47話 ヴェルフェ、熱きシュート!
アスタリーナが来てから五日目――。すなわち、大会まであと九日。
その日もヴェルフェチームはグラウンドでランニングだ。
ときおり「パンデモニウムファイオーッ!」の掛け声が入る。
「みんな体力ついてきたな!」
初めは軽いジョギングだったのが今では全員ランニングのペースで走れるようになったのだ。
「ハイ トクニヴィクトリアサマノ タイリョクガ5%コウジョウシテイマス」
クリスが創造主であるヴィクトリアの身体能力をスキャンしながら。
「たった5%か……まあゼロよりはマシだろうけど」
ふたたびヴィクトリアのほうを見ると、息は絶え絶えながらも必死に最後までみんなについていこうとしている。
「よーし、それまで!」
ピーッとホイッスルが鳴り、ぴたりと走るのを止める。
もともと体力のなかった者たちは肩で少し息をするように。
へたり込んだり、四つん這いになりながら必死に酸素を求めていた時とは大違いだ。
「それじゃ次はドリブルを」
先を続けようとしたところへ、シルヴィーとテンがやってきた。
「みんな気張っとるねー。以前と比べて体力付いてきたんやないの?」
「お、先生。見てのとおり以前とは変わったぜ。あれ? テンが一緒にいるってことは……」
テンがこくりと頷く。
「ついに体育館の改装が終わったヨ」
テンがサムズアップすると、一同からおおっとどよめきが。
「そうか! これでついに本格的にバスケの練習ができるな!」
「ウチらこれでもえらい苦労したんよ?」
ぷかりと紫煙を吐きながら言う。
◇◆◇
「おおーっ! 思ってたより立派じゃねーか!」
真壁が目を輝かせながらあたりを見回す。
そこは真壁のいた学校の体育館と変わらないが、コートの両端にはゴールポストが設置され、床にはラインが引かれていた。
「スゲーよ! バスケやったことないのにこんなに再現できるなんて!」
前もってテンにはコートの見取り図を渡してはいたが、予想外の出来栄えだ。
「ワタシの測量にかかれば造作もないことネ」
腕を組みながらふふんと誇らしげに。
「こら、ウチの魔法もあったればこそやろ」
シルヴィーが煙管をコツンと頭に喰らわせる。
「あう」
叩かれてずれた帽子を直す。
「うむ! これなら満足に練習できそうじゃな!」
「すごいです! テンさん!」
「こりゃいいね! これなら思う存分走り回れそうだ!」
「走るだけでなく頭も使ってほしいものですね。『ばすけ』は戦略も重視される競技だそうですから」
犬猿の仲であるティアとエリザが互いに火花を散らす。そこを学級委員長のスカーレットが止めに入る。
「ちょっとあなたたち! ケンカしてる場合ではないでしょう!」
「んー……ボクとしてはもう少しココを補強したほうが……ボールを入れたときの衝撃を考えると――」
ヴィクトリアがゴールポストを指さしながら指摘すると、コツコツと足音が響く。
「あらあら? 思った以上に立派なコートじゃありませんこと?」
アスタリーナが扇子をあおぎながらつかつかとヴェルフェチームの前へと。
「またお主か……今日もチームの姿が見当たらないようじゃが?」
「今日は下見に参りましたの。それにしても素敵ですわね。あたくしたちの舞台にふさわしいですわ。それに」
ぴっと扇子で観客席のほうを指さす。一行が見上げると、そこには一際立派な座席が設えてある。座席というよりは玉座といったほうが正確だろう。
「当日はあの席であなたのお父上――魔王様が試合をご覧になりますのよ」
くるりとヴェルフェのほうを向く。
「魔王様の御前で恥じぬよう、当日は素晴らしい試合をいたす所存ですわ。お互い正々堂々と勝負しましょう」
「望むところじゃ!」
互いにがしっと固い握手を交わす。
「それではあたくしはこれで失礼いたしますわ」
ごめんあそばせと言い残してコートを去る。
「なんなんだあいつ……ま、いいや。本格的に練習するぞ!」
真壁コーチがばっと拳を突き出すと「おーっ!」と掛け声が返ってきた。
◇◆◇
改装されたバスケットコート上ではそれぞれが練習に打ち込む。
ティア、エリザのふたりはゴールポストの下で1on1を。ヴィクトリア、リリア、テン、スカーレットの4人は片方のゴールポストでシュートの練習を。
そのなかでただ一人、ヴェルフェだけはドリブルの練習だ。
「ぬぅ……なかなか上手くいかんのぅ……」
トントンと軽くドリブルは出来るようになったが、いざ歩きながらドリブルしようとするとボールがあさっての方向へ転がってしまう。
「むむむ……」
ボールを拾い上げ、ふと周りを見回す。
「甘い! スキだらけだよっ!」
「なんの! そうは問屋がおろさぬ!」
ティアとエリザのふたりは互いに挑発しながらもバスケとしての動きをこなしている。
次に反対側のゴールポストへ首をめぐらす。
ちょうどリリアがシュートを放ったところだ。だが、ゴールポストの周りをぐるりと回ったのちに落下を。
「ああっ! もう少しだったのに!」
「おしかったヨ」
次はスカーレットがシュートを。放たれたボールはバッグボードによって弾かれる。
「くっ! コントロールが難しいわね!」
「どんまい! いいんちょ」
「委員長と呼びなさい!」
それぞれのゴールポストで練習に打ち込むチームメンバーを見ながらキャプテンであるヴェルフェはため息をつく。
「わしには才能がないんかのぅ……」
両手に持ったボールに目を落とすが、当然ながら返答は返ってこない。
「よーし! みんな今日はここまでだー!」
ピーッとホイッスルの音が体育館内に響く。
◇◆◇
その夜――
風呂からあがって寝間着に着替えたヴェルフェは自室である生徒会長室に戻り、ぱたんとドアを閉める。
そしてひとりふぅっと溜息をひとつ。
今日も満足にドリブルができんかった……。
とぼとぼと寝室へ向かおうとすると、ペット兼伝書鳩代わりの梟がほーほーと鳴く。
「……ミネルバは空を飛べていいのぅ。わしもお主のように高く飛べればいいのに……」
ミネルバという名の梟がくるると鳴きながら首を傾げる。
「情けない話じゃ。会長でありキャプテンであるわしがみなに後れを取るとは……」
手を伸ばして白い頭部を撫でてやりながら。
「みなはもう次のステップに進んでいるというのに、わしはいまだにドリブルが満足にできんのじゃ」
不甲斐ない……とうなだれながらこぼすと、突然目の前のミネルバが翼を広げながら甲高い鳴き声をあげた。
それはまるでヴェルフェを鼓舞するかのように。
「お、お主……もしや、励ましてくれているのか?」
それに応えるかのようにさらに高い鳴き声を。
「……ありがとう」
ごしごしと涙が滲んだ目を擦る。
「よし! うじうじするのはわしの性に合わん! 今から特訓じゃ!」
寝間着からジャージへ装いを変え、そのまま部屋を飛び出す。がらんとした部屋にふたたびミネルバの鳴き声が響いた。
◇◆◇
体育館内でトントンとボールの跳ねる音。
「よ、よし! なんとかコツがつかめてきたぞ!」
ゆっくりと歩きながらだが、ボールは彼女の手からこぼれることなくバウンドしていく。
「ボールは掌でなく、指先で押すように……」
次第にペースをあげ、やがて走りながらドリブルが出来るまでになった。
「よし!」
バウンドしたボールを両手でキャッチし、ふと見上げるとゴールポストが。
3メートルほどの高さだが、小柄な彼女にとっては途方もなく高く見える。
ごくりと唾を飲み、うんと頷く。そしてボールを頭上で構えた。
「左手は添えるだけ、右手で押し出すように……」
放たれたボールは放物線を描き、ゴールポストにかすりもせずにそのまま落ちる。
とん、とんとバウンドしながらヴェルフェのもとへと転がっていく。
「やはりシュートは無理か……いや! こんなことでへこたれてはいかん!」
ぶんぶんと邪念を追い払うかのように頭を振り、きっとゴールポストを見据える。
「もう一度じゃ!」
ふたたび構え、放たれたボールはやはり外れた。
「むぅ……ミネルバのように飛べればのぅ」
そこまで言ってはたと気づく。
「そうか! 身長が足りないのなら飛べばいいんじゃ!」
三度ボールを頭上に構え、狙いを定めるとぐっと足首に力を入れ、コートを蹴るようにしてジャンプを。
ボールは放物線を描き、ジャンプした分だけ伸びた飛距離をもって――――
ばすんっ。
「や、やった……やったぞ! わしにもできた!」
とん、とんとボールがバウンドするなか、ヴェルフェは両手を握り、ガッツポーズを取った。
「と、いかんいかん! 何度でも入るようにせねば!」
熱心にシュート練習に取り組む彼女を扉から見つめる者がひとり――
「……お見事ですわ」
アスタリーナがぽつりとこぼす。そこへチームメンバーのひとりが進み出る。
「これでは練習ができませんね。追い払いましょうか?」
ふるふるとアスタリーナが首を振る。
「そのような無粋な真似はおやめなさい。そんなことをなさってはパンデモニウム女学園の生徒にあるまじき行為なうえにレディーらしくありませんわ。今日はグラウンドで練習しましょう」
さあとメンバーを体育館の外へと押しやるように。
そして最後にヴェルフェのほうを向く。彼女はまだ特訓中だ。
「……期待してますわよ」
くすっと微笑むと、その場を後にした。




