ついに気付いた美醜逆転
思えばきっと、気付ける機会はあったと思う。でも俺は、気付かなかった。
家族の仲がよすぎて。そりゃ愛してたら互いのいいとこがかわいくもかっこよくも見えるだろうし、我が子の俺らもかわいかろうよ、と。
そして、似たような容姿の他人を悪く言うはずもない、と。
うちは貴族だ。人と会う機会はたくさんある。なのに気付けなかったのは、俺の家が侯爵家だったのが、原因のひとつだ。
ほとんどが格下の貴族達だ。俺や家族の容姿を讃えられる度、「ああ、気を遣ってるんだな」と、思ってしまった。
そして、同格以上、つまり王族や公侯爵家は、おしなべてみんな似たような容姿をしている。中には、鍛えてなくて、丸々したおっさんも結構いたけど。
国の中枢って上澄みだから、容姿のいい男や女の血を入れてきて、美男美女なもんじゃないの? と、残念に思いながら見たものだった。もっとも俺も人のこと言えないゴリラだけど、それは棚の上だ。
お互いの容姿を讃え合ってる姿を見てると、惨めなもんだな……と、さみしい気持ちになったものだ。そっと、一歩引いて、他人のフリをしておいた。
ついでに、讃える最中に、
「ボンレスハムのようにおいしそうな腕でうらやましいですわ」
「そんな、○○様こそ……」
という会話が漏れ聞こえてきて、貴族こえぇぇぇぇぇぇ!!! と、隅で震えた。
なんでそんな時折そんな毒を吐くんだ?! それはいいのか?! なんで親しそうなんだ?! と、そこからしばらく人間不信になった。
あと、こっちのボンレスハムも、紐で縛ってあんだろうなぁって、紐巻き付けてる装飾の腕の女性を見て思った。
でも、それも聞き慣れているうちに、たぶん、貴族ジョークなんだろうと想う程度に、会話の端々でその手の会話が飛び交ってることに気付いた。
なんと全員があの悪態にしか聞こえないセリフにうれしそうに笑っていたのだ。
これが貴族の社会なら、慣れるべきか……と、試しに、いつも優しい母の友人に、俺も思いきって言ってみた。
「柔らかそうな、霜降り肉のような腕ですね、おいしそうです」
「あら、大人ぶっちゃって。おませさんな紳士ね。照れながらでも素敵よ」
とてもうれしそうに微笑まれた。
マジかよ……。
言う前もびびったが、言ってからの方がびびり散らかした。セーフだったのはよかったが、通用したことが怖すぎる。
なんだよ貴族ジョーク、綱渡りすぎねぇか。こわすぎんだろうがよ。
きっと、そんな会話のあれこれで、もっと深く考えていれば、もっと早く気付く事もできたのではと、今となっては思わないでもない。
けどな、いくら何でも、これに気付くのは、ハードル高すぎる。
下級貴族とかは、多少ぽっちゃりしてても普通体型なのだ。平民とかは言うに及ばず。
俺を褒め称える声も、ただのおべっかとしか思ってなかった。
モテるのも、キャーキャー黄色い声援を受けるのも俺の家格のせいだと思っていた。
だっておおむね、常識は前世とそうズレてなかったんだよ。
ただひとつ。そう、美醜の最上位と最下位の価値観をのぞいて!
薄々、なんか変だな? と、気付く素地はあった。それは認める。けどな。まあ異世界だし、ちょっと習慣が違うんだなくらいで流せると言えば、流せる範疇だった。
前世でも、海外だと予想外の価値観や常識の差があるものだったしな。日本での礼儀が、よその国では侮辱になるとかな。
おデブ遠回し指摘トークもブラックユーモア的に愛されているのだと思ってたんだよ。
そんな感じて、「ここはそういう反応が普通なんだ」という程度で流していた。容姿への反応も、たくさんある「んん?」のうちのひとつでしかなかったのだ。
だが、それでも積み重なっていた疑問は山のようにあったわけだ。
そして、ついに、決定的なことが起こった。
そう。初夜会だ。
俺は子供の頃から交流のある上位貴族達に挟まれて、逃げ出したくてたまらなくなっていた。
幼馴染たちが互いの容姿を褒め合うのだ。なんだこの地獄。
デブとゴリマッチョと力士マッチョ達が得意げに自分と相手の容姿を讃え合うんだぜ? 混ざりたくない。
そして最後には、無言でちょっと離れてる俺を見ていう。
「お前がいると俺達が霞むけどな」
「俺らも大概騒がれてきたが、君の侯爵譲りの美貌には到底敵わないよ」
「でもこの国一番の美貌を持つこれだけの美丈夫が、全く容姿を鼻にかけないところが憎いんだよな。君には勝てないと、いつも度量の違いを感じるよ」
ヤレヤレ系な感じで褒められた。
周りの奴らがやいのやいの言ってるのを聞きながら、何やら決定的におかしいぞ? とようやく気付き始めたところに、「ご歓談中失礼いたします」と、きらびやかな小ブタちゃんを筆頭に、高位の年頃女性陣がやってきた。
「すごいな、あの気位の高い侯爵家のアンジェリカ様だぞ。あの方が声をかけてくるだなんて……」
「見ろよ、あの美貌。まぶしすぎる。あの方が美しすぎて霞んでいるが、後ろの取り巻いている令嬢達もそうそうたるメンバーだぞ」
とか、こそそこと、頬を赤らめたり、ぼうっと見惚れたりしながら女性陣を見ている会場の若手貴族たち。
……え?
本気かこいつら? え? ネタじゃなく? マジで言ってる? この、きらきら子ぶたの集団を??
あの顔、あの声のトーン。あいつら、マジで言ってね?
いや、お手入れのいき届いた、かわいい子ぶた系だとは思うぞ? それは認める。だが、子ぶただぞ?? むちむちしてるぞ? 目が肉に埋もれてるが?? ほっぺまんまるだし、あごがないぞ??
全員。揃いも揃って。ドレスが布なのかフリルなのか肉なのかわからんくらい膨らんでて、まんまるだぞ、マジで。
俺には残念ながら、デブ専の性癖はない。前世の姉にしこたま指導を受けて、がんばってる女性をけなすようなことは言うまいと、今世になった今も胸に刻んでいる。
世界を超えて、目の前にいなくても姉は怖い。子ぶたが醜いとは言うつもりはない。そんなことを言おう物なら、心の中の前世の姉から鉄拳が落ちそうで、勝手に身が竦む。
きらびやかな小ブタちゃんもかわいいのだろう。うちの母だって、姉だって、まあ一応それなりにわいいとは思う。だが、俺の常識では、彼女たちを美人とは言えない。
あえていおう。太りすぎて、異性には見えない、と。(心の中の前世姉に忖度をした表現)
「国中の美男美女の勢揃いだな」
「きらびやかで美しい集団だ」
「美しすぎてあの空間には入っていけない」
俺たちおデブブサイク高位貴族とキラキラ子ぶたちゃんたちの集団を遠巻きに見ながら、ひそひそ、ひそひそと、ささやき声が聞こえる。
噂の的の集団の中心で、俺はピキリと固まって、冷や汗をダラダラ流していた。
まさか、本当に、ブラックユーモアがブラックユーモアじゃないとか、あり得んの? マジで…?
え、お貴族様ジョークじゃないの? あの罵倒、マジで褒め言葉??
嘘だろ、異世界こわい。
そういえば、さっき広間の片隅でものすんごい美少女見つけたけど、小動物みたいにおどおどしてて、かわいそうだった。でも俺が声をかけたらもっとびびらせると思って近寄れなかった。だって俺ゴリラだもん。
あの子を貧相だとかみっともないとかきもちわるいとか言っていじめていた奴らは蹴散らしといたけど、あの子、めっちゃびびって青ざめてたな。
……もしかして、あれも、かわいいからいじめられてたとかじゃなくって、マジであの美少女、きもちわるいと本気で思われてたりとかする??
そういえば、卑屈になりがちな細身イケメンの伯爵家三男の友人が本当にいい奴なんだけど、そいつくっそイケメンで、このイケメンくそが!! とか思いつつ、なんか邪険にされがちなのが納得いかなくて、よく侯爵家の御威光を振りかざして庇ってたけど、あれももしかして不細工認定で嫌がらせされてたのか?!
意識が遠のきそうになりながら、今までの出来事がどんどんよみがえる。
今までの疑問が、ついに正解を見つけた。
俺がいるのは正真正銘この国の中枢の美男美女の集団。その中で最も美形と言われているイケメンゴリラな俺。
ここは、美醜逆転の世界だ……。




