第13話 遠い60秒と近い60秒
「残り1分です」
審判者ジャジ子による感情が一切乗っていない宣告。
だが、当事者3名はそれぞれの戦いを繰り広げていた。
手で抑えつつも腸が零れ、
血の水たまりでただ死なないように耐えるデジ。
生物のもっとも強い本能、生きる。
ただそれだけを成す。
だがデジの現状はそれを遂げるには
あまりにも死に近かった。
更にデジはこの60秒を耐えた後にこん棒を食べるつもりだ。
実質不可能と認めつつも、少しでも可能性があればそれに賭ける。
ただそれだけの意地に近い執念だけがデジを支えている。
未だ遠い60秒。
手に持つパンツをただ食べたいモーグ。
しかし、それを邪魔する媒体こそが手元にあるという皮肉。
何故、拘束魔法が発動している? 何故、パンツから魔法が出ている?
そんな疑問はモーグに存在しない。
食べたいけど邪魔をされている。
ただそれだけがモーグにとっての現実。
モーグからみれば、限りなく近い60秒。
ギャンブルは認めないがデジには生きてほしいと願うユカ。
気づけば、ユカ自身からギャンブルの舞台へ飛び込んでいた。
両手を結界に向けて今にも倒れそうなほど消耗している。
ユカが発動している魔法の鎖は計7本。
もっとも危険な口元を避けて、手元を中心に束縛していた。
遠い60秒と7本の鎖。
「残り50秒です」
結界の中と外で戦うモーグとユカ。
モーグが鎖を先に食べようと口元を動かすが、
舞うように鎖が避けていく。
「うおお、食べたいんだど~」
「……させない!……パンツは食べ物じゃないのよ!」
「残り40秒」
デジの意識が遠のいていく。
最早痛みは感じない。
代わりにただ冷たい腹部が死への距離を現している。
(……お、俺は死ぬ……のか)
「デジ!生きるんだ!!」
シャインの声がデジの耳に薄く届く。
デジが目線を上げると
そこにはパンツから出た魔法で拘束されているモーグの姿と
結界外から鼻血を流しながらも耐えているユカの姿。
(……ユ、ユカの奴……やってくれたな……)
「残り30秒」
「デジ!貴方は生きるの!」
ユカの激情が結界内のデジにも届く。
デジはここで初めて理解した。
ユカがモーグの食事を妨害していること、
そして己の戦いが、残り時間を生きることだと。
ここまでの勝機が見えない戦いではない、
明確な勝利条件。ただ生きる。
もう何も食べなくていい。
血は未だ止まらない。
それでも死ぬわけにはいかなかった。
(……た、ただ生きる、ことが……こんなに苦しいな、んてな……
……ユカ……この、勝負……おま、えに賭けた……)
「残り20秒」
「俺に喰わせろ!!!!」
モーグの声のトーンが明確に変わった。
彼にとってギャンブルの負け以上に
目の前にあるものを食べられない。
その一点がモーグのフラストレーションを溜めていく。
それを受けてユカの鎖状の魔法に亀裂が入る。
3本の鎖が砕け散っていく。残り4本。
「喰わせろ!喰わせろ!邪魔をするなぁぁ!!!」
「……た、食べさせない!……デジのためじゃない、私自身のために!」
「残り10秒」
首元に巻き付いていた鎖が砕ける。残り3本。
ユカの膝が地面につく。限界が近い。
最早、顔を上げることすら出来なかった。
それでも両手だけは下ろさない。
「……デジ……あなたのギャンブルは……最低よ……」
誰にも届かないその声は自分に言い聞かせているようだった。
「残り9、8、7」
「……こ、これからだって……絶対に認めない!」
「残り6、5、4」
所持する力、全てを解放して
鎖を引き千切ろうとするモーグ。
「俺に食べられないものはない!!」
2本の鎖が砕けていく。残り1本。
ユカは歯を食いしばりながらも耐えていく。
「……だけど!!」
ユカが顔を上げてデジを真っすぐに見据える。
「……勝ち逃げだけは許さない!!!」
結界の中でデジの口元だけが微かに吊り上がった。
(……は、はまってるじゃねえか……お、おまえも……)
「残り3,2、1」
最後の1本が砕け散った。
モーグの口が大きく開く。
その手にあるパンツがモーグの舌へと近づいていく。
あと、ほんの数センチ。
1秒がスローモーションのように流れていく。
ミカンは顔を覆い見ることが出来ない。
シャインはやめろ!と叫ぶことしか出来ない。
デジは何も出来ない。
その中で、
――ユカだけが笑っていた。
「……私の……勝ちよ」
「0」
ビーっと乾いた音が結界内外に響き渡る。
灼熱の60秒がここに終わりを告げる。
……ユカのパンツは未だモーグの手元にあった。
ユカが力尽きて頭から崩れ落ちる。
モーグは信じられないといった表情でパンツを見つめている。
そして次の瞬間、魂を盗まれたように崩れていく。
「……デ、デジは?」
地面に口を付けたまま問うユカ。
それに答えるよう審判者の宣言が響いていく。
「制限時間を超えた為、モーグさんの敗北!
デジさんの勝利となります!」
歓声はどこにも響かない。
勝負が終わった瞬間までデジは確かに生きていた。
だが、今は……。
「……デジ……勝ったのよ……」
ユカが勝利を告げると
倒れ込んだデジの小指だけが微かに動いた。
腸ははみ出し、毒に侵され、
未だ流れ続ける血に覆われたデジ。
それでも、それでも。
――デジは生き延びていた。




