12.いざ、森へ
そんなこんなで作戦当日の朝、魔術都市の外に全員が集められた。王都から来た騎士団とラファエルにモニカ、それと手伝いの魔術師が四名。ちなみに小姓たちとナタリアは留守番だ。今日の作戦は少数で動くので、ナタリアたちの守りに人員を割けないからだ。塔を出るとき、ナタリアはぼろぼろ泣きながら見送ってくれた。そもそも死ぬ気はないけど、これは何が何でも生きて帰らないとだね。
全員揃ったのを確認すると、アルフレッドが口を開いた。
「では、大森林に向かう前に再度作戦を確認する。これより六つの隊に別れ、それぞれが分かれて行動する。第一部隊は私とウィリアム殿が率い、森の外で各隊からの連絡を受けるとともに、有事の際に備えることとする」
まあ総大将は安全圏に置いておくのが基本だしね。
「第二部隊は聖女殿が率いる。護衛としてジーク殿、そしてラファエル殿とモニカ殿が同行する。この隊が今回の作戦の要だ。他の隊は進軍しつつ、いつでも第二部隊の援護をできるように備えておけ」
うう緊張する。戦力としては十分だけど、少数で魔物のうろつく森に入るのはやっぱり怖い。
でも同じ隊にラファエルがいるのは助かる。白の浄化を使う前にいちいちラファエルを探す手間が省けた。もしかすると、ラファエル自身が私と同じ隊になるよう仕向けたのかもしれない。
それから順に残りの隊のメンバーが発表され、さらにそれぞれの隊の進軍ルートが確認された。私の進軍ルートはとっても簡単だ。真っすぐに大森林に向かい、おそらく最も魔物が多いであろう地点に向かって最短距離で移動するだけだ。他の隊はその進軍の援護と、目的地点への魔物の追い込みを担当する。大森林には大きな道がないので、どの隊も四、五名程度の少数精鋭での作戦になる。
説明が終わるとめいめい分かれて隊を組み、手伝いの魔術師たちが各隊の隊長に何かを手渡し始めた。
「それは通信の魔法具だ。これを使えば第一部隊と連絡を取ることができる。もう一つは位置の魔法具で、この魔法具同士の位置を大まかに知ることができる」
通信の魔法具は手のひらほどの金属の板がベルトに留められているもので、首にかけられるようになっている。位置の魔法具はもっと小さく、大ぶりの腕時計のような作りをしていた。文字盤の代わりに謎の文様が刻まれた金属の板が取り付けられていて、その上に色とりどりの光がぼんやり灯っている。この光がそれぞれの隊の位置を示すらしい。赤が第一部隊、第三部隊が黄色で、後は順に緑、青、紫だ。
話し合いの結果、通信の魔法具はジークが、位置の魔法具は私が持つことになった。ラファエルとモニカは魔法である程度代用できるので不要とのこと。本当は通信の魔法具も私が持つべきなんだろうけど、大きいし重いし天青の首飾りと重ね付けしにくいしという訳でジークに押し付けてしまったのだ。
さあ、手早く終わらせてしまおう。……また命削らないといけないのは気が重いけど、ラファエルもいるしきっと何とかなると信じよう。
当然ながら、大森林にはろくな道がなかった。腰まである茂みの中に、よく見ると人ひとり通れるくらいの隙間があるかな? という程度の、獣道と呼ぶのすら微妙な道が続いている。第二隊の中で一番体格のいいジークが先頭に立って道を開いてくれるものの、ひどく歩きにくいことに変わりはない。
「そろそろ、小休止としましょうか」
四人同時に座れるくらい開けた場所に出たジークが言う。
「はあ、やっと休めるよ。こんなに歩いたのはいつぶりかな」
「ラファエルは普段飛んでばかりで歩いてなさすぎなのよ。もう少し体を鍛えたらどう?」
一番ばてているラファエルに、モニカがそっと水筒を差し出した。何に使うのか、ラファエルは何かが詰まった大きな鞄を肩から掛けており、そのせいで余計に疲れているらしい。そんな二人に、ジークが話しかける。
「ところで、私は魔法には詳しくないのですが、お二人は戦力としてどれほどのものかお聞かせいただけるでしょうか。セレスティナ様を守るためには必要な情報ですので」
その問いに、固っくるしいのが苦手なモニカが面倒そうに答えた。
「少人数で戦う分には問題ないわ。ラファエルの魔法陣なら、四人一度に守るくらいは余裕よ」
「でも僕の魔法陣は狭い範囲を強固に守ることに特化しているので、大人数を守るのはちょっと難しいんですよね」
「そうやってラファエルががっちり守っている間に、あたしが適当な魔法で吹っ飛ばす。威力だけなら魔術都市でもぶっちぎりよ」
そう言ってモニカは複雑な彫刻の施された優美な手甲をはめた右手をひらひらと振って見せた。ジークはいまいち納得しきれないといった表情だ。ジークも魔法はあまり信用できない類の人間らしい。
「……分かりました。いざという時は、あなたたちの力もお借りします」
そう言ってジークは私の方を見、決意に満ちた目でうなずいてきた。あ、これは自分一人で守り切るぞとかそんな感じのこと考えてる顔だな。ジークには悪いけど、今回の作戦私はラファエルにべったり張り付く予定なので。あ、張り付くといってもやましい意味ではないからその辺誤解しないでねモニカ!
心の中で謝っていると、ふと手首にはめた位置の魔法具が目に入った。そういえば他の隊は今どこらへんにいるのだろう?
丸い金属板に灯る五つの光、それによれば第一部隊が真後ろ、第三部隊と第四部隊が進行方向右側、第五部隊と第六部隊がその反対側だ。順調に進んでいるらしい。
そうやって位置の魔法具を見ていると、ジークも恐る恐る覗き込んできた。魔術師だけでなく、魔法具についてもいまいち信用しきれないものがあるのだろう。
と、その時ジークの胸元の通信の魔法具がいきなり小さな鈴のような音を立てた。全員が注目する。続いて、板からアルフレッドの声がした。
『第二部隊、状況はどうだ』
これは誰が答えるべきなんだろう? 一応名目上は私が第二部隊を率いていることになっているけれど、実質的な隊長はジークだと思う。
ジークも同じようなことを考えていたらしく、どうします? と目で問いかけてくる。結局、私とジークがためらっている隙にモニカが答えてしまった。
「特に問題ないわよ」
『第五部隊が魔物と遭遇した。そちらも気をつけろ』
「了解しました」
気を取り直したジークが改めて返事をする。続いてまた鈴のような音がした。どうやら通信が終わったらしい。
その鈴を合図に、みな休憩を終えて獣道を進み始めた。いよいよ魔物の登場だ、気を引き締めないと。
それからしばらくした後。私たち第二部隊も魔物と遭遇していた。青白く光る毛皮をした、異様に大きな狼。煌々と輝いたその眼の中で黒い光が禍々しくゆらめいている。それぞれ形の違う角を生やした異形の狼たちは群れをなして私たちの行く手を阻んでいた。予想の三倍くらい大きいし怖い。前世の記憶が戻った時も周りは魔物だらけだったけど、あの時は白の浄化の風のおかげで魔物がはっきり見えてなかったしなあ。
「魔狼か!!」
すぐにジークが細身の剣を抜き、私を背にかばう。モニカも前に進み出て、小手をはめた右手を前に突き出した。ラファエルは私の隣に立つと鞄から羊皮紙を何枚か出し、前もって描いておいた魔法陣を発動させる。
魔狼たちは獰猛なうなり声を上げながらじりじりと距離を詰めてくる。まずい、完全にやる気だ。一触即発の空気が流れる中、誰が一番に動き出したのだったか。
あっという間に戦闘になってしまった。ジークは流れるような剣さばきで魔狼を切り伏せ、モニカは右手から雷の玉のようなものを次々打ち出している。二人が倒した魔狼は、すぐに黒い霧になって消えていった。一方ラファエルは魔法陣のあちこちに触れながら、防御を継続している。私は棒立ちになったままおろおろするしかない。この規模の群れに白の浄化を使うなんてオーバーキルにも程がある。
「セレスティナ、守りの障壁を出していますし、この魔方陣の中なら安全ですから落ち着いて」
ラファエルはそう言ってくれるのだが、結構怖い。守りの障壁とやらが全く目に見えないのが問題だ。ちょっと色でもついていてくれたら、ちゃんと守られてる感が出て安心できるのだけど。
そう思っていた時、横合いから一頭の魔狼が飛びかかってきた。ジークとモニカの防衛線を回り込んできたらしい。大きく開いた魔狼の口が見える。ずらりと生えた信じられないほど大きな牙が私に食いつこうと迫ってくる。生臭い息まで感じられそうだ。
怖い!
その一瞬、私を支配したのはただその感情だけだった。恐怖の根源から逃れようと、大きく一歩後ずさりし。
滑り落ちた。私の後ろ、背の高い草が生い茂っていたそこは急斜面になっていた。私は草に埋もれながらあっという間に滑り落ちていく。上で誰かが叫ぶ声が聞こえた。むき出しの手が草に当たって痛い。とっさに腕で顔をかばった。もう何も見えない。
私に出来るのは、大怪我をせずに止まれますようにと祈ることだけだった。




