64話 フランケンシュタイン あるいは異世界のプロメテウス
ヴィクター・フランケンシュタイン十五世を先頭に一行は屋敷の廊下を歩く。
左右の壁には肖像画が掛けられており、いずれも年配の紳士が描かれていた。
「先祖代々の肖像画だよっ」
ヴィクトリアがときおり説明を挟みながら歩く。やがて両開きの扉の前まできた。
ヴィクターが扉を開けると、そこは書斎らしき部屋だ。使い古された机の上には数枚の設計図が乱雑に置かれ、書架には機械や科学関連の書籍が並ぶ。
「私の書斎だ」
ヴェルフェが天井を見上げるとそこには様々な模型が宙吊りになっていた。
一行があたりを見回すなか、真壁は机の横にある棚に目をやると、ある模型が目に止まった。手に取ってみると以前アスタリーナが乗ってきた飛空艇に似ている。
「その模型が気になるかね?」
「あ、はい……これって飛空艇ですよね?」
ヴィクターがうむと頷く。
「パンデモニウム女学園の分校が発明したと聞いたが、私としてはまだ納得がいっていなくてね」
机の前に立ち、設計図に手を触れる。
「私の夢は自在に空を飛べる機械を造ることなんだ。飛空艇はあくまでガスを用いて浮かべるもの。それは私の理想とする姿とは言えない」
「つまり飛行機をつくりたいってことっすか?」
「ほぅ、きみの世界では『ひこうき』と呼ぶのかね?」
「はい」
「よければ描いてみてくれないかね?」
ヴィクターから渡された紙に飛行機の絵を描いてみせる。上から見た旅客機の絵だ。
簡単に描いた絵ではあるが、ヴィクターの興味を引くには充分だった。
「な、なんだ? この形状は……」
「これで空を飛べるのかい!?」
「ボクにも見せて!」
ヴィクターの横で母娘が身を乗り出すように。
「ざっと見たところ、空力学に適ったフォルムのようだね」
「だけどこれは大人数を乗せるものみたいだよっ。人手も部品も足りないよ!」
「うむ……この形状では人ひとりを飛ばすには大きすぎるということだな。搭載する機関をどうするかだが……」
真壁の描いた飛行機のあちこちを指さしながら議論が繰り広げられる。そこへクリスが割って入った。
「皆さま、私たちには時間があまり残されておりません。フランケンシュタイン博士へのお目通りをお願いいたします」
人造人間の言葉で発明一家は我に返る。
「う、うむ。きみの言うとおりだ」
「ごめんよ。つい白熱してしまってね」
「とにかく先を急ごうよっ」
ふたたびヴィクターを先頭に書斎の奥を進む。数々の発明品、書架や製図台の間を抜けてやってきたのは何の飾りもない壁だ。
「何もないように見えるのじゃが……」
ヴェルフェの疑問をよそにヴィクターは傍らに置かれた年代物の地球儀に手を触れ、くるりと回転させる。
すると目の前の壁が上へと開き、小部屋が現れた。壁に掛けられたランプで照らされたその部屋は天井が低く、床が円形になっている。さらに周囲には真鍮製の手すりで囲われていた。
「さあ入りたまえ」
ヴィクター含め、ヴィクトワールとヴィクトリアが後に続く。
残された一行は互いに顔を見合わせるが、ひとまず入ることにした。
全員入ったことを確認したヴィクターは部屋の中央にある柱に取り付けられたレバーを引く。
がこんと音がしたかと思うと入口の扉が閉まり、部屋はゆっくりと下降していった。
「私の自慢の発明のひとつ、昇降機だよ」
一行が驚くなか、ヴィクターが自慢げに言う。
「すごいな! エレベーターがあるなんて!」
上を見上げるとだんだんと天井が遠ざかっていき、昇降機は地下深くへと降りていく。
やがて最下層に着いたのか、がこんと音を立てて止まった。
「さあこっちだ」
ヴィクターが昇降機から出て通路を歩く。通路は壁に掛けられた電気仕掛けのランプで青く照らされてはいるが、薄暗いままだ。
コツコツと足音を響かせながら進むと、ヴィクターがぴたりと止まったので一行が慌てて止まる。
目の前には重厚な扉が。その扉の中央にあるものを認めたとき、リリアが思わず「ひっ!」と声を上げた。
扉の中央には人――引き締まった肉体をした裸の、つるりとした頭部の男性が扉にはめ込まれているように立っていた。
「これは……レリーフでしょうか?」
エリザの問いにヴィクターがうむと頷く。
「初代フランケンシュタイン博士の研究の礎は生命の神秘。このレリーフはその象徴だよ」
そう言うと上着の内ポケットから何かを取り出す。手のひらにおさまる大きさのそれは眼球――正確には義眼だった。
ヴィクターの傍らに立つヴィクトワールも同様のものを取り出す。そしてふたり同時に義眼をレリーフの男性のくぼんだ眼窩にはめ込む。
すると命を吹き込まれたかのように扉全体がわずかに震動を。次にレリーフが左右に割れ、ゆっくりと扉が手前に開かれた。
扉の奥は部屋のようだが、真っ暗で見えない。
ヴィクターが部屋に足を踏み入れ、壁に設置されたレバーを引くと火花が散る音がしたかと思うと壁や天井に取り付けられたランプの電球がパチパチと音を立てて淡く燈された。
「ここは……研究室かのぅ?」
ヴェルフェの言うとおり、そこは科学関連の書籍が並んだ書架に、机にはさまざまな実験器具が並ぶ。
壁一面には書きなぐったように複雑な数式で埋め尽くされていた。
「こんなの見たことのない数式だヨ」
「ここは初代フランケンシュタイン博士の研究室なのでしょうか?」
「そう! 大じいちゃんの部屋だよっ」
リリアの問いにヴィクトリアが自慢げに胸をそらしながら。
「で、その大じーちゃんとやらはどこにいるんだ?」
真壁が実験器具を見回しながら言う。その時だ。くぐもった声が聞こえたのは。
「わしを呼んだかね?」
老人の声がしたので一行はあたりを見回すが、姿は見当たらない。
姿の見えない博士を探しているとふたたび声がした。
「わしはここじゃよ」
上から声がしたので全員が見上げる。天井に開いた円状の穴から顔――いや、巨大な頭部がゆっくりと降りてきた。
頭部の後ろからはチューブやパイプが伸びている。
「『燭台下暗し』とは言うが、この場合は『頭部の上暗し』かな? わしがヴィクター・フランケンシュタインじゃ」
ほっほっほと金属製の口から笑いが漏れる。初代フランケンシュタインの顔は頭髪、眉毛、髭がブリキで再現されており、目玉はガラス玉になっていて、右目にはモノクルがはめ込まれていた。
顔の下半分は細かいパーツで構成されており、そのため細かな表情を作り出すことができた。
「だいじーちゃん! ひさしぶりだねっ」
ヴィクトリアが嬉々として博士の下まで来る。孫娘の姿を認めるとたちまち破顔した。
「ヴィクトリア! ひさしぶりじゃな! 2年と18時間27分32秒以来かな? 見ない顔の客人もいるようだね」
巨大な頭部をぐるりと回して来訪客を見下ろす。するとクリスが前に進み出る。
「初めてお目にかかります。ヴィクトリア様の手によって生み出された、人造人間のクリスと申します。創造主のご先祖様にお会いでき、光栄です」
スカートの裾をつまみながら典雅な仕草で礼を。
「ほぅ! きみも人造人間なのかね? わしが造った人造人間とは違って美しい見た目じゃ。して、今日来たのはどんなご用件かな?」
「お祖父様、この方たちはパンデモニウム女学園からやってきました。実はお祖父様に魔鉱石のことについてお聞きしたく――」
ヴィクターが事の経緯を話す。話の最後までくると老フランケンシュタインはみるみるうちに表情を強張らせた。
「なんと! 転移装置を完成させたうえに異世界から少年を喚び出したというのかね!?」
「うん! だけどそのかわり魔鉱石があちこちに飛んでいっちゃったんだ」
孫娘の言葉にフランケンシュタインは真壁を見ながらううむと唸る。
「……自ら造りだした人造人間から逃れるために転移装置でこの世界に飛ばされたが、元の世界に戻るためにかき集めてきた魔鉱石が飛散してしまうとはのぅ……」
「ごめん……まさか魔鉱石が飛ぶなんて計算外だったんだよ……」
「いやいや、わしは怒っとらんよ。科学は予期せぬ出来事の連続だからね。お前が無事で嬉しいよ。いやはや長生きはするものじゃな。自らの肉体を機械化させた甲斐があったわ」
しゅんとなるヴィクトリアをなだめるように。
「それで博士、わしたちは新たな魔鉱石を探しておりますのじゃ。新たに見つける方法をご存知でしたらぜひ教えていただきたいのじゃ」
ヴェルフェが見上げながら問う。彼女の頭上でフランケンシュタインはふたたびううむと唸る。
「君たちも知ってのとおり、魔鉱石自体は貴重な存在だからね。それを新たに発見するとなると途方もない時間がかかるのじゃ。現に、わしだけでは満タンの魔鉱石を集めることが出来なかったのだからね」
「やはり……」
ヴェルフェががくりとうなだれる。
「じゃが、もしかしたらあの場所なら採れるかもしれん」
ヴェルフェががばっと博士を見上げた。
「ま、真ですか!?」
巨大な頭部がうんと頷く。そしてヴィクターのほうを向いて地図を持ってこさせるように指示を。
「さっきも言ったように魔鉱石はわしたちが時間をかけて代々集めてきたものじゃ。じゃが……」
先を続けようかどうか迷っている様子だ。そこへヴィクトリアが促す。
「なに? どーしたの?」
「うむ……実はな、わしたちが魔鉱石を探しているあいだ、どうしても踏み入ることができない場所があったのじゃ」
「そ、それはどこなんだ!?」
真壁が問うと、ヴィクターが古ぼけた紙を机に置き、広げた。地図だ。
フランケンシュタインが頭部を地図に近づける。
「左側を見てごらん。ヴェルクハイムが見えるじゃろ?」
確かに地図上に描かれた街の上に『ヴェルクハイム』とある。
「そこからさらに東へ行くと洞窟がある」
全員が地図を見る。やはり洞窟の絵が描かれていた。全員がその洞窟の名前に目をやったとき、がばっと博士を見上げた。
博士がこくりと頷く。
『水晶竜の洞窟』
「その名前のとおり、洞窟にはドラゴンがいて魔鉱石を護っているのじゃ」
「ドラゴンですか……相手にとって不足はありませんね」
エリザが腰に差した剣の柄に手を当てて言うが、わずかに震えていた。
「さて、わしは疲れたから休ませてもらうとするよ」
フランケンシュタインの頭部がパイプによってゆっくりと引き上げられていく。
「元の世界に戻れることを祈っておるよ」
そう言うと穴の奥へと消えた。あとに残されたのは静寂だ。
「ドラゴン……」
真壁が誰にともなくぽつりとこぼす。
RPGでお馴染みのモンスターだが、ドラゴンは上級モンスターなうえに無類の強さを誇ると言っていい。
そんな強敵と対峙せねばならないのかと思うと、思わず拳をぎゅっと握りしめた。
――――同時刻。
洞窟の奥深くにある水晶竜の棲み処には大小さまざまな魔鉱石が岩壁から突き出しており、淡い青色の光を放っていた。
そして、その魔鉱石を守護らんとするかのようにドラゴンが立ち塞がる。
肉体を水晶で覆われたドラゴンは洞窟全体に響き渡る咆哮をあげたのちに焔を吐き出した――。




