40話 バイバイ! ブルジア王国危機一髪! 後編
盗賊団の三人を乗せた馬車はテンの指示のもと、市街地を駆け抜けてぬく。
迷路のように入り組んではいるが、事前に下見をしたおかげでスムーズに進むことができた。
「次の角を左だヨ!」
「承知した!」
手綱を引き、二頭の馬を巧みに動かしていく。
一方、荷台では三人が肩を上下させながらなんとか息を整える。
「こんなに走ったのひさしぶりだぜ……」
「あたしもだよ……まさか最後の最後でドジを踏むなんてね」
「みなさん! 追手がきてます!」
リリアの声で全員が後ろを振り向く。確かに二頭の馬が追いかけてきていた。
「止まれ! 止まらんか!」
「貴様ら逃がさんぞ!」
それぞれ馬に乗った兵士が怒号をあげながら馬に鞭をくれる。
いななきをあげながら二頭は次第に速度をあげ、距離を詰めていく。
「まずい! このままだと追いつかれるよ! 速度を上げられないのかい!?」
「やってはいるが、これが精一杯なんじゃ!」
その間にも二頭の馬はぐんぐん距離を詰めていった。
「やべぇ! 追いつかれるぞ!」
真壁がリボルバーを構えようとした時だ。兵士たちの頭上から一羽の黒鴉が滑空していく。
「どきぃや! 邪魔やで!」
黒鴉の身体がまばゆい光を放ち、その強烈な光に目が眩んだ馬はいななきをあげた後に前へつんのめった。
兵士たちと馬の悲鳴を背後で聞きながら黒鴉はそのまま荷台へと滑り込むように飛び、中に入ると同時に元の姿へと戻る。
「もう魔力が空っけつやで……」
ぐんなりとしながらも煙管を咥えるのをやめない。
「これで全員揃ったね。あとは出口まで」
言い終わらないうちに轟音が轟いた。
「今度はなんだ!?」
真壁はじめ全員が後ろを見る。横からヴェルフェたちの馬車より倍以上の大きさの馬車――いや、戦車が屋台や店舗を跳ね飛ばしながら追い詰める。
「見つけたぞぉおお!! このコソドロどもめがぁああああッッ」
頑丈な鉄板で囲われた御者台の中で国王が咆えるように怒号を。そして手綱をぴしゃりとくれる。
「ブゴォオオオオ!!!」
戦車を牽引しているサイに似たモンスターが唸り声をあげた。
「おいおい! なんなんだよ!? ありゃ!」
「ライノサラスというモンスターです! とても凶暴なモンスターなんです!」
「王様はあんなものをペットにしてたのかい!?」
甲冑で覆われたライノサラスは三本の角が生えた頭部を激しく上下に動かしたのちに丸太のように太い脚を地面がめり込むほど大地を蹴る。
その衝撃は馬車が激しく揺れるほどだ。
「うわわわわわっ!!」
「みんな何かにつかまりーや!」
シルヴィーの指示で三人が手ごろなところに掴まる。それでも衝撃は絶えず襲いかかってきた。
ヴェルフェはがたがたと揺れながらも手綱をしっかり掴み、テンの指示で馬を走らせていく。
道路を巧みに走らせるのとは対照的に戦車は辺り構わず破壊しながら進む。
「ひどい……! なんの罪もないひとたちをはね飛ばすなんて……!」
リリアが跳ね飛ばされた住民たちを見ながら。
住民たちは悲鳴をあげたり、止まるよう懇願するが、いずれも国王の耳には入らない。
「ええい! どきなさい! わしのライちゃんの邪魔をするでないわっ!」
ガメッツイ・ブルジアはふたたび手綱をぴしゃんと振るい、さらに加速させる。
「出口まではまだかかるのかい!?」
「あと五分ってところだヨ!」
「くっ! その前に馬車がバラバラになるのは間違いないよ!」
ティアが歯噛みしながら言う。
「麻酔弾で眠らせるしかない!」
真壁がリボルバーを構え、数メートル先のライノサラスに照準を合わせようとする。
だが、がたがたと揺れるのでなかなか照準が決まらない。
ダメ元で発射させるが、硬い甲冑で弾かれた。
「ダメだ! 鎧がジャマだ!」
戦車の御者台からあざけるような甲高い笑い声が。
「無駄じゃ! ライちゃんの甲冑は特注品じゃからな! さあライちゃん潰しておしまいなさい!」
飼い主の命令に呼応するかのように唸り声をあげ、強靭な三本の角を馬車のほうへ向けながら駆ける。
「クソッ! どうすりゃいい!?」
ふたたび発射するが、やはりこれも弾かれた。
「くっ! ウチに魔力があれば楽勝やのに……!」
「撒菱はあいつには効かないし、いったいどうすりゃいいんだい!?」
そこへリリアがあのと手を挙げる。
「あそこは狙えないのでしょうか? あれならむき出しになっています!」
リリアが指さしたのはライノサラスの目だ。確かに彼女の言うとおりそこだけは甲冑で覆われていない。
「そうか! ……とは言っても的が小さいぞ!」
照準を標的の目に合わせるが、的が小さいうえにがたがた揺れるなかでは難しい。
それでもなんとか照準におさめ、発射するが弾丸はあさっての方向へと逸れた。
「くそ! あと一発しかない!」
リボルバーを構えようとすると、後ろから身体を支える者が。
「大丈夫です! 落ち着いて狙ってください!」
「あんたならできると信じてるよ!」
リリアとティアが真壁の身体を支え、頷く。
「……おう! ヴィック、力を貸してくれ」
ヴィクトリアから借りたゴーグルを下ろし、レンズを回す。拡大モードになり、標的の的がはっきりと見えてきた。
片目を閉じ、神経を的に集中させ、深呼吸をひとつ。
「ゆっくり、引き絞るように……」
グリップを両手でしっかり握り、トリガーにかける指をゆっくりとだが、正確に絞るように引く。
サイレンサーを通して発射された弾丸はライノサラスの眼球に命中した。
「ブギャアアアア――――ッッ」
あまりの痛みに甲高い悲鳴があがる。
「や、やった……! 当たったぞ!」
真壁が思わずガッツポーズを取る。
「やったぜ!」
「すごいです! 真壁さん!」
生徒会一行から喝采の声が上がるなか、ガメッツイ・ブルジアは狼狽するばかりだ。
「ら、ライちゃん!? いったいどうしたというのかえ!?」
だが、麻酔が回ったライノサラスはそのまま前のめりに倒れる。
その衝撃は荷台にいる全員が宙に浮くくらいだ。その弾みで真壁の胸から魔鉱石が飛び出る。
「やべっ……!」
荷台から外へと転がり落ちた魔鉱石は、もんどり打ったライノサラスの前へと――
「あああああああ!!」
もんどり打ったことで逆さまとなった戦車で国王の悲鳴が響き、戦車の屋根が魔鉱石をそのまま押しつぶすかたちになった時――――
最初にまばゆい輝きの光があたりを包む。住民ふくめ生徒会一行の全員が目を閉じて手で遮る。
次の瞬間、轟音が辺りに響き、巨体のライノサラスや逆さまとなった戦車は吹き飛ばされ、木っ端みじんとなった。
「な、なにが起きたんじゃ!?」
「ま、魔鉱石が……爆発しました」
リリアをはじめ、荷台にいる全員が呆然と魔鉱石のあった場所を見つめる。
地面には大きな窪みがあり、周りの屋台や建造物は半壊または倒壊しており、爆発の威力と規模を物語っていた。
「そんな……! 今までの計画が水の泡じゃないか!」
「こら! ボーッとしとるヒマがあるんなら馬を走らせんかい!」
シルヴィーの声でヴェルフェが我に返り、すぐさま手綱をぴしゃんとくれる。
「ここまでくればもうすぐ出口だヨ!」
「よし! これなら脱出できそうじゃな……む!?」
五十メートルほど先に門が見えた。だが、門は固く閉じられており、その前に衛兵たちが槍を構えながら立つ。
「まずい……! これでは出られんぞ!」
「別のルート探してみるネ!」
テンが地図を確認しようとするところへシルヴィーが荷台から顔を出す。
そして門と衛兵を交互に見る。
「ヴェルフェ、あんたの魔法で門を吹き飛ばすんや!」
「しょ、正気か? 先生! わしの魔力では……!」
抗議しようとするヴェルフェの頭にぽんと手が置かれた。
「あんたの杖は以前よりパワーアップしとるんや。自分を信じぃ」
くしゃりと撫でる。
「そ、そうか! ノワール地方でわしの杖はレベルアップしたんじゃったな! よし!」
テンに手綱を渡し、懐から杖を取り出す。そして呪文を唱え始めた。
「来るぞ! 全員槍を構えよ!」
門の前に陣取る衛兵たちは迫りくる馬車に向けて槍を構える。馬車は止まる気配がまったくない。
「止まれ! 止まらんかぁああ!」
兵士長の怒号が響くなか、詠唱を終えたヴェルフェはかっと目を見開き、杖の先端から火の玉を出現させた。
「まだじゃ! まだこの魔力では足りん!」
魔力を込めると火の玉はさらに膨れ上がり、やがて大きな火球となる。
「命が惜しくばそこをどけよ!」
杖を門のほうへ振ると火球は杖から離れ、門めがけて一直線に飛び込む。
ただならぬ火の魔法に兵士たちが思わず門から離れるのと同時に、火球は轟音とともに門に大きな穴を開けた。
穴から一台の馬車が駆け抜け、依然として騒ぎの収まらないブルジア王国を後にした――――
◇◆◇
――三日後。
パンデモニウム女学園生徒会の副会長であるヴィクトリアは自室のベッドでぱちりと目を覚ます。
そして半身をむくりと起こし、ふわあっとあくびをひとつ。
すると扉が開かれ、そこから人造人間のクリスが入ってきた。湯気の立つスープを載せたトレーを手にしながら。
「オメザメニナリマシタカ ゴシュジンサマ」
「おはようクリス。って、またスープ?」
「ゴシュジンサマニハ エイヨウガヒツヨウデス」
「もうとっくに熱は下がってるんだからさ……」
創造主の愚痴などどこ吹く風とでも言うように、トレーをヴィクトリアの膝に置く。
「まぁせっかく持ってきてくれたから飲むけど」
スプーンでスープをすくい、中身を確認する。今回はネジや歯車などはなく、ちゃんとした具が入っていた。
ほっと一息つき、ふーふーして冷ましてからスープを口へと運ぶと、トマトベースの味が口内に広がっていく。
朝食を終えると、クリスが制服を持ってきてくれた。パジャマを脱ぎ、その上からシャツ、次にワイシャツを身に着け、スカートを履く。
ネクタイを締めるあいだ、クリスが髪に櫛を入れていつもの三つ編みを編む。
「ね、みんな無事だと思う?」
きゅっとネクタイを締めながら。
「ダイジョウブデス。ミナサンブジニ カエッテコラレマス」
「うん……ボクもいろいろサポート品つくったからね」
そう言う彼女はどこか上の空だ。最後に黒のブレザーに袖を通す。
「それじゃ行ってくるね」
「オマチクダサイ。コレヲワスレテマス」
クリスが手にしているのはいつも羽織っている白衣だ。
「うっかりしてた! 科学者としての身だしなみだもんね!」
白衣に袖を通し、鏡で確認してうんと頷く。
「じゃ行ってくるね!」
クリスが「イッテラッシャイマセ」と頭を下げると扉がぱたりと閉まる。
◇◆◇
廊下を歩きながら教室へ向かうヴィクトリアはやはり上の空だ。
すれ違う生徒から挨拶されても生返事である。
「おはよう。ヴィクトリアさん」
「あ、うん。おはよ。いいんちょ」
「いいんちょじゃなく委員長と呼びなさい! って、ちょっと聞いてますの!?」
学級委員長のスカーレットの怒声を背中で聞きながら歩き続ける。
ちらりと窓の外に目をやるが、相変わらず雷鳴轟く闇夜だ。ふぅっと溜息をひとつ。
「よぅヴィック」
聞き覚えのある声がしたので振り向く。そこには真壁が手を振りながら立っていた。
制服でなくあちこち傷だらけの黒装束だ。
「待たせてすまんのぅ。ヴィクトリア」
「ただいまです! ヴィクトリアさん!」
「やっと無事に帰ってこられたヨ」
「今回みたいな仕事はもうごめんだよ……」
ブルジア王国から命からがら逃げ出した盗賊団がヴィクトリアの前に会する。
「み、みんな……」
だっと走り出し、一目散に真壁のもとへと飛び込んで抱きつく。
「おわっ」
「ほんっとーに心配してたんだよ? でもみんな無事に戻ってよかった……」
ヴィクトリアが涙目で真壁を見上げる。
「おう……や、実はヴィックに謝んないといけないことがあってな。魔鉱石取れなかったうえにグラップネルガン落としちまったんだ」
すまんと頭を下げると、目の前でヴィクトリアがぶんぶんと首を振る。
「そんなのいいよっ!」
ぎゅっと抱きしめ、顔を真壁の胸にうずめた。
そのふたりを見て廊下のあちこちからひそひそ声が漏れる。
それに気づいたヴェルフェがこほんと咳払いを。
「の、のぅ。ふたりとも再会が嬉しいのはわかるが、ここでおおっぴらにされると生徒会の沽券に関わるでのぅ……」
「せやで。もーすぐ授業始まるさかい、さっさと教室行きーや」
シルヴィーがぷかりと紫煙を吐きながら。
「ええっ! せ、せめて着替えたいんだけど……」
「私も着替えたいです! さすがにこの格好では……」
シルヴィーが煙管をくるりと回して真壁とリリアの頭をコツンと叩く。
「てっ!」
「いたたっ!」
「はいはい文句はそこまでや。一分でも遅れたらこれよりキツーいの喰らわすで?」
全員がげっと顔を曇らせ、次の瞬間には全員が教室へと駆け出した。
慌てふためく一行の背中を見ながらシルヴィーはふふっと微笑んだのちに煙管を咥えた。
真壁たちは魔鉱石を手に入れることができなかった! 現在の魔鉱石32%。満タンになるまで、あと68%――。




