拾壱
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いつのまにあんなに仲が良くなったんだ。瀬臥は詩螺歩の柔軟を見ながら考えていた。恐るべしコミュニケーション能力。
「お前固すぎだろ」
須邏希は遠慮するように詩螺歩の背中を優しく押した。
「しっ…かたないよ。あたし、ちっさい頃からこうだし」
「何がしっ…かたないだ」
いきなり背後に瀬臥の声がしたかと思うと――――
「いだだだだだだだだだだだだだ!痛い痛いやめて! 折れる! 鬼!」
すごい力で詩螺歩の背中を押し始めた。
だが全然やまない。やめてくれない。
すごく痛いんだけど! 関節がなんか悲鳴あげてるしっ! 誰だよもう! まぁ、ある程度予想、というかあいつしかいないんだけど…。
「ほんとに固いな…。これは危な――――」
「離れろ! やだ! 痛い! 幾らなんでもひどい! あたしから離れろ! …変態! セクハラ野郎!」
「んだとお前! 変な意味はない! 分かってるだろうが!」
こう反論した瀬臥だったがしかし、ここまで言われると離れるしかない。無言で瀬臥は詩螺歩から離れた。
「………じゃあ左右に分かれてまずは膝から水をかけていけ」
そして号令をかけた。――瀬臥の声は異様に低かった。
詩螺歩は須邏希に支えられながらゆっくりと歩いた。瀬臥への恨みは積もってゆく。
「お前と瀬臥さん何があったんだよ」
「…あたしだって知りたいわ」
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詩螺歩は須邏希とコースが違うので分かれてプールに入った。冷たい! 気持ちいい! プールを選んでよかった!その時、初めて詩螺歩は思った。
「ねえ、さっきから瀬臥さん元気ないよねえー」
「うん確かにぃ―。声に張りがなくなったよねぇー」
こんな会話が耳に入ったので詩螺歩は瀬臥をチラリと見た。別にいつも通りに見える。詩螺歩は何事もなかったようにその会話を無理矢理、頭から追い出した。
「じゃあ選抜組は自由に一本いけー」
「「「はーい」」」
「その間にお前らを――――」
と、ここで瀬臥と目があった。何だ? また何かやるのか? 詩螺歩が警戒態勢に入り睨もうとした時、瀬臥はスッと視線をそらした。
あれ? 詩螺歩は拍子抜けする。
まぁ…いいんだけどね。何か不可解な感じがしたのを詩螺歩は無理矢理、心の奥に押し込んだ。
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やっぱり、おかしい。
瀬臥があたしと目を合わせようとしない。一度無理やりガン見してみた。それでも無視だ。あれか? 思い当たる節は一つしかなかった。というかそれ以外ない。
セクハラ野郎……あれは言いすぎたか。あれくらい軽く流せっての。詩螺歩はビート版を使ってバタ足をしながら考えていた。
「きゃー! 瀬臥さん足つかんだー!」
「…仕方ないだろう」
「はい!」
むしろその女の子は嬉しそうだった。
瀬臥がプールの真ん中に立って通り過ぎる生徒をどんどん指導していく。
…あー通りたくないなぁ。
そんな考えとは裏腹に、詩螺歩は前へと進んでいった。
瀬臥が詩螺歩の足を見た。バタ足を見ている。そして指導しようとか手を前へ出した。そこでピタリと手が空中で止まる。数秒間停止したあと、そのまま瀬臥は手をおろしてしまった。詩螺歩は何の指導もなくスッと瀬臥の前を通り過ぎた。
…やっぱり…あたしのせいか…。
詩螺歩はこぼれないように目に力を入れた。
――――あっ、プールだからどうせ流れちゃうか。気が付いたのは、プールから上がった後だった。
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…なんなんだ。さっきから何をやっているのか分からない。瀬臥は詩螺歩がプールからあがるところを見ながら考えていた。なんでこう、うまくいかない。瀬臥は落ち込むばかりだった。瀬臥はチラリと詩螺歩を見た。肩が下がっている。歩き方もトボトボだ。瀬臥はどうしていいかわからなかった。
カツ丼の笑顔なんて、ましてや普通の笑顔すらさせてやれない。―――――瀬臥は落ち込む一方だった。
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芹崎―! 助けてー。詩螺歩は心の中で叫んだ。だが、芹崎は日本史とお遊び中だ。
うぅ、もうあたしが馬鹿なせいでこうなっちゃうんだ。さっきの女の子も瀬臥に足をつかまれて、普通に返事をしていたじゃないか。変態、セクハラなどは、いらなかったはずだ。「痛い」だけでよかったのに。別に本心でそんなことを思ったわけではなかったのだが。
―――――あたしは瀬臥みたいに、あんなふうに泳ぎたいわけではない。あたしは、あんなふうに泳ぐ人に水泳を習いたかったのだ。でも、それももう無理そうだ。詩螺歩は落ち込む一方だった。




