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異世界釣り日誌 ―魔王討伐を拒否して、神から授かった万能釣り道具で、世界中の水辺を旅する放浪スローライフ―  作者: echo
1章

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11話 勇者、異世界飯と出会う

夜が迫り、空が群青色に染まり始めた河原。岩場の上で銀色の身体を跳ねさせているのは、紛れもなく昼間にギルドで聞いたあの魚だった。


「また月光マスだな」


地面で暴れる獲物を見つめ、俺は感嘆とも呆れともつかない溜息を零した。ギルド職員が伝説級だの王都の晩餐会だのと騒ぎ立て、前払い金として金貨が舞い込むほどの魚。それが、釣りを始めて数分の初心者の竿にかかってしまうのだから、世の中は分からない。


「月光マス……というのですね。この魚の名前は」


ルフィリアは、宝石のような鱗を食い入るように見つめている。


「ああ、なんかギルド職員が言うには、魔力を溜め込む性質がある貴重な魚らしいぞ。そんで、骨まで余すことなく魔道具の素材になるんだとか」


「そんなに高価なものだったとは……。確かに、今朝いただいた時も、体の底から力が溢れてくるような、不思議な感覚があったような気がします!」


勇者として培ってきた鋭い感覚でその変化を感じていたらしい。


「俺はそんな感じしなかったけどな。魔力の有無に関係してるのかもな……。まぁ、今はそんな話はどうでもいい。腹が減った。飯の準備をしよう」


「はい! 火の準備は、お任せください、和真殿!」


ルフィリアが元気よく立ち上がり、手際よく薪を集め始め、焚き火を起こした。

その間に俺は、調達した鞄から、今日街で買い揃えたばかりの調理器具、フライパンや調味料たちを準備した。


「和真殿、今日は何を作るのですか?」


火が安定したところで、ルフィリアが膝を抱えて俺の手元を覗き込んできた。パチパチとはぜる火の粉が、彼女の好奇心に満ちた瞳を赤く照らす。


「ムニエルってやつだよ」


「むにえる……? 聞いたことがありませんね。」


「まあ、俺のいた世界の料理だからな。……よし、始めるぞ」


俺は月光マスの滑らかな鱗を逆なでするようにナイフを入れ、手際よく捌いていく。エラを落とし、腹を割り、内臓を取り除く。その指先に伝わる身の弾力は、まるで良質な肉のようだ。三枚におろされた桜色の身に、今日手に入れたばかりの塩と、香りの強い異世界のスパイスをパラパラと振りかける。


指先で軽く叩き、味と香りを馴染ませる。

 ふと視線を上げると、ルフィリアが真剣な眼差しで俺を見ていた。


「和真殿は毒花の見分けや野宿の知識だけでなく、料理についても博識なのですね」


その感心しきった声に、俺は少し照れくさくなって鼻の頭を掻いた。


「28歳の独身男が料理に目覚めると、大体こんな感じになるんだよ。」


俺は食材は自分でとれるからいいが、これで食材までこだわりだしたらきりがない

そして、大体数回作って飽きてダメにしちゃうんだよな、昔の俺の悲しい実体験だ


「よくわかりませんが……それより、和真殿は28歳だったのですね」


ルフィリアが驚いたようにまばたきをした。その反応に、俺は心外だと言わんばかりに顔を向ける。


「なんだ、もっと年取ってると思ってたか?」


「いいえ、逆です! もっとお若いのかと思っていました。こう……私と同じ18歳くらいかな、と」


「……流石にそれは無理があるだろ」


俺は苦笑した。いくらこの世界に来て身体が軽くなったとはいえ、四半世紀以上の人生経験が顔に刻まれているはずだ。


「いいえ、そんなことはありませんよ! 私も18ですし、勝手に同じくらいだと思って親近感を抱いていました。和真殿はどこか少年のように目を輝かせて釣りをされますから」


「そうか。……逆に俺は、お前の方がもうちょい年いってると思ってたけどな」


凛とした立ち振る舞いや、時折見せる達観したような横顔。それらが彼女の実年齢を誤認させていた。


「それはどういう意味ですか、和真殿! 私が老けて見えると仰りたいのですか!?」


ルフィリアが頬を膨らませて詰め寄ってくる。その仕草は、やはり年相応の少女のそれだ。


「いいや、20代前半くらいかなって思っただけだよ。落ち着きがあるからな。……さあ、そんなことより、そろそろ下味がついた頃だ。仕上げるぞ」


「そんなことって……まぁ、いいですが! その、ムニエル、楽しみにしています!」


少し不満げに口を尖らせつつも、彼女の鼻はすでにフライパンから漂い始めた予感に反応していた。


俺は皿に広げた小麦粉に、月光マスの身を躍らせた。薄く、均一に。これが魚の旨味を閉じ込め、バターを纏わせるための黄金の鎧となる。


熱された鉄のフライパンに、あの最高級バターの塊を放り込む。


――ジュワァァァッ!!


暴力的なまでの甘い香りが、夜の森に炸裂した。熱せられた乳脂肪分が泡立ち、黄金色の液体がフライパンを覆い尽くす。そこに潰したニンニクを投入すると、香ばしい刺激がバターの甘みと混ざり合い、凶悪なまでに食欲を煽る芳香へと進化した。


「っ!? ……和真殿、この匂い、先ほどまでとは別次元です……!」


ルフィリアがゴクリと喉を鳴らしたのが分かった。俺は無言で、小麦粉を纏った月光マスを、皮目から滑り込ませた。


ジィィィィ……!


小気味よい音が響き、バターの泡が魚の身を包み込む。俺はフライパンを傾け、スプーンで熱々のバターを何度も身の上から回しかけた。アロゼ――。バターの熱と香りを、上からもじっくりと浸透させていく。


小麦粉がバターを吸い、狐色のクリスピーな衣に変わっていく。一方で、厚みのある桜色の身は、バターの熱によってふっくらと、驚くほどジューシーに膨らみ始めた。仕上げに乾燥ハーブを一筋。その瞬間、香りの完成度は頂点に達した。


「よし、完成だ。……ルフィリア、お前が自分で釣った最初の獲物だ。心して食え」


俺は、黄金色に輝くムニエルを木皿に盛り付け、彼女の前に差し出した。

 立ち上る湯気はバターとニンニクのコクを孕み、ルフィリアの理性を限界まで削っていく。


「いただきます……いただきますっ!」


彼女は震える手でフォークを握り、黄金の衣に刃を立てた。

 サクッ。

 軽やかな音が、静かな河原に響く。

 一口サイズに切り分けられた身を、彼女は意を決したように口へと運んだ。


「……………………ッ!!」


ルフィリアの動きが、彫像のように止まった。

 やがて、彼女の大きな瞳から、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。


「なに、泣いてんだよ」


「不条理です、和真殿! こんな……こんなに美味しいものが、この世にあって良いはずがありません!」


彼女は泣きながら、それでいて一心不乱に二口目を頬張った。


「皮はサクサクとして香ばしいのに、中は驚くほどふっくらとして……噛むたびに月光マスの濃厚な旨味とバターのコクが、暴力のように押し寄せてきます! これほどまでとは」


ルフィリアは泣きながら、それでいて顔全体を綻ばせて叫んだ。


「美味しい……! 本当に美味しいです! 和真殿!」


「はは、それは流石に言い過ぎだろ。まぁ、喜んでもらえたなら作った甲斐があったよ」


俺も自分の分を口に運ぶ。

 ……確かに、これはヤバい。


 バターの濃厚な風味を、月光マスの繊細な身がしっかりと受け止めている。28歳独身男の執念の自炊スキルと、異世界の伝説級食材が合わさった結果、文字通り奇跡のような味が生まれていた。

食事は進み一瞬で最後の一切になり、俺たちは月光マスを味わい尽くした。

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