている。他の魔物たちも次々とこちらに向き直る。もう逃げられそうにない。

「とにかくセレスティナ様を守りながら森の中に後退だ。死んでも守るぞ! 生き延びるのはその次だ!」

 腹をくくったらしいフィニアンが背負っていた大剣を両手で構え、とても物騒な号令をかける。四人の騎士たちは横一列に並び、私を守るための一つの壁となった。

 たけり狂った魔物が一斉に襲いかかってくる。騎士たちはそれを次々と切り捨てるが、いかんせん魔物の数が多すぎる。皆がどんどん傷を負っていく。それでも、私はかすり傷ひとつ負わないように守られている。


 ああ、戦いたい。私も剣をとって戦いたい。そうすれば皆の負担を減らせるのに。

 ああ、魔法が使いたい。癒しの魔法が使えたら、皆の力になれるのに。

 ああ、私には何もできない。


 ――本当に何もできないの?


 そもそも、私があそこで足を滑らせなければ、もっと戦闘に向いた第二部隊をここに連れてくることが出来ただろう。第三部隊がこんな苦労をせずに済んだだろう。

 だから、今のこの状況は、全て私のせいだ。

 何もできないくせに、状況を悪化させるだけ悪化させて、どうするんだ。どうしようもない。


 ――嘆いている場合じゃないでしょう?


 目の前で傷つき続ける騎士たち。顔見知りの騎士が一人、魔物の角で胴体を貫かれ倒れた。飛び散った血潮が私の手にかかる。温かい。

 もう一人の顔見知りの騎士は、鳥の魔物の翼で腿を切り裂かれ膝をついた。地面に血だまりがゆるやかに広がっていく。

 フィニアンとアドリアンがこちらを振り返り、ここは食い止めます、逃げてください、と叫ぶ。フィニアンは左腕を切られており、右手一本で大剣を重そうに引きずっている。アドリアンは額を負傷し、血が彼の片目に流れ込んでいた。


 こんな状態でも彼らは、私を守ろうとしている。何もできない私を。


――逃げるんじゃない、目を背けるな!


 私に降りかかる血の温もりが、目の前で繰り広げられる戦いの悲惨さが、傷つきつつもまっすぐに私を見ている彼らの目が、まざまざと私に告げていた。


――ここはゲームの世界などではない。ありふれた、ただの現実。


 そう実感してしまうと、余計に白の浄化を使うのが恐ろしくなった。これを使えば、確実に私は死に近づく。いやだ、死にたくない!

 その一方で、目の前の騎士たちはこのままでは間違いなく全員死ぬだろうと麻痺した心で考えていた。


 死にたくない、でも死なせたくない。

 私は何もできない、けど出来ることはある。

 状況を悪化させたのは私、でもここから逆転できるのも私。


 様々な思いが乱れ飛ぶ。その中で、一つの思いが勝ち残った。


 死なせたくない。


 私はそっと手を組み、ひざまずいた。私が何をしようとしているのか気づいた騎士たちが止める声がするが、私はもう決めたのだ。そのまま目を閉じて祈りを捧げる。

(私は彼らを死なせたくない。自分の命を惜しんで彼らを失えば、きっと一生後悔する。だからどうか、白の浄化よ、ここに――)

 この瞬間、私はラファエルのことなど、きれいさっぱり忘れてしまっていた。


 草原いっぱいに白いつむじ風が舞い起こる。魔物は黒い霧に、そして透明な風へ変じていく。白の浄化は再び成し遂げられたのだ。

 私は知る由もなかったが、その様を少し離れた空からラファエルが見つめていた。目をぎらぎらと輝かせて、陶酔しきった笑みを浮かべて。




(あれ、私誰かに支えられてる)

 目が覚めた時、誰かに抱えられている感触がした。目を開けても、ぼんやりとしてよく見えない。

(きれいな金色と赤、ジークかな)

 問いかけたいのに声が出ない。二回目の祈りは確実に私の命を削り取っていったようだ。

 私が目覚めたのに気づいたのか、ジークが何か言っている。そのまま強く抱きしめられた。少し苦しいけど、温かい。生きてるという実感がある。

 そのうち、ジークの言葉が聞き取れるようになってきた。申し訳ありません、と聞こえた。彼は腹の底から絞り出すような震えた声で、ひたすら私に詫びていたのだった。

「ジーク、あなたは……悪くありません。私が、祈ったのは……作戦通りです。それに、はぐれてしまったのは、私が、悪いの、ですから」

 かすれた声で何とかここまで言った。ジークが謝るのは間違ってる、ジークに責任はない、そう思ったからだ。

「いいえ、あなたを守れなかった私が悪いのです」

 ジークは今にも泣きだしそうだ。どう慰めたらいいんだろう。仕方なく、鉛が詰まったように重い手を必死で動かして、彼の頬に触れた。表情を動かすのも一苦労だったが、彼のために笑ってみせた。

 と、ジークはとうとうこらえきれなくなったのか、突然顔を伏せてしまった。肩が細かく震えている。声を殺して泣いているようだ。

 ああ、ジーク、泣かないで。そんな思いを込めて、ジークの髪をなで続けた。


 そうやってジークをなだめていた時、彼の肩越しに人影が見えた。少し離れたところで、モニカがぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら立っていた。自分が周りにどれだけ迷惑と心配をかけたか、改めて思い知らされる心地がした。

 しばらくして二人が落ち着いたところで、改めて状況を確認した。ここは先ほど私が白の浄化を使った野原だ。作戦は一応成功し、重傷者二名、軽傷者二名。いずれも第三部隊だ。重傷の二名は既に森の外に運び出されているらしい。無事だった騎士は一度ここに集まり、その半数は浄化し損ねた魔物を討ちに再度森の中に突入している。

 ここに残っているのは第二部隊と軽傷者であるフィニアンとアドリアン、それと残りの半数の騎士たちだ。傷の応急手当を済ませたフィニアンとアドリアンは誇らしげに笑いかけてきた。名誉の負傷というやつです、だそうだ。

「セレスティナ様、立てますか? 森の外に撤退しましょう。ここはあまりにも危険です」

 力が戻ってきた私を支えながら壊れ物を扱うようにして立たせると、ジークは泣きそうな顔のまま言った。その時、突然ラファエルが顔を出す。

「第一部隊が馬車を呼んだとのことです。そこまで僕が送りますね。あなた一人なら連れて飛べますから。空からならすぐですよ」

 あまりにも気配がないので、ラファエルは再突入組の方にいるのかと思っていた。そしてラファエルの顔を見て、今回の作戦が私にとって失敗だったことを思い出し気分が暗くなる。

「気を付けて戻るのよ? あたしはこれからちょっと憂さ晴らしに魔物殴りに行ってくるから」

「ラファエル殿、セレスティナ様をよろしくお願いします」

 ぱっと見は立ち直った二人に見送られ、私とラファエルは空に浮かび上がった。




「浮かない顔ですね、セレスティナ。まあまだ体も重いでしょうし、なんでしたら僕に寄りかかっておきますか?」

 空を飛びながら、妙にご機嫌なラファエルが言う。

「ああそうそう、今回の僕たちの作戦、ちゃんと成功しましたよ」

 予想外の言葉に、私ははじかれたようにラファエルを見た。

「実は、あなたが白の浄化を発動させた時、僕はすぐ近くまで来ていたんですよ」

 その言葉に私は目を見開いた。全然気づかなかったけど、彼はあの場にいたのか。

「白の浄化、全て見届けました。魔物の何がどのように浄化されるのか、僕はちゃんと把握しています」

 ひどい一日の最後に嬉しい知らせだ。あの時祈った自分の決断が間違ってなかったと知らされ、涙が出そうだ。

「これで僕の研究は大幅に前進します。やはり百聞は一見に如かずですね。ありがとう。あなたの負担を取り除ける日も、そう遠くはないでしょう」

「こちらこそありがとうございます、ラファエル」

 感極まってしまったのか、上手く言葉が出ない。そんな私にラファエルは優しく微笑みかけると、森の出口へ飛び続けるのだった。



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