65話 若きヴィクトリアの悩み
ヴィクターの書斎の奥――何もない壁の裏側で機械音がしたかと思うと、壁が上へと開いて昇降機から一行がぞろぞろと出てくる。
「まず経路を整理しよう」
ヴィクターはそう言うと机に向かい、設計図を傍らにどかして地図を広げてヴェルクハイムを指さす。
「ここがヴェルクハイム。さらに東へ行くと魔鉱石があると思しき洞窟がある」
全員が地図を見ながら頷く。
「ヴェルクハイムから洞窟へ向かうにはやはり鉄道が一番だ。しかし」
すすと線路を指でなぞる。
「洞窟までの直通列車はない。そこで」
指先がある場所を指し示す。そこは円形状の建造物が描かれていた。
「中央駅で乗り換えるのが現実的だ」
とんと中央駅を指で叩く。
「そこに行けば洞窟へ行けるのですね?」
リリアが洞窟を指さす。中央駅から洞窟までは線路が途中まであるようだ。
「理論上はね。問題は――」
「まだ運行している列車があるかどうかだね」
ヴィクトワールの言葉にヴィクターが腕を組みながらうむと頷く。
「ワタシの計算では中央駅から洞窟の近くまでは少なくとも100キロ以上あるヨ」
「……いずれにせよ、中央駅へ向かわねば洞窟には行けんのぅ」
ヴェルフェがううむと唸る。
「よし、ひとまず中央駅に行って洞窟の近くまで行ける列車があるかどうか探してみよう」
会長の言葉に一行が頷く。
「出発はあさってにしたほうがいいわよ。いろいろと準備があるからね。うちでご飯食べていきなさい。それとお風呂も沸かすからね!」
ヴィクトワールが母親らしい笑顔をにっこりと浮かべる。
「それじゃみんなの部屋を案内するねっ」
ヴィクトリアを先頭にして一行が部屋を出ようとしたとき、ヴィクターが呼び止めた。
「マカベくん」
「え、あはい」
ヴィクターが真壁の前へ歩み寄る。
「さっきから気になっていたのだが、それは何だね?」
指さしたのは腰のベルトだ
「あ、これガンベルトです。ピストルと弾丸が入れられるようになってるんです」
よく見えるように上着の前を開けてやった。ヴィクターがモノクルをはめ、ううむと唸りながら仔細に見つめる。
「そのピストルを見せてもらってもいいかね?」
どうぞとホルスターから抜いて渡す。受け取ったヴィクターはふたたびううむと唸りながら細部を見つめる。
「私の知るピストルとは違う形をしているな……銃の中心に弾丸を込めるとは画期的だな」
「でしょ! ボクがつくったんだよっ!」
「さすがはあたしたちの娘だね」
「ちなみにこれ、余った部品でつくったやつだよ☆」
ポケットから手のひらサイズのピストルを取り出す。
「なんと! これまた見たことのないピストルだな。しかし、これは2発しか撃てないようだね」
「うん……イタルが最初に描いたピストルの絵をつくってみようとしたけど、難しくて……」
ヴィクターがピストルからがばっと顔を上げる。
「ヴィクトリアでもつくるのが難しいとは……いったいそれはどんな銃なんだね!?」
ずずいっと興奮気味に顔を近づけてきたので真壁は思わずたじろいた。
「とりあえず描きますから……」
手頃な紙にヴィクトリアに見せたのと同じようにピストルの絵を描く。オートマチックと呼ばれる拳銃だ。
「こ、これがつくるのが難しいピストルだと……?」
「見たことのない形だね」
夫婦揃って絵を見つめる。
「そもそもこれはどこに弾丸を込めるんだね?」
「ここ、グリップって言うんですけど、この中にマガジンがあってそこに弾丸を込められるようになっているんです」
真壁が絵のグリップ部分を指さしながら。
「なんと! グリップの中に弾丸を!? いやはや画期的だな! きみのいた世界にますます興味をひかれたよ!」
紙を手にしてゆるゆると首を振る。
「このピストル、私がつくってみよう。明後日までには出来るはずだ」
「マジすか!?」
「うむ。だが、きみのでなく娘のためにつくりたいのだよ。2発しか撃てないピストルでは心許ないのでね」
「ホント!?」
ヴィクトリアがぱぁっと顔を明るくさせる。
「明後日の出発までには間に合わせてみせよう」
「イタルと同じようなピストル持てるなんて、なんか嬉しいな……」
えへへと笑う。
「それではヴィクトリアさんのガンベルトつくりますね!」
リリアがぱんと手を叩きながら。
ヴィクターがすぐに銃の製作に取りかかり、ヴィクトワールが食事の支度を始めたので一行はヴィクトリアの案内で部屋へと向かった。
◇◆◇
その日の夜――
フランケンシュタインの館の食堂ではテーブルにご馳走が並べられ、一行は発明家夫婦にこれまでの冒険譚に花を咲かせていた。
ルイーザの館での探索から始まり、ノワール地方での激闘、ブルジア王国での出来事や生徒会対抗祭まで話すと夫婦ともに目を丸くする。
「ほう! 『ばすけ』とやらで初めての勝利を掴んだのかね!」
「運動神経のないうちの子がねぇ……」
「そりゃイタルのコーチがよかったんだよっ」
ね?と真壁に同意を求める。その様子に母親がふむと顎に手を当てた。
「あんたたち、仲が良いみたいだね?」
「うん! イタルとは一緒にお風呂に入った仲だよっ!」
ヴィクトリアの発言に全員がぶっと飲み物を吹き出す。
「……あんたには機械いじりより先に教えることがいっぱいあるね」
ヴィクトワールがごほごほとむせる夫の背中をさすりながら。
◇◆◇
「良い湯じゃのぅ……」
「ええ、本当に良い湯加減ですね……」
真鍮製の湯船に浸かるヴェルフェの隣でリリアがほぅっとため息を漏らす。
「でしょ? かーちゃんの発明したボイラーでちょうど良い湯加減に調整できるんだよ☆」
ヴィクトリアが泡立てたシャンプーで赤毛を洗いながら言う。
「高温ガスで水道管を均等に温めることによって――」
「お風呂で講義は無粋だヨ」
「ぶっ!」
ヴィクトリアの傍らでテンが水鉄砲よろしくお湯を彼女の顔にかけて黙らせる。
食事を終えた一行の女性陣は浴室にてそれぞれ体を洗ったり、湯船で湯浴みを楽しんでいた。
そこへ体を洗い終えたエリザが頭からざばっと水を被る。水しぶきが隣に座るヴィクトリアにかかった。
「うわっ冷たっ! なにしてんの!?」
「これは失礼。水垢離をしていました」
「お湯でやってよ! そーゆーのは!」
ヴィクトリアの文句を背中で聞きながらちゃぷんと湯船へ。たちまちふぅっと吐息を漏らす。
「肩のコリがほぐれていくようですね……」
湯船の縁に頭を預けようとした時、ごろりと首が転がり落ちた。
「ほぐれすぎて首が取れるのも考えものじゃのぅ……」
わたわたと首を拾おうとするエリザを見ながらため息をつく。
そこへ洗い終えたヴィクトリアとテンが湯船に入ってきた。大人数が入れる湯船とはいえ、一気に五人も入ってはすし詰めだ。
「ぬぅ……これでは芋洗い状態じゃな」
「会長、私の膝の上にどうぞ」
リリアがヴェルフェの小さな体を抱きかかえ、自らの膝のうえに座らせてやる。
「これできつくありませんよ」
「う、うむ……」
サキュバスの豊かな胸の膨らみに頭を挟まれたヴェルフェの顔は不満げだ。
……これは拷問かの?
「みんなでお風呂入るのノワール地方の温泉以来だねっ」
「グレイハウンドやライカンを撃退したときのじゃな。あれも良い湯じゃったな」
「はいっ! またみんなで行きたいですね!」
「真壁殿が覗きを働かなければ文句はなかったのですが……」
「今回はクリスが見張ってるから大丈夫だヨ」
テンの言うとおり、浴室の扉の前ではクリスが見張り番よろしく立っていた。
「そろそろ上がったほうが良さそうじゃな。のぼせそうじゃ」
ヴェルフェが風呂から上がったので全員風呂から上がることにした。
◇◆◇
「やっぱり我が家の風呂が一番だねっ」
「良い湯加減だったようで何よりです」
パジャマに着替え、タオルで頭を拭きながら廊下を歩くヴィクトリアにクリスが頷く。
ふと話し声が聞こえたので立ち止まる。ヴィクターの書斎のドア越しからだ。
ゆっくりとドアを開けて覗き見る。ヴィクターと真壁が机に座りながら話していた。
「――この構造だと連射できるようになるな」
「ピストルのことはそこまで詳しくないすけど、撃ったあと弾丸が排莢できるようにしたほうがいいかもっす」
真壁の言葉にヴィクターがふーむと顎に手を当てる。どうやらヴィクトリアのためにつくる銃について話し合っているようだ。
元いた世界の知識を活かしながら提案する真壁の姿を見ていると、ヴィクトリアは胸が熱くなるのを感じた。
「なにをしているんだい?」
いきなり声をかけられ、すぐにドアを閉める。振り向くと母親が立っていた。
「なんだ、かーちゃんか」
「なんだとはご挨拶だね。今夜はもう遅いから寝なさい」
「うん……」
寝室へ向かおうとしてふと立ち止まる。
「あのさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
「ん? なんだい?」
「えっと……」
どう切り出そうか迷ったが、やがて意を決して先を続ける。
「ボク、なにか変なんだ」
「変? どこか体の調子が悪いのかい?」
母の問いに娘はんーんと首を横に振りながら。
「その、イタルのことを考えたり、見てたりするとここが熱くなるんだ……」
そう言うと自らの胸に手を当て、さらに続けた。
「それだけじゃなくて、イタルが他の子と話したり、鼻の下を伸ばしたりするとモヤモヤするんだ。やっぱりボクって変なのかな……?」
胸に当てた手をぎゅっと握りしめる。そんな年頃の娘の姿を見ながら、ヴィクトワールは「ははーん」と納得がいったように頷く。
「ヴィクトリア。それはね……」
娘が顔を上げる。
「なに?」
「教えようかと思ったけど、やーめた」
いたずらっぽく笑いながら。
「えっ、なんで!?」
「『わからないことはとことんまで自分で考えろ』といううちのモットーを忘れたのかい?」
「そ、それはわかってるけど……!」
ぽんとヴィクトリアの頭に手が置かれた。
「心配しなくてもあんたならわかるよ」
そのままごしごしと撫でられる。
「う、うん……」
「うん、それじゃおやすみ」
母が手を振りながら去ると、廊下にはヴィクトリアとクリスのふたりのみとなった。
「ヴィクトリア様、そろそろお休みになられたほうがよいかと」
「あ、うん……」
寝室へ向かおうとその場を去ろうとするが、立ちどまって振り向く。扉の向こうではまだふたりの声が聞こえてくる。
扉の向こうにいる真壁のことを考えると、ヴィクトリアはふたたび胸が熱くなるのを感じた。
そして踵を返してそのまま寝室へと向かう。胸が熱くなった原因を知らぬまま――――




