69話 ドライビングMissベティー
重厚な鉄扉がぎぎぎと軋み音を立てながらゆっくりと開く。半分ほど開いたところで陽の光が差しこみ、そこが列車の車庫だとわかった。
「俺の車庫だ。入んな」
レールが敷かれた車庫のなかをシムを先頭にして一行が後に続く。
奥へ進むほど陽の光が差し込まなくなり、あたりは薄闇となった。
「ちょっと待ってろ。えーと確かここらへんに……」
シムが壁を手当たり次第に触れる。やがて目当ての物が見つかったらしく、パチンと音がすると同時に天井のランプに光が点された。
「すごい! 設計図に描かれた列車だよね!?」
目の前に現れた蒸気機関車にヴィクトリアが目を輝かせる。機関車はランプの光を受けて鈍く光っていた。
「そうさ! ベティー号だ。俺の女房みたいなもんよ」
ごんごんと機関車の鉄板を叩く。真壁が機関車の横を歩くと、機関車は先頭の運転室、次に炭水車、その後ろに二両の客室が連結されていた。
「俺のいた世界の列車と変わらないな」
「おめぇのとこにも列車があるのか? 言っとくが、俺の女房は世界で一番だぞ」
がははと笑い、ズボンのポケットからスキットルを取り出して一息にあおる。そしてげふっと酒精を吐く。
「シリンダーは単式二気筒。ボイラーは過熱式。煙突は俺の自信作だ」
ぐびりと酒をあおりながら鉄板を撫でる。
「本当に機関車に乗せてくれるのですか? そうなら大変ありがたいのですが……」
シムがリリアのほうを見る。
「そりゃおめぇ、そっちにいる嬢ちゃんが機構の改善点を教えてくれたからな。嬢ちゃんのおかげでこいつを走らせることができれば言うことはないってわけよ」
ふーっと酒精を吐き、さらに続ける。
「じゃが、このままでは動かせねぇ。そこでおめぇらには仕事を頼みたい。機械好きの嬢ちゃんは俺と、そこのボウズは車輪の油差しだ。それと」
ちらりとクリスのほうを。
「おめぇ人間に見えるが、人間じゃないだろ」
「クリスはボクがつくったんだよっ」
「そうか! じゃ力は人一倍あるんだろ? なら炭鉱石と水を運んできてくれ」
「かしこまりました」
「それとそこの鎧を着たねーちゃんも力がありそうだ。こいつを手伝ってやってくれ」
ぽんとクリスの肩に手を置く。
「承知しました」
エリザが頷くと、よしとシムが頷き、残りの者に目をやった。
「おめぇらは列車の掃除だ。そこにバケツとモップがあるからピカピカにするんだぞ。有無は言わせん」
ふたたびスキットルを傾け、ヴィクトリアのほうへ向かう。
「さて嬢ちゃん、名前を何といったかな?」
「ヴィクトリアだよっ! シムじーちゃん!」
「よし、ヴィクトリア。さっさと機構の改良に取りかかるぞ! おめぇらもしっかり仕事しろよ!」
シムがポケットからゴーグルを取り出して装着すると、ヴィクトリアも同時にゴーグルを装着した。
「メンテナンス開始だよっ!」
◇◆◇
クリスが人造人間独自の膂力を活かして炭鉱石と大量の水を運び、エリザが運搬を手伝うなか、ヴィクトリアとシムは機関室の改修に取りかかる。
真壁は汗をぬぐいながら車輪の油差しを、それ以外の者は客室車輪内の掃除に取りかかっていた。
「――よーするにこの部分を最新型のネジに変えればうまくいくよっ」
「そうなのか? それだとここの部品と干渉するんじゃねぇか?」
「溶接して固定しちゃえばだいじょーぶだよ☆」
そう言うと機関車の下部分から青白い火花が飛び散る。反対側で真壁はひたすら車輪部分に油を差していく。
「キリがないなこりゃ……」
ふたたび額の汗をぬぐう。ちらりと客室の車両を見ると、ヴェルフェ、テン、リリアの三人が掃除しているのが見えた。
「あっちのほうが楽そうだな……」
ぽつりとこぼすとシムの怒声が響く。
「よけいなことくっちゃべってねぇで仕事しろ!」
一方、客室ではヴェルフェとテンが一両目の客室を、最後部の客室をリリアが手分けして掃除している。
「個室とは違って座席が多いから大変じゃな……」
「乗せてくれるだけでもありがたいから文句は言いっこなしだヨ」
窓拭きを担当するテンがモップがけするヴェルフェに言う。
「私たちみんなで使うものですからピカピカにしませんと!」
リリアがむんっとガッツポーズを。
「じゃな。手際よく終わらせて洞窟へ向かおうぞ!」
ヴェルフェがモップを持ち直して床を掃いていく。
その日、作業は深夜まで続いた。
◇◆◇
翌朝。
機関室から青白い火花が飛び散ったかと思うと、やがて止まった。
溶接を終えたヴィクトリアがバーナーを止めるとゴーグルを額に上げてふぅっとひと息つく。
「これでよし。終わったよ!」
「そうか! ありがとよヴィクトリア!」
ふたりが機関室から下りると、ヴェルフェたちがバケツやモップを手にして待っていた。
「わしらも清掃完了じゃ」
「こちらも炭鉱石と水の積み込み完了しました」
ヴェルフェの傍らでクリスが報告する。
「そうか! ご苦労だったな!」
「あれ? イタルはどこ?」
真壁の姿を探すと、反対側から出てきた。
「俺も終わったぜ……油差しはもうごめんだぜ」
油差しを終えた真壁の顔は煤で薄汚れていた。
「ボウズもよくやった。これで顔を拭きな」
「ぶっ!」
放り投げたタオルが真壁の顔にかかる。
「さて、これで準備完了だ。女房の処女運行といくぞ!」
ばんっと機関車の鉄板を叩く。
◇◆◇
車庫の扉ががらがらと開かれ、太陽の光が差すなか機関車――ベティー号はゆっくりとレールの上を走っていく。
「荷物の積み込みは終わってるな? 忘れても戻らんぞ!」
ゴーグルを装着したシムが運転室の客室へとつながる伝声管に向けて確認を。すると準備万端だと返事が返ってきた。
「よぉし。いいかヴィクトリア、この石炭炉にじゃんじゃか炭鉱石を入れるんだ」
「がってんだよ!」
同じくゴーグルを装着したヴィクトリアがスコップで炭鉱石を炉へとくべる。たちまち炉から炎が上がった。
煙突からもくもくと黒煙を上げながらベティー号はゆっくりと車庫を出、はじめて太陽の光に照らされる。
そしてそのままレールを滑るように進み、ターンテーブルの中心に停めた。
「おい! そこの整備士!」
シムが運転室から身を乗り出すようにする。
「はっはい!」
呼ばれた若い整備士はあたふたと列車へと向かう。
「何でしょうか?」
「ターンテーブルを回してくれ。行き先は採掘場駅だ。有無は言わせん」
「わかりました! ただその前にこちらの運行表にサインお願いします」
「サインだぁ?」
整備士が「規則なので……」と運行表を差し出すと、シムが引ったくるように取った。
そしてすぐに名前と列車名、行き先を記入する。
「近頃はめんどくせぇもんが増えてきたな。ほらよ」
「あ、ありがとうございます」
放り投げられた運行表を受け取り、ターンテーブルの方向転換レバーへと向かう。
時計の文字盤で例えると、五時から入った列車は十一時のレールへと移動し、そこから操車場の外へと出た。
「さあ全速前進でぶっ飛ばすぞ!」
シムがレバーを引くとボーッと汽笛が鳴り、がしゅんがしゅんと音を立てながら操車場を後にした。
後に残された整備士は列車が見えなくなるまで見送ったのちに操車場の詰所へと向かった。
「戻りましたー」
「おう、お疲れさん。ターンテーブルの音が聞こえたが、どの列車だ?」
「これです」
上司に運行表を渡す。
「どれ、あの偏屈じいさんの列車か……行き先は」
行き先を確認した途端、上司の顔が青ざめた。
「おい、まさか採掘場駅行きのレールを動かしたのか……?」
「え、ええ。そうですけど……」
「まいったな……」
上司が額に手をやる。
「あの、なにかまずいことでもあるんですか?」
「お前、なんで廃線になったのか知らないのか?」
「水晶竜の洞窟があるからとは聞きましたけど……」
「鉄道局からの通知を見てないのか」
上司がふるふると首を振りながら。
「もしかして盗賊が出るんですか?」
「盗賊ならまだいい」
机から立ち上がって窓のほうへ向かう。そしてカーテンを開けて遥か遠くの路線を見つめる。
「あそこにはそれよりタチの悪い奴らがいるんだ」
そう言うとカーテンを閉めた。




