間章 大騒動のあとしまつ
生徒会一行がブルジア王国を脱出した翌日――
ブルジア王国の国王であるガメッツイ・ブルジアは苦虫を噛み潰したような顔で玉座に腰掛けていた。
頭に包帯、片手は三角巾で吊られ、これまた片足はギプスで固定されており、痛々しい有様だ。
国王の前で宰相が報告書を読み上げる。
「――倒壊した家屋が三十六軒、屋台が二十一軒です。負傷者が多数おりますが、幸運なことに死者は住民や兵士含めひとりも出ていません」
「そんなことはどうでもよいわ! 賊どもの素性はまだわからんのかえ!?」
サイドテーブルに載せられた果物をむしゃりと齧り、ワインで喉に流し込む。
「は。も、申し訳ございません……全力で捜査をしておりますが、なにぶん手がかりが少なく……察するに手練れの盗賊団かと……」
「ええい! もうよいわ!」
果物を手に取ると投げつけ、宰相の頭部に命中する。
「申し訳ございません……! なにとぞ、なにとぞお許しを……」
ぺこぺこといくら頭を下げてもそれで国王の腹の虫は治まらない。
「よくもわしの大事な魔鉱石とペットのライちゃんを……この狼藉、万死に値するわ!」
じゃが、何より許せんのは……
「陛下、勇者殿がお見えになりました!」
衛兵が来訪を告げる。
「やっと来おったか!」
依然として腹の虫が治まらない王の前へ勇者レックスと回復士のセシリーが姿を現す。
「大変みたいだね。王様」
昨日の騒ぎなどどこ吹く風のようにレックスがあっけらかんとして言う。
それがますます王の逆鱗に触れた。
「貴様! 昨夜騒ぎがあったというのに一体何をしておったのじゃ!?」
「いやー……ちょっと立て込んでたものでね。ね? セシリー」
ぽりぽりと頭を掻くレックスの隣でセシリーは顔を赤らめる。
「ぬぐぐ……! 魔鉱石の礼に泊めてやった恩を仇で返すとは……! 貴様なぞ勇者でもなんでもないわ! 貴様はただの穀潰しじゃ!」
びしっと勇者を指さす。
「……へぇ。そんなこと言っていいのかな?」
レックスは悪びれる様子もなく大胆不敵に口を歪めるだけだ。
「もうよい! 賊どもはわしの兵士たちに捜させる! そして捕らえた暁には打ち首じゃ!」
いきり立つ王の鼻先にいきなり剣先が突きつけられた。
「ひっ!」
息を飲み込む王にレックスがにこりと微笑む。
「ダメだよ。あいつらは僕の獲物なんだ。厳重な警備をかいくぐって魔鉱石を盗んだやつがどんな人物なのか気になるしね」
宰相や衛兵たちはうろたえるだけだ。勇者のお供であるセシリーもどうすればいいかわからずにおろおろするだけである。
だが、落ち着きを取り戻した国王はにやりと嗤う。
「ふん! 若造が知ったような口を! 勇者の貴様がわしを殺せるはずがなかろう! なにしろ勇者は苦しむ人々を救う救世主じゃからな!」
するとレックスは聖剣を鞘に納めた。それを見て国王がほくそ笑む。
「やはりな! 貴様はわしを殺せぬのじゃ! 若造がかっこつけおって!」
がはははと嘲笑う。だが次の瞬間、国王はいきなり炎に包まれた。
「ひぃぃいいいいッッ!! あッあっつううううういいいっっ!!」
レックスの放った炎の魔法によってガメッツイ・ブルジアは激しく燃え盛ったのちにどさりと倒れ、炭と化した。
「へ、陛下……!」
「貴様、よくも陛下を……!」
衛兵がすぐさま槍を勇者へと向ける。
「いいの? そんなことしちゃって。王さまの後を追いたいというのなら別に構わないけど?」
レックスの掌から火の球がめらめらと燃え盛ると、衛兵たちは思わず後ずさった。
宰相もひぃいと情けない声を上げながら兵士の後ろに隠れる。そのぶざまな姿に忠誠心のかけらは見当たらない。
その様子に勇者は満足したかのようににっこりと微笑む。
「さて、この国にはもう飽きたし行こっか? セシリー」
「は、はい……」
お供の回復士は錫杖を握りしめながら後を追う。ふたりが扉を出ようとした時、レックスが「あ」と声を上げる。
くるりと振り向いて宰相のほうを見たのでひっと悲鳴が。
「この国、貧富の差が激しいみたいだから貧しいひとに施しをやってよ」
ね?と釘をさされた臣下たちは全員同時にこくこくと頷く。
「んじゃまたね♡」
ひらひらと手を振りながら部屋を出るレックスの後ろでセシリーがぺこぺこと頭を下げながら出る。
◇◆◇
「あ、あの? レックス様? どうしてこちらに来たのですか?」
「んー? 国を出る前にちょっと気になったことがあってね」
ふたりがいるのは本命の魔鉱石が保管されていた塔だ。門番がふたりに気づくとただちに門を開ける。
部屋には中央に台座が設けられているが、当然ながら中は空っぽだ。
「この床、質量感知トラップだね。今は起動してないけど」
「これはなんでしょう……?」
セシリーが手にしたのはピストルに似たものだ。真壁が落としたグラップネルガンである。
「どれどれ? ふむ、ピストルみたいだね」
試しにとトリガーを引く。銃口からフックが飛び出し、壁に引っかかったのを見てレックスがひゅうっと口笛を。
「あはははっ! 面白いオモチャだね! なるほどこれを使って魔鉱石を盗んだわけだ」
ますます興味をそそられたよ!
「さて、ここはもう他に見るところがないから次に行こっか」
「は、はいっ」
◇◆◇
次にふたりが向かったのは市場だ。あちこち屋台や家屋が倒壊しており、住民たちは悲嘆に暮れている。
おまけに道路には王のペットであるライノサラスの足跡であちこちへこみが。
「……すさまじい有様ですね」
「そりゃ王さまがでかいモンスターで追いかけ回してたからね。ま、その時僕らはお楽しみの真っ最中だったわけだけど」
セシリーが昨夜のことを思い出してふたたび顔を赤らめる。
しばらく歩くと目の前の道路に巨大な窪みが出来ていた。レックスは屈んで仔細に調べる。
「ふむ……この窪み、モンスターの足跡じゃないな。火薬とか魔法で出来たものじゃないみたいだ」
「あ、あの」
そこへみすぼらしい身なりの老人が遠慮がちに声をかけてきた。
「わ、わしは見たんですじゃ……王様がでかいモンスターで馬車を追い回していたところを」
「へぇ?」
レックスが続けてと催促したので老人はさらに続ける。
「へぇ、いきなりのことでよく覚えてはおらんのですが、馬車から誰かが銃を撃ったんです。そしたら」
「で?」
「いきなりモンスターが前につんのめったかと思うと、王様の乗っていた御者台が逆さまになって地面に激突したんで!」
へぇえと勇者が興味津々と。それに老人が気をよくして一気にまくし立てた。
「そしたら青い光がでてきて、そのあとドカーンでさ!」
「それは興味深いねぇ」
話を聞き終えたレックスはポケットから金貨を取り出して老人に渡す。
老人は震えながら受け取り、何度も「ありがとうごぜぇます!」と感謝の言葉を。
レックスはくるりと向きを変え、ふたたび窪みのほうへ。
しゃがんで地面に触りながら調査を。
「この窪みは恐らく……いやきっと魔鉱石が爆発した跡だ」
「ど、どういうことでしょうか……?」
セシリーがおずおずと聞く。
「あくまで予想だけど、魔鉱石は衝撃を加えると爆発する性質があるんじゃないかな」
「そうなのですか!? 初耳です!」
「うん。僕も初耳だけど、そもそも魔鉱石ってかなりレアなものだからまだ解明されていないことが多いからね」
すっくと立ち上がって膝についた土ぼこりをぱんぱんとはたく。
すると後ろのほうでざわめきが。見ると宰相が馬車に乗っているのが見えた。
手頃なところで停め、衛兵に荷台の幌を外すよう命じる。衛兵が幌を外すとそこには金銀宝石が山と積まれていた。
あたりからどよめきが起こった。
宰相が御者台から降りてこほんと咳払い。
「皆のもの! 諸君が敬愛してやまない国王は亡くなられた!」
ふたたびどよめきが起こった。ただ、誰ひとり国王の崩御に悲しむ者はいなかった。
全員の興味は目の前の金銀財宝に注がれている。
「これらの財宝は貧しき者たちに分け与えよとの勇者様の御命令である!」
「おおっ!!」
我先にと財宝を手にしようと群がり始めたので宰相はひぃいと情けない声をあげた。
その尋常ならざる様子に勇者があははっと笑う。
「最後に面白いもの見れたね。セシリー」
ふと視線を感じたので、振り向く。そこにはみすぼらしい身なりの少女が立っていた。
ヴェルフェとテンに道案内をした少女である。
「大丈夫ですか? どうしましたか?」
セシリーが尋ねながらかがむ。
「バカだなぁセシリーは。金が欲しいんだよ」
レックスはポケットから金貨を取り出す。
「ほら金貨だよ」
にっこりと微笑むが、少女はその笑顔の裏に邪悪なものを感じ取ったかのようにその場を逃げ出した。
「? 変なやつ」
「きっといきなりでびっくりされたんですよ」
ま、いいかと金貨をしまうと歩きだす。
「レックスさま、次はどこへ行くのですか?」
「んー……特にこれといった目的地はないけど、とりあえずは宿屋を探そうか」
セシリーのほうを見てにやりと口を歪め、ぐいっと回復士の肩を掴む。
「あんっ」
「まだまだお楽しみがあるからね」
勇者と回復士のふたりはそのまま城門を出ていずこへと去った。




