59話 フランケンシュタインの赤ちゃん③
翌日。
パンデモニウム女学園のとある教室にて、教師が黒板に書かれた魔術式の説明をする。
「――というわけで、この式に別の式を加えると複式魔術の発動が可能になります」
教鞭で式をびしっと指す。女学生たちがノートを取るなか、ひとりうつらうつらと寝ぼけまなこの生徒がいた。
「ちょっと、ヴィクトリアさん。居眠りはまずいですわよ」
学級委員長であるスカーレットが注意しても目を覚ます様子はない。
「先生に見つかったらただでは……」
だが、それを見逃す教師ではない。キラリと三角形の眼鏡が光ると、つかつかと彼女の前へ。
「ヴィクトリアさん、私の授業はそんなに退屈でしょうか?」
ぴしゃりと言い放つが、本人は相変わらずかくんかくんと首を上下に揺らすのみだ。
教師が怒りでぷるぷると身を震わせる。
「たいした心掛けですわね……この私の授業を眠りながら受けるとは!」
◇◆◇
放課後。
「ただいま……」
研究室兼自室に戻ったヴィクトリアが帰宅を告げる。すると奥からクリスがやってきた。手には赤子の真壁を抱えている。
真壁がヴィクトリアの姿を認めるとだぁ~と声をあげる。
「おかえりなさいませご主人様。なんだか疲れていますね」
「うん……授業中に居眠りしちゃってさ。罰としてレポート書くハメになっちゃった」
どさりとレポート用紙を机に置く。
「元はといえばキミのせいだよっ。夜泣きがひどくて眠れなかったんだからねっ!」
ぴっと指さすとたちまち小さな手で握られた。遊んでもらっていると思っているのだろう。
はぁっとため息をつく。ふと、真壁が身に着けている服に気づいた。
「あれ? 服なんてあったっけ?」
「リリア様がおくるみを作ってくださいました。面倒を見れない代わりに着せてやってほしいと」
「あーそれでか」
真壁がヴィクトリアのほうへ両手を伸ばしてきたので、クリスから受け取って抱きしめてやる。
ヴィクトリアの腕のなかで嬉しそうにきゃっきゃっと笑う。
「どうやらご主人様に懐いているようですね」
「まあ、付き合いは長いからね。赤ちゃんになってもわかるのかも?」
いきなりぐいっと髪を引っ張られたので、見ると真壁が三つ編みの先を口に含むところだ。
「ちょ! ボクの髪は食べものじゃないよ! ……って、なんかにおわない?」
「そうですか? 私には嗅覚がないのでなんとも言えませんが」
「確かににおうよ。というか、この臭いってまさか……」
臭いのもとは真壁からだ。より正確に言えばお尻からである。
おくるみの下半身を脱がし、おむつをおそるおそると外すとやはり排せつ物が。
「やっぱり……クリス、悪いけどこの排せつ物を処理して代わりのおむつ持ってきて」
「かしこまりました」
クリスが手際よくおむつごと排せつ物を持って処理に行くと真壁とヴィクトリアのふたりきりとなった。
その間も真壁はきゃっきゃと笑う。
「のんきだね……元の姿に戻れるかどうかわからないのに。まあボクも原因はあるけど……」
つんつんと柔らかい頬を突っつくと、ふたたびきゃっきゃっと笑う。
「……ボクに子供がうまれたらこんな感じなのかな?」
しばし戯れていると、クリスが戻ってきた。手には代えのおむつが。
「どうぞ」
「ありがとー。それじゃ履かせるね」
新たなおむつに履き替え、おくるみを直してやる。
「これでよしと。それじゃボクはレポートやらなきゃ」
ヴィクトリアがその場を去ろうとすると、真壁が両手両足をばたばたさせながら泣きはじめた。
「真壁様、ヴィクトリア様はお忙しい身です。私めが相手になりましょう」
抱きかかえ、よしよしとあやすが、泣き収まる気配はない。
「まいったな……これじゃレポートに集中できないよ」
「私に考えがあります」
数分後。
「えっと、複合魔術の式と付与魔術の式の違いが……」
机でレポートと格闘するヴィクトリアの背中にはおんぶ紐で背負われた真壁が親指を咥えながら眠りについていた。
静かになったのでレポートは順調に進む。
「……なんかボクがイタルをおぶってるのって、変な感じだね」
ヴィクトリアが振り向くと真壁は静かな寝息を立てていた。
「って、今のキミに言ってもしょうがないか……」
そして一時間後、レポートを書き終えたヴィクトリアはペンを置いてんーっと伸びをひとつ。
「やっと終わったよ……クリス、ボクこれからお風呂行ってくるから見てて」
「かしこまりました」
真壁を起こさないよう、慎重にクリスに預け、「頼んだよ」と言い置いてドアをゆっくり閉めた。




