第9話 これは食べ物じゃない
そっとモーグのデイパックに手を伸ばす。
食べ物か飲み物かこん棒か……。
モーグの言葉を信じるならば、一番の外れはこん棒だ。
ジャジ子の用意した高性能ミキサーとやらで粉々に砕いたとしても、
それを食べ尽くすのは簡単ではないだろう。
何かを掴んだ、その感触だけではまだ分からない。
手を引き、指先に掴まれている物体を視認する。
……これは食べ物じゃない。
正確に言うと、人としてこれを食べ物と認めるわけにはいかない。
「あ~、美味しい所を残してたのに~デジいいなあ~」
先ほど、コイツがいい奴かもと思った自分をぶん殴りたい。
手元に存在する物体、
……それは人間の頭部だった。
目の前の現実に音が遠く消えていく。
結界外からの戦闘音も、モーグの笑い声もどうでもいい。
ただ、手に伝わる重さと感触、
それだけが作り物でないことを俺に悟らせる。
無造作に乱れた黒い髪、
絶望と共に絶命したと瞬時に理解できる表情。
半分飛び出ている目玉がじっと俺を見つめている気がする。
思わず吐きそうになった。
「デジさん!吐いたら負けですからね!」
にっこりと笑顔を浮かべてジャジ子が俺に忠告してくる。
吐くわけにはいかない……でも、俺は……これを食えるのか?
「残り2分30秒!諦めますか?」
「……いや、ミキサーを貸してくれ」
俺は軽く手を合わせて黙祷した。
悪い、名も知らぬ仏様。
目を合わせないように、ソレをミキサーに入れていく。
そして、ONと刻まれたスイッチを押す。
骨が砕ける音が響いていく。
血と混ざりあい、ビチャピチャという音が間に挟まる。
不快な音が収まると、ソレは半液状になっていた。
ただし、その色は基本赤。
想像もしたくない部位の肉と骨の破片、
排水溝に溜まったような髪が所々浮いている。
モーグ、コイツはこの場で絶対に殺す。
「残り1分です」
俺は急いでミキサーに入ったソレを口元へ傾けた。
直ぐには口に入ってこない。
どろりとした粘りを伴って俺の口元へ流れてくる。
口に含んだソレの感触を脳が完全に拒絶する。
だが、俺はコレを食わなければならない。
喰わなければ次は俺がこうなるのだから。
量はギリギリいけそうだ。
考えるな……考えるな。
ソレに含まれた髪が歯の隙間に入ってくる。
肉片が喉に引っかかる。
全身がソレを飲み込むなと拒絶してくる。
俺は涙目になりながらソレを全て飲み込んだ。
ここまでポーカーフェイスを崩さなかったが、これは無理だ。
人として、コレを笑顔で消化してはいけない。
完全にミキサーの中身が空になる。
俺は俯いたまま、
そのミキサーを逆さにして完食をアピールした。
「……食べきった……ぞ……」
「いい食べっぷりだど~、オラも早く食べたいど」
黙れ。
コイツの言葉をもう耳に入れたくない。
……だが、これはギャンブル。
何一つ情報を取りこぼしてはならない。
俺はこのままでは負けるのだ。
次にもし、こん棒を引いてしまったら
俺は胃の容量的に食べ切れない気がする。
だが、さっき食べたもののショックで
俺はあるものを所持していたことを思い出した。
アレなら勝てるかも知れない。
正直自信はないが、
古今東西アニメや漫画で爆発を起こしているアレを俺は偶々持っていた。
ネットではあり得ないと非難されることもある、あの現象に賭けるしかない。
目の前のモーグは俺の考えをよそに
既にデイパックに手を突っ込んでいた。
……頼む。
「お~、これは剣だど~」
……違う。
あれは武器屋のオヤジとギャンブルをした時に得たもの。
普通は食べられないが、コイツは恐らく余裕で食べるだろう。
俺の予想通り、いや予想ではミキサーを使うと思っていたのだが、
モーグは剣をそのまま丸呑みしていく。
どういう胃の構造をしているのか、
剣を砕く音も聞こえないのに、完全にモーグの腹の中に収まっていた。
「うまかったど~、これでオラの部下は剣とか持っちゃうど~」
そうだ、コイツは喰ったものを組み合わせ、
別の形で吐き出すことが出来る。
このままギャンブルを続けて、もし俺が負けた場合
コイツはギャンブル前よりも強い部下を召喚するだろう。
そして、その部下たちは恐らく、
シャインたちを圧倒するほどの力を持つ。
未だ結界外で苦戦しているシャインたち。
今よりも強力な敵になるのは間違いない。
結界の向こうでミカンが膝をついた。
シャインとユカが駆け寄りフォローしている。
俺がここで負ければ、あいつらはもっと危険な目に遭う。
……落ち着け。
まずはアレが出るまで俺が喰い続けることだ。




