14話 日本でも異世界でも変わってる奴の特徴は変わらない
「まぁ、釣りの修行でもいいが、とりあえず飯にしよう。せっかくルフィリアが釣ってくれたみたいだしな」
俺がそう言うと、金貨の山に放心していたルフィリア、ギュンと勢いよく首を曲げこっちを見てきた。どうやら金の衝撃よりも食の誘惑の方が、今の彼女には即効性があるらしい。
「今日はどのような食事にするのですか?」
期待に満ちた瞳を向けてくる彼女。俺は待ってましたと言わんばかりに、今日エレクトラの市場で手に入れた物を鞄から取り出した。
「実は市場でトマトを見つけたんだよ」
「とまと……? それはどんなものなのですか?」
俺は手のひらに乗る、真っ赤に熟した丸い実を見せた。
「これだよ。店ではこの呼び方で伝わったんだけどな。俺の元居たところではトマトって呼んでたんだけど、地方とかで呼び方が違うのか?」
「いえ、多分私が知らないだけですかね? お店で伝わるなら、おそらくあっているはずです」
ルフィリアは、おそるおそるトマトを覗き込んだ。その様子に、俺は少し嫌な予感がして問いかける。
「え、ルフィリア、お前トマト知らないってこと?」
「はい、知りませんでした」
「……大変だったんだな」
俺が心底同情するような、慈愛すら籠もった目を向けると、彼女は顔を真っ赤にして詰め寄ってきた。
「な、なんですか! その目は!」
「いや、なに。俺のいたところでは結構メジャーな食べ物だからな。それを知らないってことは……それだけ、大変な生活をしてたか、常識がないかのどっちかだからな」
「失礼ですね! たまたま知らなかっただけです。野菜くらいわかります!」
鼻息を荒くして憤慨するルフィリア。なるほど、プライドが刺激されたらしい。俺は少し意地悪く畳みかけてみた。
「ほぅ。なら、どういうのが野菜なんだよ」
ルフィリアは胸を張り、断言した。
「緑の葉っぱは大体野菜です!」
「…………」
清々しい。清々しいまでのバカだ。
「ルフィリア。お前がさっき言ってたことの後者に当たることが、今のでよくわかったよ」
「またその目! なんですか、間違っていませんよね!? 食べられる葉っぱは全部野菜です!」
「まぁ、そんな怒んなよ。とりあえず飯作るわ。」
俺は苦笑しながら、手際よく調理の準備に取り掛かった。
まずは、ルフィリアが釣り上げた獲物たちを捌くところから始める。
アユに似た魚をまな板代わりにしている平らな岩に乗せ、ナイフを入れる。
「見てろよ。まずはこのアユっぽい方の鱗を落とす。」
シャリシャリと小気味よい音を立てて、銀色の鱗が剥がれ落ちていく。流れるような動作で内臓を取り除き、手早く洗うと、透き通るような白身が露わになった。
次は、問題の白くて長いウナギのような魚だ。
こいつがなかなかの曲者だ。表面がヌルヌルとしていて、ナイフが滑る。
「こいつは手強いな」
慎重に背に刃を入れ、中骨に沿ってナイフを滑らせるが、独特の弾力に苦戦する。
なんとか三枚に下ろしたものの、骨に少しだけ身が残ってしまった。
「身が少し骨に残っちまったな。まぁ、これも一緒に煮込んで出汁にすれば無駄にはならない。……大体いろんな魚が釣れた時は、この料理をするとしっくりくるんだよ」
「……骨に残った身まで使うのですか?」
「その骨から出る旨味が、スープを化けさせるんだ」
準備が整ったところで、焚き火の熱で熱した深めのフライパンに、昨日買ったバターと、包丁の腹で潰したニンニクを放り込む。
――ジュワァァァッ!!
パチパチとはぜる音と共に、ニンニクの香ばしい刺激が夜の冷えた空気を一気に支配していく。
そこに、まずは下処理した魚の身を投入する。
――ジューーッ!
皮目が熱い油に触れ、瞬時に狐色へと焼き上がっていく。香ばしい匂いが立ち上り、ルフィリアの鼻が「クンクン」と犬のように動き始めた。
そして、主役の登場だ。
真っ赤なトマトを適当な大きさに切り、フライパンの隙間に敷き詰める。さらに、エレクトラの街で手に入れた酒を、惜しみなくドボドボと注ぎ入れた。
――シュワァァァァッ!!
白煙が勢いよく立ち上り、フルーティーな酒の香りと、魚の焼けた匂いが完璧に混ざり合う。
「 和真殿、これでは昨日のようなサクサクした食感が失われませんか?」
「いいんだよ、これが美味いんだ。見てろ。」
蓋をして数分。
焚き火の炎に照らされたフライパンの中で、煮汁がグツグツと激しく泡立っている。トマトから溢れ出した赤いエキスが、魚の出汁と溶け合い、見事なオレンジ色のスープへと変化していく。仕上げにーブを数枚散らすと、そこには暴力的なまでの芳香を放つ一皿が完成していた。
「よし、できた。食ってみろ」
俺は木皿に、たっぷりのスープと共に盛り付けた。
黄金色のスープに浸った真っ白なウナギ似の魚の身と、ふっくらと炊き上がったアユに似た魚。そこにトマトの鮮やかな赤が映える。
ルフィリアは疑わしげに、まずはその赤いスープをスプーンで掬い、一口含んだ。
「…………っ!!」
目を見開き、固まること数秒。
「……美味しい。なんですか、これ……! 魚の脂の甘みと、このとまとの爽やかな酸味が、口の中で踊っているようです! 」
彼女はもう、俺の目を気にすることなく一心不乱に身をほぐし、スープを飲み干し、最後にはバケツの中で元気に跳ねていた魚の命に感謝するように、皿が新品のように綺麗になるまで平らげてしまった。
「和真殿、感服いたしました。」
「だろ。」
俺が焚き火を眺めながら言うと、ルフィリアは満足げな溜息を吐き、どこか力強く頷いた。
焚き火の爆ぜる音が、静まり返った河原に響く。
皿を舐めとらんばかりの勢いでアクアパッツァを完食したルフィリアは、心底幸せそうに、膨れたお腹をさすりながら余韻に浸っていた。
「……さて。満足したところで、こっからどうするか?」
俺が問いかけると、ルフィリアは幸せそうな顔のまま、のんびりと首を傾げた。
「どうする、とは?」
「このままこのあたりに長居するわけにはいかないだろ。俺はお尋ね者じゃないが、お前は違う。変な連中に目をつけられる前に、場所を変えたほうがいい」
「確かに、それもそうですね」
ルフィリアは他人事のように頷く。そのあまりの危機感のなさに、俺は呆れて溜息を吐いた。
「他人事だな」
「すみません。忘れてました。和真殿の料理があまりに美味しかったもので、つい」
そう言って照れ臭そうに笑う彼女を見ていると、毒気を抜かれる。勇者様というより、ただの食いしん坊の少女にしか見えない。
「はぁ~……。とりあえず、遠くを目指すってことでいいか?」
「そうしましょ。あと、その目はやめてください!」
「はいはい。で、目指す街とかないのか? 当てなく旅しても仕方ないだろ。この世界の地理については、お前の方が詳しいんだし」
俺がそう水を向けると、ルフィリアは少しの間、夜空を見上げて思考を巡らせた。やがて、何かを思い出したように指を立てる。
「それなら、ここから南に進んだ先にエテルナという街があります。王都からは離れていますし、活気のある商いの街です。そこそこ距離がありますが、向かう途中に別の小さな街がありますので、そこで馬車に乗れると思います」
「エテルナ、か。馬車が使えるなら助かるな。いつまでも野宿ってわけにもいかないし」
「そうですね。今の私たちなら、一番良い席に乗れるかもしれません」
「ほぅ、ならとりあえずそこ目指すか」
「そうしましょう!」
方針が決まると、なんだか妙にワクワクしてきた。新しい土地に行けば、また見たこともない未知の魚がいるはずだ。俺は寝床の準備をしながら、大きく伸びをした。
「なら今日は休むぞ。明日からは長旅になるからな」
「あ、和真殿! 今日こそは、私が最初に見張っておきますね。今度は絶対に大丈夫です!」
ルフィリアは拳を握りしめ、今度こそ失態は演じないとばかりに勇ましく宣言した。昼間の二人揃っての爆睡が相当堪えていたらしい。
「なら頼んだよ。無理はするなよ」
「はい! お任せください!」
焚き火の横で、背筋を伸ばして周囲を警戒し始めるルフィリア。
俺は彼女の背中を信頼して、目を閉じた。
エテルナ。
まだ見ぬ南の街には、一体どんな釣り場が待っているのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えながら、俺は心地よい疲労感と共に、眠りへと落ちていった。




