第11話 勝利がみえなくても
この異世界には、
決して口にしてはならない三大劇薬が存在する。
その一つ、グデミゴン。
生物の肉体を腐蝕する液体であり、
体内に留まり続ける限り、その腐蝕は止まらない。
特に胃に到達したグデミゴンは、そこに留まり、
内側から急速に臓器を溶かし続ける。
普通の人間ならば、3分と生きてはいられない。
これを飲んで生き延びられるのは、恐らく大喰いのモーグのみ。
そして今、それを飲もうとしている男が一人。
デジが小瓶の蓋を開ける。
鼻を突く激臭は嫌でも毒を認識させる。
覚悟を決めて、一滴だけ口に含んだ。
(……甘い)
意外な味だった。
だが、次の瞬間それは絶望に変わる。
(……舌が、舌が)
脳へ直接叩きこまれたような強烈な痛み。
デジが知るところではないが、
グデミゴンの腐蝕が舌に丸い穴を開けていた。
痛みで思わず口元を抑え込んでしまう。
舌に太い釘が突き刺さったような痛みは
一向に収まる気配がない。
「あと1分」
ジャジ子の声が薄っすら聞こえる。
一滴口に含んだだけで、
痛みで視覚聴覚味覚それぞれがボヤけていく。
(……せ、せめて、制限時間ギリギリに飲み干して
少しでも勝利への可能性を探るしかない)
「残り30秒」
(わかっている。
俺は無意識に理由を付けて、この毒を遠ざけている)
「残り20秒」
(……飲め!飲むんだ!)
「残り10秒」
小瓶をひっくり返して中身を一気に口に入れていく。
舌を、喉を、食道を腐蝕しながら胃へと向かっていくグデミゴン。
常識を超えた痛みに
体が言うことを聞かない。
今すぐに死にたくなるほどの痛み。
地面に這いつくばり、
土の感触で誤魔化そうとするが全く聞かない。
ただ体を丸めて耐えることしか出来ない。
「デジさんが完食しました!それではモーグさんの番です」
「オラ思ったんだけど、これ待っていればオラの勝ちじゃない?」
「そうですね、正直デジさんはあと3分持たないと思います」
(……か、勝手なことを言ってくれる。
痛い、痛い痛い痛い、死にたい。
それでも、それでも俺にはまだやることがある)
悪魔のように笑うモーグとただ無表情で進行していくジャジ子。
二人を尻目にデジは地面を這いながら、
己のデイパックに手を突っ込んでいた。
(……お、俺のデイパック、あった。し、死ぬ。
痛い、ナ、ナイフ)
「モーグさん残り2分30秒です」
「デジ死んじゃうか~」
(お、落とすなナイフを)
手元も視界も怪しいデジ。
もう半分死んでいる状態の彼が
自分のデイパックからナイフを取り出した。
その手は震えている。
握り直し、鈍く光る刃を見つめるデジ。
(……く……くそ)
痛みで体中が痙攣し、ナイフも震えている。
「デジ、なにしてるど~?」
(……ま、まだ……ま、ま、負けじゃない)
そして
――自分の腹へナイフを深く突き刺した。
ナイフを可能な限り深く食い込ませる。
そのまま、横一文字に腹を切り裂いていく。
切り裂いた腹に再度手を伸ばし、
胃を探すようにナイフを刺す。
デジには自分の身体が今どうなっているのか、
もう何も分からなかった。
痛みではなく、ただ熱い。
(……で、でろ……だ、出す)
そのとき、地面へ流れ落ちつづけている血から
白い蒸気が立ち上った。
血に混じったグデミゴンが土を腐蝕していく。
1秒でも2秒でも、
少しでも長生きして勝機を見出す。
その為にデジがとった行動は、
毒を腹から直接取り出すことだったのだ。
(……し、死ぬ……だ、ろうな……こ、これでも)
デジの腹から腸がはみ出し、胃まで裂いたことで
辺りには血の水たまりが出来ている。
白い蒸気に包まれ、必死に耐えるデジ。
その姿は誰の目からみても死ぬ直前の状態だった。
「デジ、根性ある~」
「しかし、これにより3分以上、生き延びる可能性が出ました!
モーグさん残り2分です。時間内に食べ切らなければ貴方の負けです」
「じゃあデジのデイパック漁っちゃおう~」
(……な、なにが……出ても……俺は勝てないだろう)
それでもデジはギャンブラーとして諦めるわけにはいかなかった。
モーグが食べた後にこん棒を食いつくすしか生きる手段が存在しない。
しかし、腹を裂かなければ、
デジはモーグの制限時間が尽きる3分以内に確実に死んでいた。
今も生き延びられる保証などない。
だが、勝利の可能性は残された。
そんな中、モーグがデジのデイパックから取り出したのは
……パンツだった。
(ゆ、ユカのか…)
それはユカとのギャンブルに勝ったデジが
ユカをからかうだけに手に入れたもの、戦利品だった。
「……は、はやく……食え、そのパンツ」




