15話 釣り人、魔法に触れる
「エテルナを目指し進んできたが……」
俺は手にしたナイフの血を、その辺の草で無造作に拭いながら悪態をついた。エレクトラを出発してから数日、南にある商いの街エテルナを目指して移動を続けていたが、その道中は想像を絶するものだった。
「どう考えても魔物との接敵が多すぎる!」
俺の叫びに、返ってきたのは呆れたような溜息だった。
「それはそうです。それに最初に説明したと思いますけど。魔物多いですよって」
涼しい顔で剣を鞘に収めたルフィリアが言う。
「確かに、行商などが通る道経由するのはリスクだと思って、あえて森や山道を通ろうって言ったのは俺だけど……まさかこんなに多いなんて」
すこし進むごとに藪から何かが飛び出してくる。これでは落ち着く暇ない。
「我慢しましょう。それに出てくる魔物もそんなに強くないですし」
「これが強くないね。さすが勇者(笑)だな」
俺が鼻で笑いながら皮肉を口にすると、ルフィリアは一瞬眉をぴくりと動かした。
「なぜでしょうか。今、ものすごく馬鹿にされた気がしますが気にしないことにしましょう」
彼女はふいと顔を背け、少しだけ不服そうに唇を尖らせた。
「それに和真殿は剣は使えないのですか?」
「使えるわけないだろ、持ったこともないぞ。」
「そうは言いますが、釣り竿を振るときの構えや軌道を見ていると、とても綺麗なので修正は必要ですが、剣でも同じように振ることができれば使えるようになると思いますよ」
その言葉に、ふと思い出した。昔、知り合いの剣道をやっている奴に「お前のキャストの振り抜き、竹刀の振りに似てるな」と言われたことがあった。起源とかは知らないが、長い棒状のものを振るという動作において、もしかしたら近しいものがあるのかもしれない。
「確かに自衛手段は必要か。今度考えてみるかね」
「その時は私が指導しますね! スパルタですよ!」
「ほどほどに頼むな」
ルフィリアのやる気満々の笑顔に少し引きつつも、俺は別の可能性を口にした。
「それなら俺、魔法も使ってみたいんだけど」
「魔法ですか?」
「そう。せっかく異世界に来たなら、魔法くらい使えるようになりたいだろ。空から火を降らせたりさ」
「なるほど、以前言っていたロマンというやつですね。和真殿は少し不思議な魔力を感じますし、多少は使えるので教えましょうか?」
「頼む! 今教えてくれ」
食い気味に頼み込む俺に、ルフィリアは苦笑いしながら頷いた。
「今ですか? まぁいいですが、ほどほどにしないと魔力酔いで倒れてしまいますので、気を付けてくださいね」
「わかった!」
俺たちは一旦足を止め、森の開けた場所で足を止めた。ルフィリアは講師のように背筋を伸ばし、人差し指を立てる。
「まず、魔法は基本的に3種類あります」
「火とか水とかか?」
「それは属性ですね。属性も相性があったりしますが、練習さえすれば基本的に誰でも扱えます。属性だけで分かれているわけではないのですよ。」
「まずは戦闘魔法。これは名の通り、攻撃や防御、索敵などに用いる戦闘用の魔法です」
「へ~そう言う区分けなんだな」
「はい、そして次が生活魔法です。明かりを灯したり、日常を便利にするためのものですね、おそらくこの世界の人たちが一番力を入れている分野かもしれません」
「なるほどね最後は?」
「最後は、儀式魔法です」
「儀式魔法……。なんか名前からして大掛かりそうだな」
「ええ。多人数で魔力を合わせたり、長い詠唱や特殊な陣を必要とするものです。結界を張ったり、天候を操ったりと規模は大きいですが、一人で旅をする私たちには今のところ縁がないものですね。なので、和真殿が覚えるべきは前の二つになります」
俺は生唾を飲み込んだ。ついに、異世界モノの醍醐味である魔法に手が届く。
「よし、やってやる。で、どうすればいいんだ? 呪文を唱えればいいのか?」
「呪文はあくまでイメージを固定するための補助に過ぎません。大事なのは、自分の内側にある魔力の流れを感じ、それを形にすることです。まずは、魔法というものに触れてみましょう。手のひらの上に小さな水の球を作るイメージをしてみてください」
ルフィリアに言われるがまま、俺は右手のひらを上に向ける。
釣りで培った、集中力を全開にする。体の芯にある熱い何かが、腕を伝って指先に集まっていく様子を、細いラインに神経を尖らせる感覚で思い描く。
(……出ろ。コップ一杯分くらいの水でいい……)
「…………出てこい、水!」
俺が念じた瞬間。
手のひらの上がわずかにひんやりとし、空気が結露するように小さな、本当に小さな水滴がポツンと現れた。
「お……! おお! 出た! 出たぞルフィリア!」
「いきなり成功ですか!? 普通は魔力を通す感覚を掴むだけで半日はかかるものなのですが……釣り竿を通じた感覚の鋭さが、魔力操作にも活きているのでしょうか」
ルフィリアが驚きに目を見開く。しかし、俺の興奮はそこで終わらなかった。
「……待てよ。これ、もっと強くイメージすれば……」
俺はさらに魔力を注ぎ込もうとした。
リールのドラグが一気に引き出されるような、濁流のような力が指先に殺到する。
「ちょ、和真殿! 出しすぎです! やめてください、そのままでは……!」
「やべぇ、止まらねぇんだけど!」
パシャァァァン!!
制御を失った大量の水は、重力に従って俺たちの足元で爆発した。それどころか、ちょっとしたスコールに打たれたような有様だ。
「ぷはっ! びちょびちょじゃないですか!」
「ご、ごめん……。思ったよ難しんだな……」
ずぶ濡れになり、銀髪を顔に張り付かせたルフィリアに、俺は平謝りするしかない。
「ですから言ったではありませんか、ほどほどに、と。……でも、初めてで今の魔法の勢いなら、訓練さえすればかなり実用的になるともいますよ?」
「マジか。……でも、魔法一発でこれだけ疲れるんなら、実戦で使うにはまだ先が長そうだな」
俺は急激な倦怠感に襲われ、その場にどっかりと座り込んだ。魔法のロマンは素晴らしいが、どうやらこれを使いこなして魔物を一掃できるようになるには、もう少し地道な「修行」が必要なようだ。
「とりあえず、その濡れた服を乾かすための魔法で温風を出す練習しますか?」
「……勘弁してくれ。今はただ、焚き火で乾かしたい気分だ」
俺たちは濡れた体を震わせながら、森の中、今日何度目かの溜息を同時についたのだった。




