45話 基本のドリブルはむずかしい
「よーし! ジョギングそれまでー!」
真壁がピーッとホイッスルを鳴らし、ヴェルフェチームはやっと解放されたというように走るのをやめる。
ある者はへたり込み、ある者は肩で息をしながらなんとか呼吸を整えようと。
そのなかでエリザとティア、テンだけは息を切らしていない。
「さすがエリザとティアは体力あるな」
「もちろんです。会長をお守りする身としてはこれくらいでへこたれるわけにはいきませんから」
「盗賊は逃げ足が早くてなんぼだからね。このくらいへっちゃらだよ!」
「その体力を盗み以外に使ってくれれば言うことはないのですがね……」
「お、やるかい?」
「ま、まぁまぁ! 勝負は試合が終わってからで!」
エリザとティアが互いに火花を散らしたので真壁が間に入ってなだめながら。
「しかし、意外だな。テンなんて全然息切らしてないじゃないか」
真壁が言うと、全員がテンのほうを見る。
「ワタシ、キョンシーだヨ。だから息をする必要ないネ」
テンがサムズアップを。
「スタミナが無限ってのはかなり強い武器になるぞ。それに比べて……」
体力のある三人とは対照的に息を切らしている一行を見る。
「わ、わしは元来、運動がニガテなんじゃ……」
「私もひさしぶりに運動したので疲れました……」
「ち、血が……足りない……! もっと、もっと血を……!」
「かっ、科学者はっ! ぜひゅーっ! 運動神経なんてっ! ぜはぁーっ! ひつよーなっげぇええほぉおおっ!!」
特にヴィクトリアは四つん這いになりながら必死に酸素を求めている始末だ。
「お前らが対抗祭で連戦連敗する理由がわかったわ」
そこへクリスがやってきた。片手でボールの入ったカゴを、もう片手はゴールポストの付いた柱を軽々と持ち上げている。
「オマタセシマシタ マカベサマノヨウボウドオリノモノヲ モッテキマシタ」
「さんきゅ!」
クリスからボールを受け取って感触を確かめ、次にドリブルを。
「うん! バスケットボールに近い感じだな!」
「ソレデハ ゴールポストヲタテマスネ」
「ああ、そこに立ててくれ」
クリスがゴールポストを地面に突き立てる。
「これがゴールなのか?」
ヴェルフェが見上げながら言う。3メートルほどの高さだが、小柄な彼女にとっては途方もなく高く見える。
「そうだ。このボールをゴールに入れれば得点になるんだ。見てろ」
真壁がトントンとドリブルし、ボールを頭上に構えた。
「左手は添えるようにして、と」
右手で押し出すようにして放たれたボールはボードに弾かれた。
「ひさしぶりだからな……よっ」
今度はゴールリングに弾かれる。
「ワタシ、やってみたいネ」
テンにボールを手渡すと、見様見まねではあるがそのフォームはバスケ選手のそれだ。
自分のいる位置からゴールポストまでの距離を目測するかのように目を細め、「うん」と頷いてからボールを放つ。
放たれたボールは放物線を描いたのちにゴールポストに吸い込まれた。
真壁コーチ含め、全員からおおっと喝采があがる。
「スゲーな!」
「見事じゃ!」
「スゴいです! テンさん!」
「距離と軌道を割り出せば誰でもできるヨ」
計算だけでなく測量もお手の物のテンがサムズアップを。
その時、テンの頭上を軽々と飛び越える者がひとり――
ティアがばすんっとボールをゴールポストに沈めた。ふたたび全員から喝采が。
「あたしもなかなかのもんだろ?」
「そういやティアは猫の獣人だったな。この跳躍力があればますます勝率が高まってきたぞ!」
横からエリザが「真壁殿」と声をかける。
「話を聞く限りでは『ばすけ』とやらはボールを奪い合う激しい競技だとか」
「あ、ああ。それが?」
「私からボールを奪ってみてください」
エリザがボールを手にしながら。
「ほーう? 俺もナメられたもんだなっ!」
言い終わらないうちにボールを奪おうとするが、空を掴むだけだ。
「まだまだ!」
ボールを奪おうとすばやく動くが、いずれもエリザの巧みな足捌きによってかわされる。
「……すごいな。ぜんぜん取れなかったぞ」
「相手の攻撃をかわすのは剣術にも通じるものです」
ふふんとエリザが自慢げに言い、チームからも盛大な拍手が起こった。
「これは試合ではかなり有利になるな……だが、問題がある」
問題と聞いてエリザがぴくりと眉をしかめる。
「一度もボールを奪われなかった私にどんな問題があると?」
「ちょっとボール貸してくれ」
エリザが放ったボールを受け取り、今度は真壁が投げ返す。
「受け止めてみろ」
「笑止! こんなの私には赤子の手をひねるもどうぜ……んっ!」
ボールを受け止めると同時に首が反動でぽろりと外れた。
「やっぱりな。試合では身体がぶつかることもあるから今みたいになるぞ」
「くっ……! 不覚!」
なんとか首を拾い、元の場所に戻す。
「とにかく、まずは基本的なことからやるぞ。まずはドリブルだ。みんなやってみてくれ」
カゴからボールを取り出して全員に渡す。
「いいか? これがドリブルだ。バスケの基本的な動きだ」
手本を見せるようにボールをトントンとドリブルさせる。
全員がドリブルを試みるが、やはり運動神経が低い者は上手くできないようだ。
「わわっ! 難しいよ! これ!」
「強すぎてもだめだし、弱すぎてもだめなのね……! でも学級委員長としてはお手本にならないと!」
そのなか、ヴェルフェはまだボールを持ったままだ。
「ここはわしが会長として手本を見せるしかないのぅ」
「会長は出来るのですか? バスケ自体初めてなのでは?」
リリアが首を傾げながら。
「わしは幼少の頃はお手玉をよく嗜んでたものじゃ。これも同じようなものだと思えば良い。それ!」
両手でボールを地面めがけて投げる。だが、バウンドしたボールはヴェルフェの顔面を直撃した。
「ぬぅっ! 予測不能な動きをしおって!」
くっきりとボールの跡がついた顔面をさする。
「オメーのせいだっつーの。それじゃ次はドリブルしながら歩いてみてくれ」
やはりこれも運動神経が抜群な者はすぐ出来たが、それ以外はドリブルすらもままならない。
「最初はゆっくりでいいから、あと手のひらじゃなくて指先で押すようにするんだ」
最初はとんとんと軽くドリブルし、慣れてきた者はテンポを上げていく。
そして最終的にはドリブルしながら歩くことができた。
「できたっ! こんなすぐにできるなんてボクって天才だね☆」
「なんとかコツがつかめてきたわ!」
「私もわかってきました!」
ヴィクトリア、スカーレット、リリアの三人はコツが飲み込めたようだが、ただ一人ヴェルフェだけはまだドリブルすら満足に出来ないようだ。
「ぬぅう! もう少し身長があれば……!」
「身長じゃなくてセンスの問題だっつーの。まあ、焦らずにやれば慣れるって」
「むぅ……」
ドリブルに慣れてきたので次はパスの練習だ。
「パスはこういう風にして押し出す感じで投げるんだ」
いわゆるチェストパスだ。
ティアに向けて両手でボールを前に押し出すように投げると、ばしっと音を立てながら受け止める。
「ちょっと痛いね!」
「受け止めるにもコツがあるからな。みんな二人一組でパスの練習をしてくれ。俺はリリアとペア組むから」
ボールがめいめいに配られ、パスの練習を始める。
「んじゃいくぞリリア」
「はいっ!」
真壁がボールを押し出すように投げると、「きゃっ」と可愛らしい声を出しながらもなんとか受け止めた。
「目をそらしちゃダメだ! 今度は投げてみてくれ!」
「はいっ!」
「えいっ!」とこれまた可愛らしい声を出しながら投げる。
「よしいいぞ! もっと脇を締めるようにして投げて!」
言われたとおり脇を締めると、リリアの豊満な膨らみが強調されていく。
「お、おお……」
放たれたボールは真壁の顔面に直撃した。
「ぶっ!」
「ああっ! 大丈夫ですか!?」
「い、いや大丈夫だ……一瞬ボールが三つに見えたから……」
「目をそらすなと言うとるやつがよそ見してどーすんねん」
シルヴィーが煙管でコツンと真壁の頭に一撃をくれる。
「てっ!」
「コーチ! これどーすりゃいいのさ!?」
エリザとペアを組んだティアが抗議するので、そのほうを見るとエリザの首が転がっていた。
身体はボールを保持したままなので、受け止めた時に反動で外れたのだろう。
「あー……やっぱそうなるか。それじゃ一回ボールを地面に当ててみてくれ」
バウンドパスと呼ばれる方法で試しにバウンドさせると今度は首は外れなかった。
「出来た! 捕らえたぞ!」
「よっしゃ!」
「よし! じゃ本番ではそんな感じでパスしてくれ」
他のペアを見るとヴィクトリアとスカーレットのペアは順調にパスは出来ている。
だが……
「ぬぅっ!」
「大丈夫ネ!?」
ボールを受け止めることは出来たものの、反動で身体が倒れたのを見て真壁がぼつりとこぼす。
「……やはり身長差に難ありか」
「誰がチビじゃ!?」
真壁とヴェルフェがぎゃあぎゃあと丁々発止を繰り広げるなか、シルヴィーは煙管を咥える。
「そーいえば相手のチームはどこにおるんの? ぜんぜん姿が見当たらへんのやけど?」
辺りをうかがうが、全く姿は見当たらない。
「そういや変だな。合同練習持ちかけたんだけどな……」
真壁が奥の方を見る。そこにはアスタリーナが乗ってきた飛空艇が。
「いったい何を考えとるんじゃ……? あやつは」
ヴェルフェ含め一同が飛空艇を見るが、遥か頭上で一匹のモンスターに気付くものはいなかった。
眼球に蝙蝠の羽根を生やしたモンスター、イービルアイは一同に気づかれぬよう飛空艇の方へと飛び去った。
◇◆◇
「……なるほど、『バスケ』の基本的な動きはわかってきましたわ」
飛空艇内部、アスタリーナの居室にて分校の生徒会長は豪奢な椅子にもたれながらこぼす。
彼女の前に置かれている丸テーブルには台座に載せられた水晶が真壁たちを映している。
イービルアイの眼を通して投射されているのだ。
「あ、あのお嬢様……本当に合同練習に出なくてよろしいのですか?」
執事のゴブリンがおどおどしながら。
「ご心配なく。敵にあたくしの手をさらすような真似はしませんわ。それに昔から言うでしょう? 『能あるキマイラは毒蛇の尾を隠す』と」
水晶の傍らに置かれた紙を手に取る。真壁が書いたバスケのルールだ。
「あたくしが連戦連勝した理由をご存知? あたくしは体力や技量だけでなくここも使いますのよ」
とんとんと自らの頭を指で叩く。
「ルールをとことん利用してやりますわ。彼女たちの惨めな姿が見ものね」
口に手を当てながら「おーっほほほほ」と甲高く嗤う。




