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巡る春と永遠の約束 〜転生〜

どうやら、五年前に滅びたはずのロエルの残党のようだと、一瞬で僕は判断した。

僕とて、嫌になる程彼らを見てきたのだから、見紛うはずがない。

何故、今頃になって、という疑問は当然脳裏を過ぎる。

しかし、今はそんな場合ではないと、頭を懸命に動かした。

さて、今から助けを呼びに行くべきだろうか。

いや、それでは絶対に間に合わない。

僕が飛び込む?

でも、僕はこの未熟な剣でレディを守りきれるだろうか。


「あなたたち。わたくしが誰だか、わかっていての愚行かしら」


どうやら、レディは勇ましくも時間稼ぎを始めたようだった。

だが、男たちはそれに応じるつもりはないようで、ギラついた目でレディの様子を伺っている。

おそらく、レディの手の中にある護身用のナイフと、炎の魔力を警戒してのことだろう。

本来のレディの武器ではないが、レディが戦えることは有名だ。

とはいえ、相手は戦闘に特化したスペードの連中だと思われる奴らが五名。

どう頑張ったって、レディでは勝てない。

僕は強く歯を食いしばった。

ああ、ならやることは決まっているじゃないか。


「やれ」


男のうちの一人が命令を下したとたん、他の男たちが動き出した。

同時に僕も床を全力で蹴って、扉を突き破り、レディと男たちの間へと立ちふさがる。

襲いくるのは無数の刃。

僕はそれらを意識を集中させることで、どうにか見極めようとした。

右、左、もう一度右、上から、左。

僕はかつての感覚を思い出しながら、それら全てを打ち払う。

耳障りな金属音に己の剣術が完全ではないことを知りながらも、どうにか防ぎきった。

そして、男たちは突如として、乱入してきた僕に警戒したように、一度攻撃の手を止め、距離をとった。

背後にいるレディも今の攻防に驚いたように息を飲んでいる。

僕が油断なく男たちを見据えていると、ようやく今までだんまりを貫いていた男の一人が、口を開いた。


「貴様はっ……」

「黙れ。賊の言葉に価値などない」


しかし、僕はそれを咄嗟に遮る。

レディに余計な情報を与えたくなかったからだ。

現状、狙われるのはロエルを抜け出した僕であるはずで、レディに罪はない。

レディはただ、ロエルに因縁のある「彼女」に守られていただけなのだから。

この後に起こるだろう惨劇もその美しいオレンジ色の瞳には到底似合わない。


「目を閉じていて下さい。すぐに終わらせますから」


僕は振り向かないままに、そう呼びかけた。

そして、手に握っていた剣をその場に投げ捨てると、さっきの攻防の間にさり気なくレディの手から奪い取ったナイフを構える。

ああ、やはりこれが一番しっくりくる。

あの夜に失ってしまった二本のタガーほどではないが、それは手によく馴染んだ。

意識もより鮮明になり、感覚が研ぎ澄まされる。

背後できちんとレディが目を閉じたのを確認して、僕は彼らに一言投げかけた。


「覚悟しろ」


次の瞬間、僕のナイフと彼らの武器が交差した。

そして、ナイフが彼らの喉を切り裂き、全ての命を絶やすのは、わずかその数秒後のことであった。

詳細はあまりにも綺麗な光景とは言えないので、伏せておくが。

彼らを庭の隅にまとめて置くと、その上に騎士に支給されているマントをかぶせる。

血もなるべく飛ばさないようにしていたので、芝生に少し付着している程度で、注意深く見なければわからない。

ただ、僕の手は返り血で真っ赤に染まっていた。

この気持ち悪い感覚も随分と久しい。

これではレディのお目汚しとなってしまうだろう。

僕は未だに目を閉じているレディを横目に考えた。

まだ残党もいるかもしれないし、これから騎士団に報告も行わなくてはいけない。

それなら、レディをそこら辺の人に預けて、アックス様を護衛に呼んでも良いだろう。

それまでは城の人間だって、ある程度の訓練は積んでいるので、護衛できる。

それに、レディも城の中の狭い空間でなら、自身の身も守れるはずだ。


と、そこまで考えて、僕は首を振った。

いや、わかっている。

この場で最善なのは、僕自身がレディを安全な場所に送り届けることだ。

助けを呼ぶことや、報告こそ、人に頼んでやらせることだろう。

幾ら今の自分の姿を見られたくなかったとしても、レディの身の安全が最優先なのだから。


「申し訳ありません、もう少し目を閉じたままでいて下さいますか。今、安全な所へお連れしますので」


僕は意を決すると、レディにそう声をかけた。

今のところ、周囲に怪しい人の気配はない。

なら、今のうちに移動すべきだ。

だというのに、次の瞬間、僕は動けなくなっていた。

違う、正確にはその小さな力など、幾らでも払えたはずなのに、それが出来なくなっていたのだ。

レディがいつのまにか、目を開いていた。

オレンジ色の瞳に僕を捉え、白い綺麗な手で、血に塗れた僕の手を包み込んでいたのだ。

僕は流れ込んできた暖かさに、どうしようもなくなって、立ち尽くす。

レディはそんな僕に確信したかのように、桜色の唇を小さく開いた。


「私、知っているわ。この手のこと」


どきり、と心臓が大きく跳ね上がった。

動揺など見せてはいけないと、理性が叫んでいるのに、肩が震えてしまう。

レディのオレンジ色の瞳に囚われてしまうと、もうダメだった。

僕はその場から立ち去ろうと、背を向ける。

それが唯一出来る、最後の抵抗だったから。


「ねえ、待って」


なのに、レディは僕の手を離さない。

どれだけ自分の手が赤く染まろうと、必死に縋り付く。

まるで、僕からは振り払えないことを知っているかのように。

僕は震える声で、でも出来るだけ冷たく、頼み込んだ。


「その手を、どうか離してください」

「いいえ。離さないわ。嫌なのよ、もう。あなたが私の前から消えてしまうなんて」


どうして、レディはわかってしまうのだろう。

僕はもう「彼女」ではないというのに。

髪の長さも、声も、性別だって。

あの頃とは何もかもが違うのに、だ。

レディは僕が「彼女」なのだと、確信していた。


「ねえ、もう置いていかないで。私を悲しませないで。リオ、お願いよ」


ああ、駄目だ。

その名前で呼ばれてしまったら。

また「彼女」に戻ってしまいたくなる。

でも、僕は僕で生きると決めたのだ。

もう「彼女」に戻る事だけはできない。

僕はようやく、そこでレディの手を振り払うことが出来た。

そして、告げる。


「僕はリオではありません。僕の名前は、リオン・ナイト。あなたの侍女ではない」


その声は自分でも驚く程、冷え冷えとしていた。

スッと表情が死に、心が真っ黒に染まる。

ずっと、殺してきた想いが爆発してしまいそうだった。

もう、自分でもどうにもならなかった。


「リオン・ナイト。それがあなたの名前……」

「ええ。元殺し屋の卑しい男です。そして、あなたを慕っている。もう十五年もずっと」


初めから、リオという侍女なんて存在しない。

そこにいたのは、一人の少女に恋慕を抱く、殺し屋の男だったのだ。

僕はずっと演じていただけ。

レディ……否、お嬢様が必要としていた侍女の姿を。

彼女が抱え込んでいた傷が癒える、その時まで。

でも、僕は同時に知っていたのだ。

僕なんかが彼女を奪っても、決して幸せに出来ないことを。

だって、貴族であった彼女が全てを失ってまで、殺し屋だった男といて、いい訳がない。

だから、僕は侍女であった自分を殺した。

そして、そのまま姿を消してしまうつもりでいた。

何の間違いか、クソ魔導師が僕を僕として直してしまうまでは。

いや、第三回魔導人形開発実験で直った後でさえ、お嬢様の永遠の騎士になる気なんて無かった。

だから、アックス様から受け取った、お嬢様の永遠の騎士になれ、という指令が書かれた手紙も破り捨てる気でいたのだ。

こうして、お嬢様が僕の正体に気づかなかったのなら、僕はただの騎士として生きて行くつもりだった。


「お嬢様、あなたは僕を軽蔑したでしょう? まさか、全面的に信じていた侍女が汚い男だったなんて。悍ましいと、気持ち悪いと、そう思ったでしょう」


僕は自嘲するように笑った。

全て吐き出してしまった今では、お嬢様の目に侮蔑が浮かぶことさえ望んでいた。

どうか、もう期待を持たせないでくれ。

これ以上は優しくしないでくれ。

でなくては、僕は永遠に諦められなくなってしまいそうだから。


しかし、お嬢様は僕の想像を遥かに上回る答えを返した。


「いいえ。今更よ。だって、あなたが男だってこと、知っていたもの」


僕の思考はそこで停止した。

今、この方は何と言ったのだろうか。

僕が男だと、知っていたと言わなかったか。

僕はこれでも女装に全力を傾けていた。

体つきはいつもエプロンドレスに色々仕込んで変えていたし、声も魔力で変えていた。

現に、疑われることは一度たりとてなかったし、アックス様だって、僕が倒れるまでは確信を得られなかったと言っていたのだ。

なのに、お嬢様は知っていたと、そう言うのだ。


「まさか、嘘でしょう?」

「果たして、そうかしら。私は言ったはずよ。五年前の別れ際に。十年前の夜……今から数えれば十五年前だけど、ウェンデブルで私を助けてくれた少年のことを教えてと。あなたがその少年だとわかっていなければ、そんなことは言わないわ」


ああ、そんなことも確かにあった。

どうして、こんな大切なことを忘れているのだろう。

あの言葉が、お嬢様が僕につける鎖の役目を担っているという認識が大きかったせいだろうか。

でも、引っかかる。

ロエルの襲ってくる前に呟いていた言葉が。


「でも、あなたは僕の作った黒薔薇のドレスを見つけて、ショックだと、そう言った」


なのに何故、ここまで嬉々としているのだろう。

お嬢様にとって大切だったのは、侍女たる私であって、僕ではなかったのではないか。

だから、永遠の騎士を断る意思を明確にしたのだ。

しかし、それを聞いたお嬢様はキョトンとしていた。


「さっきのを立ち聞きしていたのね。でも、あなたの思うニュアンスとは違うわ」

「では?」

「八年間もあなたが黙ってたことに腹が立った、って意味よ」


お嬢様はそう言って、軽く頰を膨らませた。

それは二十を超えている女性とは思えないくらいに可愛らしい仕草だったが、言ってることが相当なために、理解が追いつかない。

お嬢様は自分の言っていることの凄さを理解しているのだろうか。

そこに、更なる追撃を仕掛けてきた。


「私はね、あなたが絶対に帰ってきてくれるものと信じていたのよ」


今度は胸がずきりと痛んだ。

なんだか、今日は胸が痛んだり、跳ね上がったり、止まりそうになったりと、随分と忙しい日だ。

でも、こればかりは本当に申し訳ないと思っている。

お嬢様は僕を本当に大切にしてくれていたし、心配してくれていた。

それなのに、僕の訃報を聞いたとなれば、さぞかしショックだっただろう。


「でも、あなたは帰ってこなかった。だから、今こうして、また話せているなんて、本当に夢みたいなの」


お嬢様は目に涙を浮かべていた。

そして、そっと手を僕の頰に伸ばしてくる。

それは、僕の存在を確かめているようであり、その手つきは壊れやすいものに触れるているかのように優しかった。


「リオ……いいえ、リオン。あなたは、今ここで生きているのね」

「はい、お嬢様。僕はここに」


僕はお嬢様の手に、自身の手を重ねた。

やはり、五年経ってもお嬢様の手はとても暖かい。

互いに血で汚れてしまっているけれど、それでも構わなかった。

だって、これが僕の本当の姿だ。

お嬢様はずっと裏切り続けていた僕のことをそれでも、大切に思ってくださる。

その事実だけで、十分だった。


「ねぇ、リオン。もう、いなくならないわよね」

「いいえ。それは出来かねます」

「……どうして」


お嬢様の言葉は衝動的に飛びついてしまいそうなほど、嬉しかった。

でも、やっぱりそれは出来ないのだ。

僕が僕である以上、どうしても。


「言ったでしょう。僕はあなたを愛してしまった。だから、一緒にいれば、僕はどうしてもあなたに同じものを求めてしまう。それが、辛いのです」


お嬢様はもう、お嬢様ではない。

この国の王太子妃で、国母となるお方だ。

もう、誰かのものとなってしまったのだ。

僕の想いは黒薔薇そのもので、そんな彼女などもう見ていられない。

今だって、本来この手に触れる権利などないことが、死んでしまいたくなるほどに辛い。

僕の想いはあまりにも重すぎる自覚がある。

だからこそ、これ以上共にいて、迷惑をかけたくなかった。

僕はその想いを初めて、本人に吐露した。

ずっと秘めていたせいか、ちゃんとした言葉になっていたかは怪しい。

けれど、僕の素直な想いはなんとか伝えられたと思う。

お嬢様は黙ってそれを聞いてくださったが、最後にはこう言った。


「そうね。私は我儘を言ったわ」


そう言われることはわかっていた。いや、むしろ望んでさえいただろう。

なのに、僕はお嬢様の言葉に傷ついていた。

全くもって、それは自分勝手な感情だとわかっている。

理解を求めておきながら、それを拒絶してしまいたくなるなど。

でも、言葉にされると、それは急に現実味を帯びて、胸に突き刺さった。

ああ、痛い。死んでしまいそうなほどに痛い。

僕は顔をあげられなくなった。


「私はずっと、あなたがくれた幸せを享受して、生きてきた。ルクスとの婚約だってそう。私はあなたに守られて生きてきたわ。私は今も、昔も本当に我儘だった」

「いいえ。僕が望んだことです。僕があなたにもらったモノを返したいと思ったから、そうしたまでです。むしろ、我儘なのは」


我儘なのは、僕だ。

僕があまりにも強欲だったのだ。

たかだか、人間ではない人形の分際で。

対等な身分でなく、卑しい人殺しの分際で。

こんな高貴で、美しい彼女を欲しいと思ってしまった。

幸せにしたいなどと自分勝手な免罪符を掲げて、側に居たいと願ってしまった。

僕はそんな自分がずっと嫌だった。

ますます俯いてしまう僕に、お嬢様は僕の頬を両手で挟んだ。

そして、無理やり顔を上げさせる。

そこに居たお嬢様は、あまりに悲しそうな顔をしていて。

僕はそれ以上の言葉に詰まった。


「そんなこと、言わないで。あなたが我儘だと言うのなら、私はどれほど自分勝手なのかしら。だって、私は悪い女……いいえ、悪役令嬢そのものなのよ」

「……そんなこと」

「あるわ。何しろ、私はこうして、あなたが苦しいと告白してきたのに、まだあなたに永遠の騎士になって欲しいと思っている。心の騎士になってくれたあの日の誓いのことを、私はまだ忘れられないのよ」


お嬢様はオレンジ色の瞳に涙を浮かべ、自嘲するように笑った。

それに対して、僕は必死に首を横に振る。

あの誓いはシャイン様を裏切る、僕たちの罪だ。

決して、忘れられないのはお嬢様だけじゃない。

僕も共犯者である以上、お嬢様と同じだけの罪を今も背負っている。


「ねぇ。あなたはちゃんと約束を果たしてくれたわ。十五年前のあの夜、助けてくれたのはあなただって、ちゃんと証明してくれた。そうよね? あなたは私を十五年間愛していたと言ったもの」

「はい、お嬢様」

「なら、私からかけた鎖は今、解かれたわ。あなたは自由よ、リオン・ナイト。今度こそ、本当にさよならね」


これで、終わり。

一度目のさよならは偽りだらけだったけれど、二度目の今の僕は本物の僕なのだ。

僕は今日、十五年間の初恋を終えた。

それは残念ながら、実らぬ形で。

でも、これが正しくて、一番ふさわしい、僕たちの終わり方だった。

僕は手を汚して生きてきたけれど、それでも幸せをこんなにも長く感じられていたのは、奇跡と言う他ないだろう。

これで十分。むしろ、これ以上も、これまですらも不相応だ。

だから、僕は笑った。

周りにどれだけ、不毛だと言われようが、これが僕なりの幸せの形。

やっぱり、胸は相変わらず痛むけれど。

心はまだ、お嬢様を愛していると叫ぶけれど。

これが、僕にとってのハッピーエンドだった。


「リオン。でも、最後に一つだけ。私の最後の我儘を聞いてもらっても良いかしら」

「お嬢様の我儘には慣れてます。構いませんよ」

「なら、私に心の騎士として、もう一度誓いを頂戴。それも、侍女リオではなく、騎士リオン・ナイトとして」


僕はお嬢様の最後の我儘に思わず目を見開いた。

しかし、少し考えてから、最終的には頷き返した。

何しろ、僕の人生の全ては今まで、お嬢様だけだったのだ。

それを失ってしまった今、僕は何をすれば良いのかわからない。

生きる意味でさえ、正直見出せずにいる。

とはいえ、死んで、自ら手をかけた者たちに対して詫びようという気もさらさらない。

神など信じてはいないが、どういう巡り合わせか、僕は生き返ってしまった。

だとしたら、そこには何かしらの意味があるはずだ。

自分の罪の償い方なり、騎士としての生き方なり、考えるにしても、僕には少しの間、縋るものが欲しかった。

心の中とはいえ、一度は永遠を誓ってしまったのだから、曖昧なままでは前にも進めない。

なら、これがきっと最後のけじめだ。


「いいでしょう。もちろん、今までのように僕だけをと乞うことはとても出来ませんが」

「それは、当然よ。ありがとう」


お嬢様は側に落ちていた、剣を手に取った。

未だ、使いこなすことの出来ていないそれは、よく見ると少々刃こぼれしていた。

これから付き合っていかなくてはならない、僕の相棒。

持ち主と似た者同士のそれを通じて、僕とお嬢様の心は通じ合った。

僕は頭を垂れ、お嬢様はそんな僕を見下ろす。

そして、凛と響く涼やかな声で言い放った。


「誓いを」


僕は大きく息を吸い込んだ。

その瞬間、いつかのように、自然と誓いの言葉は形となった。

これは永遠を共にする約束であると同時に、永遠の別れの言葉でもある。

僕はそのことを痛感しながらも、春風に乗せるように言葉を紡いだ。


「僕はあなたに光を見ました。

 今を生きようとするあなたの凛々しい横顔に。

 未来の王妃たる堂々としたその姿に。

 そして、いつまでも変わらぬ暖かな手に。

 あなたは僕のことを本当に大切にしてくれたから。

 僕が死んだ時は涙を流し、それでも懸命に前を向いて、生きようとしたのでしょう。

 なのに、僕の我儘で、きっとまた、あなたを悲しませてしまったことでしょう。

 あなたがどんな気持ちで僕という存在を受け止めたのか、今ではもうわかりませぬ。

 これから先も、また然り。

 到底、僕とあなたがもう元の関係に戻ることは出来ないのでしょう。

 あなたはもう、この国の王太子妃で、たくさんの人に愛されるべき人なのだから。

 でも、僕は今ここでこれだけはあなたに誓うことができます。

 例え、側にいられなくとも、あなたのことは忘れないと。

 侍女から、騎士となり、あなたに手が届かなくなっても、わが心はあなたのものなのだから。

 これは間違いなく、僕とあなたの我儘なのでしょう。

 僕もあなたも互いを忘れることなど、出来ないから。

 でも、僕たちはもう共にいても、幸せにはなれない。

 だからこそ、僕はあなたの思い出の片隅に僕の存在を置いて欲しいと、切に望んでしまうのです。

 ですから、どうか。

 どうかこの手を離してください。

 あなたとの日々を思い出とするために。

 そして、あなたのことは永久にお慕い申し上げております。




 たとえ、あなたの心が僕の手元になかったとしても」


本当に情けない誓いだった。

これだったならば、侍女の時の誓いの方がよっぽど綺麗だったに違いない。

僕はレディの顔をおもむろに見上げた。

レディは今度こそ、泣いてなどいなかった。

ばか、とももう言ってはくれなかった。

ただただ、淑女らしい微笑みをたたえて、彼女は。


「よろしいでしょう」


と。そう高貴なる者としての返事をした。

僕は肩に乗せられていた重みが消えると、剣を受け取り、踵を返した。

その瞬間、一筋だけ涙が落ちる。

それでも、最後に情けない姿を見せるわけにはいかないから、乱暴にそれを拭った。

そして、もう一度だけ振り返る。

そこにいたレディはほんの一時お嬢様に立ち返り、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

僕はそのことに少しの安堵を覚えながらも、再び背を向ける。

これで、本当に終わりなのだ。


「さようなら。私の我儘な主人。エレナリア・ルルーシュ様」

「ええ。さよなら。私の大切な侍女。リオ」


僕は歩き出した。

もう、それ以降は振り返ることは出来ない。

背後で舌足らずにお母様と呼ぶ幼子の声が聞こえても。

エレナリア、と愛おしげに呼ぶ威厳のある声が聞こえても。

それだけは出来なかった。

だって、そこにあるのは僕にとっては届かない世界だから。

僕が望み続けていた幸せの光景だったから。


これで悪役令嬢(エレナリア・ルルーシュ)を幸せにしたかった、僕と私の物語は終わる。

ここから先始まるのは、僕という罪を背負った騎士の物語だ。

それは、女たらしの魔導師に君は本当に不毛なことをすると言われたり、親友の騎士にお前、何やらかしたんだよと問い詰められるものだったりする。

それは数多の屍の上に立って生きる僕には幸せ過ぎる日々なのだろう。

でも、それらを全て捨てて、自暴自棄に生きるのには僕は随分と人の暖かさとかいうやつを知りすぎてしまった。

これから先のことはわからない。

けれど、彼女の心の騎士であり続ける以上は、それに恥じない生き方をせねばならないだろう。

だから、僕はひたすら歩き続けるのだ。

今日も、明日も、永遠の誓いを胸に。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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