薔薇園散策
「魔王様、ご無事でしたか」
執務室に戻ってくると、中で待機していたレギュラスが駆け寄ってきた。
「ああ、特になんともない」
「なんと……。ではやはり、ルーナの話は本当だったということですか」
レギュラスは驚愕の表情を浮かべて、魔王の方をまじまじと眺める。
レギュラスもまた、ルーナからあの信じがたい話を聞かされた一人だった。それを確かめるために魔王がレミリアとともに晴れの日の外へ出ると聞いて、彼はいても立ってもいられない様子だったのだ。
「そのようだな。私がこの目で確認したのだから、間違いないと思う」
「そんなことが起こり得るなんて……」
魔族は、生来陽光を弱点とする。どんなに凶暴な魔族であっても、どれだけ強い魔力を秘めていようとも、この種族はみな、陽の光の前にさらされれば焼け焦げ、灰となって消滅してしまう。
そしてまた、どれだけ強い魔力を秘めた魔族であっても、陽光を防ぐような魔法は存在しなかった。
「ただ、本人も言っていたが、彼女のスキルに関しては不確かなことが多い。レミリア自身は、あれを人間界では役に立たない無能スキルだと思って持て余していたらしい。確かに、人間界で日光は害ではないのだから、彼女の言っていることも嘘ではないのかも知れないが」
「しかし、これは魔界を揺るがす一大事では……? もし、このことが他の魔族にも広まったら……」
レギュラスはまくし立てた。言われて、魔王も考えるように腕を組む。
しばらく経ってから、再び口を開いた。
「確かに、この件は事情を知る一部の者以外には伏せておくように。城の関係者にも、今回の詳細は明かすな。私はもう少し、様子を見てみようと思う」
「承知しました」
レギュラスは一礼をしてから、執務室を去っていった。
***
「いやあ、お嬢様。先日の件は、私もお嬢様もお咎め無しで、ほんとうに良かったですね」
今日は気分転換に、レミリアはルーナとともに、城の外に広がる前庭を散策していた。
城の門をくぐってから、レミリアたちの住む本邸までの間には、広大な敷地が広がっている。いくつもの別邸や離宮が置かれているほか、各種の庭園や広いグラウンド、さらに菜園や果樹園まであった。
あまりにも広いので、今までは気後れして足を伸ばすことはなかったけれど、この日はルーナに案内されて、城の東側に広がるバラ園を散策してみることにしたのだ。
レンガを敷いた小道の両脇に、背丈ほどの薔薇の株が、剪定されて並んでいる。さながら迷路のような小道を歩きながら、レミリアとルーナは庭を奥へと進んでいた。
薔薇は先駆けの蕾がポツポツと花びらを広げているものの、多くはまだつぼみの状態だ。見頃を迎えるのは、もう少し先だろう。
周囲に人影がないことを確認しながら、ルーナが話題を振る。
「お嬢様を外へ出してしまった時は、私の首も危ないと思いましたが。今回は魔王様も大目に見てくださいました」
「ほんとうね。あんな大騒ぎになるとは思わなくて。ルーナにも迷惑をかけてしまって、ごめんなさい」
レミリアは、先日のことを思い出しながら身震いをした。
外に出たことそのものよりも、騒ぎを大きくしたのは、レミリアが発動させた珍しいスキルの方だった。
「いえいえ、お気になさらず。私もめったに無い経験をさせてもらいましたから。――それにしてもお嬢様は、ほんとうに珍しい魔法をお持ちなんですね」
あの事件に関しては、魔王の提案もあり、事情を知る魔王やルーナ以外には内密にすることとなった。
というわけで、城の中ではあの件についての話題は出ない。だからこそ、ルーナはレミリアをここへ誘ったようだった。
「魔族を陽光から守ってくれるスキルなんて、魔界では聞いたことがありません。人間界では一般的なのですか」
「いいえ。人間界でも、私と同じスキルは前例がなかったわ」
人間界にいた頃、レミリアのスキルは、過去のどの魔導書にも記載のない新種のものだとされた。最初こそ興味を持たれたものの、その効果に実用性が乏しいとわかると、皆は笑い飛ばして気にも留めなくなった。
「――ところでお嬢様は、他に使える魔法は無いのですか。ほら、一般的な生活魔法とか」
「ああ……」
レミリアは、ばつが悪そうな顔をする。
「あれ以外では特に何も。生活魔法に関しては、幼い頃に兄姉たちと修行を行ったけれど、私はほとんど習得できなかったの」
王城にいた頃は、レミリアも他の兄姉たちと同様に、魔法を習得するための教育を受けた。しかし持ち前のスキル以外に目覚ましい才能はなく、簡単な生活魔法も満足に発動させることができなかったのだ。
「珍しいですね。普通、他に類を見ない珍しい魔法を宿す者は、それだけ保有する魔力も高いはずですが」
魔族には、人間よりも魔力に長けた者が多いらしい。ルーナを始め、ほとんどの魔族は生まれ持って魔法の素質があり、大人になるまでに日常魔法程度は使えるようになるという。
確かにレミリアは、城内でルーナや他の使用人たちが、日常的に魔法を使っているのを目にしていた。
「あのように珍しい魔法をお持ちなのですから、お嬢様だって鍛錬すれば、魔法がお使いになれる気がします。ためしに、ここにある薔薇の蕾を開花させてみませんか。花の開花魔法は初級魔法ですし」
ルーナは、レミリアの背後に咲きかけていた薔薇のつぼみを指さした。
「どうかしら……。あまり自信がないけれど」
「ものは試しですよ。ほら、呪文は〝開花〟です」
「ぶ、開花」
言われるがままに、レミリアは傍にあった蕾へ手をかざして、呪文を唱えてみる。
しかし、蕾に変化は現れなかった。
「……やっぱり、発動しないみたいだわ」
「うーん。なかなか難しいですね」
ルーナもうなる。
「まあ、魔法は鍛錬が重要と聞きます。たまにこうして呪文を唱えてみれば、いつしか使えるようになるかも知れません」
「そうね。せっかくだし、これを機に、私も修行を再開してみようかしら」
「そうですよ、お嬢様。その意気です」
ルーナが励ましてくれて、レミリアもそれに頷いた。
向こうではどうあがいてもうまくいかず、周囲の笑いものにされるうちに、いつしか魔法自体を敬遠してしまっていた。けれども久しぶりにルーナに励まされて、少しだけやる気が湧いてくる。
(……いつか、私もちゃんと魔法が使えるようになれたら良いわね)
そんなことを考えながら、レミリアたちが再び歩き出した、その時だった。
――ポコッ、ポコポコ。
突然、さっきまで変化のなかったはずのつぼみたちが、いきなりポコポコと音を立てて、その場で開花し始めたのだ。
「えっ……? お、お嬢様、成功してます。魔法、ちゃんと発動しましたよ」
「ええ……。でも、どうして急に?」
レミリア自身も信じられなかった。
今まで、人間界では一度も成功したことはなかったのに。ここへ来て急に、魔法が発動した。
「やはり、お嬢様には素質があるんですよ。うまくすれば、優れた魔術師になれるかも知れません」
ルーナは、まるで自分のことのようにレミリアの成功を褒めてくれた。
言われて、レミリアにも段々と実感が湧いてくる。
喜びを噛み締めながら、二人はしばらく薔薇の花を眺めてはしゃいでいた。




