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異世界釣り日誌 ―魔王討伐を拒否して、神から授かった万能釣り道具で、世界中の水辺を旅する放浪スローライフ―  作者: echo
1章

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10話 勇者、釣りをする

門を出て、ルフィリアと別れた場所まで戻ると、彼女はすでにそこにいた。

俺の姿を見つけるなり、パッと顔を輝かせ、まるで待ちわびた子犬のように駆け寄ってくる。


「和真殿! お帰りなさいませ!」


「おう、待たせたな」


彼女の無事な姿を確認して、俺も少しだけ胸をなでおろす。どうやら俺がいない間、大人しく待っていてくれたようだ。俺は彼女を近くの木陰に誘い、腰を下ろすと、街での出来事を話し始めた。


「ギルドに行ってきたんだが。あの魚たち、俺たちが思っていた以上にヤバい代物だったらしいぞ」


「ヤバい……とは、どういうことでしょうか?」


俺は、ギルド長から聞いた「月光マス」や「瑠璃魚」の価値、そして高級料理屋ですら仕入れられないほど貴重な存在だという話をかみ砕いて説明した。


「要するに、めちゃくちゃ貴重な高級魚だったってことだ。王都の晩餐会に出るレベルらしいぞ」


「ええっ!? あ、あの魚がですか……? 確かに、あんなに美味しいものは人生で初めてでしたが、そこまでとは……」


ルフィリアは驚きのあまり、口をあんぐりと開けて固まっている。そして、俺は懐からずっしりと重い革袋を取り出した。


「それでな。正式な査定は競りに出してからになるらしいんだが、その前払いとして、これをもらった」


俺が袋の口を開けて見せると、中には9枚の金貨と50枚くらいの銀貨が輝きを放っている。


「き、金貨9枚……っ!? 和真殿、これ、本当にもらって良い金額なのですか!?」


「ああ。これからもっと増える可能性もあるらしい」


ルフィリアは金貨の山を直視できず、拝むように手を合わせながらガタガタと震え出した。


「金貨9枚……。私がいた騎士団のお給金の3ヶ月分をこの数日だけで」


ルフィリアは自分の両手を見つめ、何やら人生の不条理を噛み締めているようだった。騎士団の給料三ヶ月分が一気に手に入ったとなれば、その衝撃も無理はない。

 

「まあ、そんな悲観すんなよ。それより、今日の飯が心もとないんだ。だから釣りするぞ」


「え? 釣り、ですか?」


ルフィリアがパチクリと目をしばたたかせる。その表情には「こんな大金があるのに?」という疑問が透けて見えていた。


「ああ。さっき買ったバターや小麦粉、それに調理器具を試したいんだが、手元にあるのはアジ一匹だけだろ? さすがに足りない」


俺がそう言うと、ルフィリアの腹が待っていましたと言わんばかりに「ぐぅ」と盛大に鳴り響いた。


「……あ、申し訳ありません。」


恥ずかしそうに腹を抑えながらも、ルフィリアが至極真っ当な疑問を口にした。


「ですが和真殿、それだけ金貨があるのなら、街で食材を買ってきてもよかったのではありませんか?」


 確かに、今の俺の財布なら、この辺りで一番高い肉だって野菜だって揃えられただろう。


だが、俺は不敵に口角を上げると、彼女に向かって人差し指を左右に振った。


「甘いな、ルフィリア」


「あ、甘い……?」


「いいか。俺たちは今、料理に必要な調味料、そして最高に使い勝手の良さそうな調理器具を手に入れた。いわば、最高のステージが整ったわけだ。それなのに、食材は誰がいつ獲ったかもわからないもので済ませる? ……そんなの、ロマンに欠けるだろ」


俺が万能釣り道具からロッドを出し掲げると、その黒光りするブランクスが日に照らされて妖しく光った。


「自分の腕で釣り上げた一番鮮度のいい獲物を、手に入れたばかりの道具で調理する。これこそが至高の贅沢なんだよ。金で買える満足なんてのは、その次だ」


俺の熱弁に、ルフィリアは一瞬圧倒されたように目を丸くしていたが、やがて何か深い心理を悟ったかのように、神妙な面持ちで頷いた。


「ロマン……。なるほど、ただ胃を満たすだけでなく、その過程すらも味わうということですね。安易にお金に頼らず、自らの力で運命(獲物)を切り拓く……。流石は和真殿、感服いたしました!」


いや、そこまで大層な話じゃないんだが。

まあ、納得してくれたならそれでいい。


「というわけで、移動だ。日暮れまでにはメインを釣り上げるぞ。ルフィリア、案内頼む」


「はっ! この先に、川幅が広く、かつ深い淵になっている場所がございます。そこならきっと、ロマン溢れる大物が潜んでいるはずです!」


俺は新しく買った革鞄の重みを心地よく感じながら、勇者の先導で、未知なる水域へと足を踏み出た。





「ここです!」


「……ほう、これはすごいな」


俺は思わず感嘆の声を漏らした。

ルフィリアに案内された場所は 水面は鏡のように静かな場所もあれば、底知れぬ深さを感じさせるほど濃い青に沈んでいる場所もある。

だが、思いのほか流れが速い。激しく泡立つ白波が渦を巻き、仕掛けを投げ込んでもすぐに流されてしまいそうだ。


「……少し下るか」


俺たちは川の縁をなぞるようにして、数百メートルほど下流へ移動した。

 すると、さっきまでの轟音が嘘のように静まり、水面がゆったりと落ち着いたポイントを見つけた。透明度は相変わらず高く、水中を覗き込めば、数メートル下の川底にある丸い石までがはっきりと見える。深さもそこそこありそうで、魚が身を隠すには格好の場所だ。


普段の俺ならルアーで攻めるところだが、今日は気分を変えてみることにした。


(……たまには、じっくり待つのも悪くないな)


餌釣りだ。この透明度なら、仕掛けが沈んでいく様子も、魚が食いつく瞬間もダイレクトに楽しめるはず。ロッドの調子を確かめながら、万能釣り道具を餌釣り仕様へと組み替えていく。万能釣り道具さまさまで、本当に何でもこなせるから助かる。


準備を進めている間、ルフィリアは手持ち無沙汰そうに川辺に佇んでいた。

 腰の剣に手をかけ、周囲を警戒してはいるものの、その視線はどこか落ち着きなくキラキラと光る水面を追いかけている。


「ルフィリア」


「はいっ、和真殿! 何かありましたか!?」


「いや、暇そうだなと思って。……釣り、してみるか?」


「え……? 私が、ですか?」


ルフィリアは驚いたように自分の手を交互に見つめ、それから信じられないものを見るような目で俺を見返した。


「釣りというのは、和真殿のような選ばれし者しかできないものではないのですか?」


「ただの趣味だよ。そんな難しく考えなくていい。ほら、やってみるならもう一本用意してやるけど」


俺がひょいと万能釣り道具の中をいじり完璧に調整されたロッドをもう一本出す。


「や、やってみたいです!」


ルフィリアは拳を握りしめ、鼻息も荒く身を乗り出してきた。どうやら彼女の中で、釣りは単なる食料調達を超えて、何か高潔な修行か騎士の嗜みのようなものに昇華されているらしい。


「よし。じゃあ、まずはこれを持ってろ」


俺は万能釣り道具から、調節したロッドを一本組み上げ、仕掛けをつけあとは投げるだけの状態のロッドを手渡した。彼女はそれを両手で捧げ持った。


「くっ……。この手触り、驚くほど軽くてしなやかです。流石は和真殿の得物です」


「いや得物じゃないから、まあ、折らないように気をつけてな」


俺は苦笑いしながら、自分のロッドの準備も進める。

今回は餌釣りだ。針の先に、その辺で捕まえた川虫――ではなく、万能釣り道具の中にあった異世界特製練り餌を小さく丸めて取り付けた。


「いいか、ルフィリア。こうやって糸を垂らして、水面に浮かんでるウキが沈むのを待つんだ。魚が餌を突くと、ウキがピクピク動く。一気に沈んだら、そこでロッドを立てる。……わかるか?」


「はい! ウキが沈んだ瞬間に、全力で迎撃すれば良いのですね!」


「いや、迎撃って。まあ、いいや。とりあえずやってみろ」


俺の手本を見せながら、ルフィリアも恐る恐る仕掛けを水面へと振り込んだ。

透明な水の中に、赤いウキがぽつんと浮かぶ。


それから数分。

俺とルフィリアは、川辺に並んで座り込み、じっと水面を見つめた。

勇者と、元現代日本人の釣り好き。

なんとも奇妙な組み合わせだが、流れる水の音と、夕暮れ前の穏やかな空気のせいで、不思議と居心地は悪くなかった。


「和真殿」


「ん?」


「静かですね。こうして水面を眺めていると、何もかも、一瞬だけ忘れられそうです」


「それが釣りの醍醐味の一つでもあるからな」


俺がそう答えた、その時だった。

ルフィリアのウキが、不自然にピクリと震え、次の瞬間、水中に一気に引き込まれた。


「……っ、来ました!! 和真殿、敵襲ですっ!」


「敵襲じゃねえよ。ほら、竿を立てろ!」


ルフィリアはバッと立ち上がると、言われた通りに竿をグイと持ち上げた。

しなやかなロッドが綺麗な弧を描き、水面下で銀色の影が激しく暴れる。


「重い……っ!? 小さな針一本なのに、これほどの抵抗を……! 」


「大袈裟なんだよ。ほら、そのままゆっくり寄せてこい」


アドバイスを送ったものの、彼女は騎士としての本能か、あるいは未知の力に対する警戒心からか、その細い腕にぐっと力を込めた。


「はあああっ!」


気合の一閃とともに、ルフィリアが勢いよくロッドを立てる。

 しなやかなロッドが限界までしなり、反動で跳ね上がった。それに合わせるように、水面を割って銀色の影が勢いよく飛び出した。


「わわわっ!?」


放物線を描いて空を舞う魚と、それを追いかけて目を丸くするルフィリア。

夕日に照らされた飛沫が宝石のように飛び散り、一匹の立派な魚がバタバタと尾を振りながら、俺たちの足元へと着地した。


ビチビチと跳ねるその姿を、ルフィリアはまるで伝説の魔物でも仕留めたかのような、驚きと興奮の入り混じった表情で見つめている。


「……獲った。和真殿、私、獲りました!」


その瞳は、最初アジをごちそうしたときのように純粋に輝いていた。

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