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【悲報】私怨によって石田三成をざまぁ!する歴史書を書こうとしたら、己の愚かさを思い知らされた件 〜晩年の福島正則は咽び泣く〜  作者: 詰襟コアラ
第1章 市松と佐吉

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第4話:光秀の最期、清洲の暗闘と解けぬ雪

山崎の合戦の翌朝。

折り悪く降り続いた雨がようやく上がり、泥と血煙の混じり合った濃密な臭気が、羽柴の本陣に重く漂っていた。


濡れた陣幕が朝風にたなびき、湿った空気に雑兵たちの勝ち鬨が微かに混じる中、ひとつの決定的な報せが届く。

首謀者・明智光秀が、敗走の途上、小栗栖の深い竹藪にて土民の落武者狩りに遭い、竹槍で脇腹を突かれてあえなく果てたという。


「……天下を揺るがした英傑の最期が、土民の竹槍だと?」


濡れて鈍い光を放つ大槍を抱えた二十一歳の市松(福島正則)は、呆然と湿った天を見上げた。

空を覆う鈍色の雲の隙間から差し込む光は冷たく、足元の泥は戦死者たちの血を吸って黒くドロドロに濁っている。どれほど名を馳せた大名や英傑であろうと、一たび敗れれば泥に塗れ、土民の竹槍一本で果てる。戦国の恐ろしさと、吐き気がするような命の無常感が、市松の背筋を冷たく撫で上げた。


周囲の将校たちが「逆賊・光秀討ち取ったり!」と色めき立ち、酒を煽って歓声を上げる狂騒の中で、ただ一人——あの佐吉(石田三成)だけは、光秀の死に感傷すら抱いていなかった。


「首が挙がったか。ならば即座に残党を狩り集め、京の治安を戻せ。……織田家の中で、我らが後手に回る隙など微塵も作らんぞ、市松」


乾いた竹と墨の匂いが漂う陣幕の片隅で、検分の帳面を淡々と繰りながら、冷淡に次の政権構想へと頭を切り替える佐吉。

市松は「相変わらず血も涙もない奴だ」と鼻で笑い、泥のついた草鞋を蹴り上げたが、その視線はすでに佐吉と同じ「次なる天下の主導権争い」の深い闇へと向けられていた。


◇


清洲会議——。


天正十年六月下旬。清洲城は、蒸し返すような夏の熱気と、信長公を失った織田家の不穏な気配に包まれていた。

城を囲む堀の水は濁って淀み、青く茂る木々の合間から蝉時雨が容赦なく降り注ぐ。汗が皮膚にまとわりつく不快な熱気の中で、織田家の跡目と領地配分を巡る家臣団の熾烈な暗闘が繰り広げられていた。


槍一本で道を切り拓いてきた市松にとって、この会議ほど虫唾が走る場所はなかった。

織田家の重臣たちが杯を交わしながら腹を探り合い、表では笑いながら裏で足の引っ張り合いを繰り返す。


「佐吉、見苦しいぞ。戦で勝ったのは俺たちだ。文句があるなら槍で決めさせればよかろう!」

「黙っていろ市松。槍を振るうだけが戦ではない。むしろ、この清洲の部屋の中で行われている舌戦こそが、天下の行方を決める本当の戦場なのだ」


ここでも、佐吉の恐るべき暗躍が光った。

夜陰に紛れて文を交わし、どの家老にどんな領地を提示すれば優位に立てるかを見極める。城周辺の米を極秘裏に買い占め、他派閥の兵糧を干し上げる。汗ひとつかかず、静かに算盤の珠を弾く佐吉の描いた盤面の通りに事が動き、秀吉様は織田家中において圧倒的な主導権を掌握していったのである。


そして時代は、いよいよ織田家の筆頭家老・柴田勝家との覇権を賭けた決戦——賤ヶ岳へと雪崩れ込んでいく。


天正十年の冬。


柴田勝家が拠る北陸越前は、重く冷たい豪雪によって完全に閉ざされていた。

山々を覆う深い白銀は生き物の気配を消し、凍てつく風が遠くの木々を鳴らす。雪が解ける春まで、柴田軍は足を取られて身動きが取れない。勝負を決めるなら、この冬の終わり、雪解けの泥とともに春が訪れるその瞬間——一撃で勝家を潰すしかない。

近江・賤ヶ岳の地に、湿った土と張りつめた鉄の匂いが満ちていく。


「おい佐吉! 早く攻め込ませろ! 俺のこの大槍が疼いて溜まらねえんだ!」


本陣の篝火が激しく爆ぜ、紅蓮の火の粉が夜空に舞い上がる。

功を焦り、大槍の柄を握りしめて陣中をうろつく市松の胸中には、煮え立つ【緋】の血潮が今にも爆発しそうであった。


対する後方で陣地構築と補給路の手配を進める佐吉は、凍てつく【月白】の冷気を身に纏い、白く澄んだ息を吐き出しながら冷たく言い放った。


「焦るな、市松。戦とは槍を振る前から始まっている。勝家が動く前に、我らが近江の砦群を完璧に固め、兵糧の補給路を完成させるのだ。……お前の槍が最も引き立つ時を、俺が作ってやる」


佐吉の指示のもと、近江十三砦の改修が急ピッチで進められていく。

極寒の雨が混じる泥の中で丸太を曳き、土嚢を積み上げる兵たちの荒い吐息と掛け声。その背後で、佐吉は米の俵数から輸送にかかる日数、道幅に至るまでを寸分の狂いもなく計算し、配置を指示していた。さらに勝家の傘下にいた岐阜城の織田信孝を孤立させる調略も、すでに完璧に終えている。


勝家が雪解けとともに動いた時には、既に逃げ場のない「詰みの盤面」が完成しているという、あまりにも恐ろしい計算であった。


(佐吉の野郎……そこまで裏で手を回していたのか!)


佐吉の冷徹な緻密さに、寒気とは違う鳥肌が立つような戦慄を覚えつつも、市松の胸の内にあったのは恐れではない。

圧倒的な猛者たちが集うこの激戦の場で、あ奴の組み上げた完璧な盤面の上で、俺の大槍が天下を震撼させる——という猛烈な昂揚感であった!


「ふん、能書きは十分だ佐吉! 盤面とやらを完成させたら、あとは俺の槍に任せておけ! 敵の首は残らずこの正則が拾ってやる!」


◇


「——ハハハッ!」


信州高井野の雪夜。

古びた煙と墨の匂いが満ちる部屋で、老いた正則は囲炉裏の炭が弾けるのも気にせず、破顔して乾いた笑い声を上げた。

夢中で筆を滑らせる手は激しく震え、白紙の上には墨が飛沫となって飛び散っている。まるで正則の昂揚した血潮がそのまま紙に滲み出たかのような、大破の文字が躍っていた。


(そうだ……あの時の俺たちは、間違いなく無敵であった!)


佐吉が完璧な盤面を組み上げ、俺がその上で大槍を振るう。

冷徹なる計算と、圧倒的な武力。

互いに欠けた半分を補い合い、天下という巨大な獲物を狩りに行こうとしていたあの熱き日々。


(待っていろよ、佐吉……! 次は、あの『賤ヶ岳』だ!)


老いた正則の胸の中で、二十一歳の武者の血が再び滾り始めていた。

一番槍の栄誉、近江の冷気に響き渡る勝鬨、自由奔放に槍を振るった黄金の瞬間——運命の賤ヶ岳の戦いが、今まさに幕を開けようとしていた。


(第5話へ続く)


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