8話 冒険者になる
深い眠りから覚め、軽く身支度を整えた俺たちは、早々に湖を後にして歩き出していた。
目的地は、ここから一番近いというエレクトラという街。
理由は、異世界の調味料や食材がどうなっているのか気になったからだ。
ただ、如何せん金がない。さらに面倒なことに、ルフィリアは例のクソ王国の嫌がらせのせいで、指名手配犯さながらに街への立ち入りを禁じられている。
「……申し訳ありません、和真殿。これ、私の全財産です。これで通行料を……」
そう言って手渡された、ルフィリアのなけなしのお金。彼女が持っていても使えないからと託されたが、これだけでは調味料を揃えるには心もとない。
なんでもこの世界のお金は、金貨、銀貨、銅貨で分けられており。
金貨1枚は銀貨10枚分、銀貨も同じく銅貨10枚分
一般家庭が節制等をせずに暮らすなら金貨3枚もあれば十分らしい
そして、香辛料は少し高いらしく、銀貨10枚ほどするかもしれないとのことだ
やはりどこの世界でも何かやるにはお金が必要らしい
そこで俺が目をつけたのは、万能釣り道具の中で眠る魚たちだ。
この世界では、漁は命がけの作業。つまり、魚はかなりの貴重品のはずだ。
手元には、さっき釣ったサクラマス似の魚の半身。
それと、アジが一匹。
そして、あの虹色フィッシュ。
こいつらを売れば、それなりの路銀になると思っている。
さらに、街に入ったら冒険者ギルドにも登録するつもりだ。
ランクを上げるには定期的に依頼をこなさなきゃいけないらしいが、別に最強を目指す気なんてさらさらない。
ギルドに籍を置く最大のメリットは、身分証代わりになることと、素材の買取を行っている点にある。
道中、ルフィリアに倒してもらった魔物の素材を売れば、釣果以外の収入源も確保できる。
ついでに魚もギルドで買い取ってくれれば楽なんだが
そんなこんなで目の前に現れたエレクトラの街の城壁が見えてきた。
「よし、ルフィリア。俺が買い出しとかに行っている間、外で暇しててくれ。終わったらまたここら辺に居とくから。たまに見に来てくれ」
「承知いたしました。」
俺が門の方へ向かって数歩歩き出すと、背後から呼び止められた。
「和真殿」
街の方へ向かっていくとルフィリアに呼び止められた
林の影で足を止めたルフィリアは、どこか切なげな表情で俺を見つめていた。
「ん?」
「気をつけて。お帰りをお待ちしています」
国を追われ、誰からも必要とされず、孤独だった彼女。唯一の居場所になりつつあるのかもしれない。
「おお」
短く返事をしてその場をあとにし、エレクトラの入口に向かい始めた
背中に感じるルフィリアの視線は、俺が列に並ぶまでずっと離れなかった。
エレクトラの門には、革鎧を着込んだ二人の衛兵が立っていた。
活気はあるが、どこかノンビリとした空気の街だ。俺の番が来ると、一人の衛兵が面倒そうに顎をしゃくった。
「次。身分証はあるか?」
「いや、持ってない」
「じゃあ通行料だ。銅貨三枚」
俺はルフィリアから預かった、なけなしの革袋から銅貨を取り出して手渡す。カランと音を立てて回収箱に消えていく銅貨。これで手持ちはほぼゼロだ。本当にこの後の「商売」がうまくいかなければ、詰む。
無事に門をくぐらせてもらったところで、俺は去り際に少しだけ衛兵に声をかけた。
「あんた、ちょっといいか」
「ん? なんだ、入りたての旅人さん」
「この街の冒険者ギルドはどこにある? 登録と、ちょっとした素材の持ち込みをしたいんだが」
俺がそう尋ねると、衛兵は俺の格好……というか、背負っている釣竿のケースを珍しそうに眺めながら指をさした。
「ギルドか。このメイン通りを真っ直ぐ進んで、中央の広場に出たら左手にある大きな石造りの建物だ。剣のマークの看板が出てるからすぐ分かるぜ」
「ありがとさん。」
衛兵に軽く手を挙げて別れ、俺は教えられた通り街のメイン通りを歩き出した。
石畳の道はそれなりに手入れされており、通り沿いには看板を掲げた商店が並んでいる。漂ってくるのは、どこかのパン屋が焼く香ばしい匂いや、行き交う人々の活気ある喧騒だ。
(さて、まずは身分証と路銀の確保だ)
中央広場に出ると、すぐにそれと分かった。左手に、ひときわ頑丈そうな石造りの二階建ての建物があり、入り口の上には剣を交差させた意匠の看板が掲げられている。
重い木製の扉を押し開けると、中には独特の熱気が充満していた。
壁際には依頼が張り出された掲示板、そして正面には長い受付カウンターがある。昼間ということもあってか、装備を整えた冒険者たちが数人、談笑したり掲示板を吟味したりしていた。
俺は真っ直ぐに受付カウンターへと向かった。
「……すみません、冒険者の登録をお願いしたいんですが」
カウンターの中にいたのは、テキパキと書類を捌いている若い女性の受付嬢だった。彼女は顔を上げると、営業用の愛想のいい笑みを浮かべた。
「はい、冒険者登録ですね。承知いたしました。では、こちらの用紙に必要事項の記入をお願いします。名前と年齢、自信のある武器や特技があればそちらも」
俺は渡された羽ペンを走らせる。武器の欄には一瞬迷って無難に「ショートソード」と書いておいた。特技は「釣り」だ。
「書き終わりました」
「ありがとうございます。……ええと、カズマ様ですね。では、ギルドの仕組みとランクについて簡単に説明させていただきます」
彼女は慣れた口調で、ギルドのルールを話し始めた。
「冒険者ランクは一番下の『G』から最高位の『S』まであります。最初は全員『Gランク』からのスタートです。ランクを上げるには、ギルドが発行する依頼をこなし、一定以上の貢献度を積む必要があります」
「定期的に依頼を受けなきゃいけないのか?」
「いいえ。基本的には自由ですが、数年間にわたり一度も活動がない場合は登録が抹消されることもありますのでご注意ください。また、受けられる依頼は自分のランク、もしくはその一つ上のランクまでとなります。無理な挑戦は控えてくださいね」
丁寧な説明だが、俺が興味があるのはそこじゃない。
「わかった。……ところで、ここって素材の買取もやってるんだよな?」
「はい。魔物の部位や魔石、有用な薬草などは随時買い取っております。こちらで査定を行い、その場で代金をお支払いしますよ」
よし、ここまでは予定通りだ。
あとは、この後の魚の査定ができるかどうかだ
「……じゃあ、まずは登録を済ませてくれ。話はそれからだ」
「承知いたしました。では、発行手数料として銅貨二枚を頂戴します」
俺はルフィリアの財布の底に残っていた銅貨を、断腸の思いでカウンターに置いた。これで本当に、一文無し。
「はい、確かに。では、こちらがカズマ様のギルドプレートになります」
渡されたのは、鉄よりも少し軽い不思議な金属製のプレート。そこには俺の名前と「G」の文字が刻まれていた。
この異世界で、俺が最低ランクの冒険者に昇格した瞬間だった。




