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【悲報】私怨によって石田三成をざまぁ!する歴史書を書こうとしたら、己の愚かさを思い知らされた件 〜晩年の福島正則は咽び泣く〜  作者: 詰襟コアラ
第1章 市松と佐吉

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賤ヶ岳(前編)——美濃大返しの疾風

天正十一年四月。

北陸の雪解けとともに、越前の「鬼柴田」こと柴田修理亮勝家が動いた。


残雪をいただく柳ヶ瀬山脈の峰々から吹き下ろす冷風に混じり、鉄と馬糞、そして数万の兵が吐き出す熱気は近江の北端を揺らし始めていた。

織田家中で武名を轟かせてきた柴田勢の凄圧は、これまでの敵とは比べものにならなかった。将兵の練度、兵装の揃い、何より「鬼」という絶大な威名が、近江の山々を重く圧迫していたのである。


秀吉様は岐阜の織田信孝を牽制すべく大垣城へ向かわれたが、その隙を越前の猛者・佐久間玄蕃允盛政が見逃すはずもなかった。


「大岩山砦が落ちた! 中川清秀様、お討ち死に!」


四月二十日、前線からの悲報に、本陣の空気は一瞬にして凍りついた。

春の湿った泥の匂いが漂う陣幕の中に、破殺の怒号と血煙の臭気が雪崩れ込んでくる。佐久間盛政の果敢なる奇襲により、近江の防衛拠点が一夜にして打ち破られたのだ。柴田の怒濤の攻勢が、目と鼻の先にまで迫っていた。


「おい佐吉! 秀吉様へすぐ報せを送れ! 俺たちだけでも打って出るぞ!」


愛用の大長槍を強く握り締め、功を焦る市松(正則)が叫ぶ。胸の中の【緋】の血潮が激しく波打ち、今にも陣幕を破り出さんばかりであった。

だが、佐吉(三成)は【青磁】の如く透き通る冷徹さを保ち、静かに首を振った。


「落ち着け市松。佐久間盛政は強い。だが、奴は勝ちに乗じて深く入り込みすぎた。……秀吉様へは、すでに一番の早馬を出してある。計算通りだ」


「計算だと!? 中川様が討ち死にされたんだぞ!」


「だからこそ盛政は引き退がれなくなったのだ。……お前の仕事は、ここで武具を検分して待つことだ。大垣から秀吉様が戻られる。歴史に残る『大返し』になるぞ」


佐吉の言葉は、単なる強がりではなかった。

報せを受けた秀吉様は、大垣から賤ヶ岳までの十三里の夜道を、わずか五時間足らずで駆け抜けるという破天荒な「美濃大返し」を敢行されたのだ。


四月二十日の夜。月齢十四の半月が春の薄雲の合間から冷たい光を投げかける中、漆黒の暗闇が支配する美濃街道を埋め尽くしたのは——佐吉が事前に寸分の狂いもなく配置していた【赤銅】の火を吹き上げる「松明」の列であった。


街道沿いの各村々には、佐吉の手配によって握り飯と温かい粥がうずたかく積まれ、馬の取り替え場所には新新しい秣(まぐさ)と水が用意されていた。夜気の中に立ち上る薪の焦げる匂いと、炊き出しの米の匂い。

走る兵たちは止まることなく、街道を差し出された松明の炎に照らされ、手渡された粥を喉に流し込みながら、ただひたすらに前線へと突き進む。


(佐吉の野郎……! 街道沿いの村々に兵糧を配し、松明を揃え、数万の軍勢が一刻も早く駆け抜ける道を完璧に作り上げておきやがった!)


夜空を焦がす松明の火の海を見ながら、市松は全身の皮膚が粟立つような衝撃を覚えていた。

どれほどの強者であれ、どれほどの速さで兵が走ろうと、後方の補給と道案内が途切れれば軍は瓦解する。佐吉という男は、表舞台で槍を振るうことなく、この凄まじい電撃戦の「血脈」をたった一人で創り出していたのだ。


四月二十一日、夜明け前。

深い【深藍】の夜気と雨上がりの立ち上る霧が残る賤ヶ岳に、突如として姿を現した秀吉軍の大群。

遠く柳ヶ瀬の陣営から見上げる柴田方の将兵は、突如として暗闇の中から現れた万の松明と勝鬨の声に、我が目を疑い呆然と立ち尽くしたという。深入りした佐久間盛政軍の狼狽は、陣中に伝播する毒のように広がっていった。


「さあ行け、市松! 盤面は整った。鬼柴田の精鋭どもを、お前の槍で粉砕してこい!」


佐吉の鋭い声が、冷たく湿った黎明の空気の中ではじけた。


「言われずとも背中を拝ませてやるわ! 佐吉、しっかり見ておけよ!」


大槍を頭上に掲げ、市松は湿った泥を蹴って敵陣へ向けて躍り出た。

「鬼柴田」の猛者どもとの、血で血を洗う死闘が、今まさに始まろうとしていた。


◇


「ハハッ……ハハハハッ!」


信州高井野の雪夜。老いた正則は、破顔して高笑いを漏らした。

筆を握る手の昂揚が止まらない。山囲炉裏の爆ぜる音が、あの日美濃街道で燃え盛っていた松明のはじける音と重なって聴こえていた。


(佐久間盛政も、柴田勝家も、強かった……! 強かったからこそ、あの合戦は高揚したのだ!)


九頭竜川から吹きつける冷風も、大岩山で散った中川清秀の血の匂いも、すべてが鮮烈に脳裏に蘇る。

強大な敵がいたからこそ、佐吉の後方支援が冴え渡り、己の槍が最高の輝きを放った。


老正則は、破れんばかりの勢いで次の紙を繰り寄せた。自慢の達筆で、いよいよ己の人生で最も誇り高き「一番槍」の瞬間を記すために——。


(第5話へ続く)


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