レミリアの魔法
ルーナは、周囲にレミリアの能力を明かさなかった。けれども夕方頃になって、レミリアは突如として魔王に呼び出された。
(……きっと、きつくお叱りを受けるに違いないわ)
執務室へ向かう道すがら、レミリアは青ざめていた。
実のところ、レミリア自身も――そして人間界の誰も、彼女のスキルについてはよく分かっていない。紫外線を遮断するスキルなど、人間界でも聞いたことがなかった。レミリア以外に前例のないスキルなのだ。
よって、魔王に問い詰められても、どう説明したものかと考えあぐねていた。
そんなことを考えているうちに、レミリアは城の最上階――使用人たちも許しがなければ立ち入りを禁じられている、魔王の私室兼執務室にたどり着いた。
金の装飾のついた重厚な大扉が押し開かれると、広い室内の奥に、玄鉄の髪の青年が立っていた。
魔王はいつものように冷静な様子で佇んでいる。黒のフロックコートの下にベストを身に着けた姿は、さながら人間界の貴公子だ。ただ、今日はいつにも増して表情が固く、きつく唇を結んでいる。
緊張を高めながら、レミリアは恐る恐る室内へと入った。
「ルーナから聞いたよ。昼間、部屋を抜け出して外に出てしまったとか」
「も、申し訳ありません」
「誰も見ていない隙に、逃げ出そうとしたのか。我々魔族は日光に弱いから、追ってこられないと思った?」
「そ、そんなつもりはありません」
レミリアは否定したが、直後に口ごもってしまう。
ややあってから、意を決してこう口走った。
「実は……」
レミリアはまごつきながらも、自分が持つ特異なスキルのことと、それを踏まえて今回勝手に外へ出た経緯を話して聞かせた。
終始静かに聞いていた魔王だったが、レミリアがスキルの話をし始めたところで、次第に眉を顰めていくのがわかった。
「信じられないな。君の行動の動機もそうだが……何よりも、我々の唯一の弱点である陽光から身を守ることのできるスキルなど、聞いたことがない」
「でも、本当なのです」
「実は、君がここへ来る前に、ルーナからも同じような話を聞いたよ。君たちの言っていることが確かなら――レミリア。君は我々魔族にとっての脅威になりうるだろうね」
魔王は腕を組み、しばし考え込むようにつぶやいた後、再び射るような深紅の視線を向けた。
「そもそも、なぜ君が魔界に来たんだ? 君の父上である国王に差し向けられたのか、それとも――」
「そんなはずはありません。だって私は人間界では、ろくに魔法が使えない無能扱いをされてきましたから」
レミリアは白状した。他の兄姉たちと比べて魔力は弱く、向こうでは役立たずのスキルしか使えない。
国王がわざわざレミリアの能力を見込んで、ここへ送り込むとは考えにくかった。
レミリアは再び顔を上げる。しかし魔王は、未だ疑うような視線でレミリアを見下ろしていた。
「信じてください。勝手なことをしたのは事実です。でも、皆に危害を与えるつもりはなくて……」
言いながら、レミリアは思い詰める。
確かに元はといえば、自分がルーナの言いつけを破って外へ出てしまったことが原因だ。もしあのバリアが効かなければ、ルーナの命が危なかった。そう考えると、ことの重大さに打ちひしがれてしまう。
「……すまない。そんなに気落ちさせるつもりはなかったんだ。ただ、私も少し混乱していて」
レミリアの狼狽した様子を察したのか、魔王が急に態度を軟化させる。
顔を上げると、まるでレミリアを心配しているような表情で、彼がこちらを見下ろしていた。
「陽の光から身を守ることができるスキルなんて、私も聞いたことがなかったんだ。友好関係を結んだとはいえ、かつて敵対していた人間がそのようなスキルを持っていると聞いて、警戒してしまった」
「いえ。私の方こそ、勝手な行動をしてしまってすみません」
「君はまだ、こちらの生活に馴染めないことも多いだろう。それに人間は、日に当たらないと気分が塞ぎがちだと聞くし」
確かに、このところ曇天ばかりで、日光が恋しいと思い始めていたことも事実だった。
「とはいえ、今後も勝手に外へ出てもらっては困る。さっきも言ったように、日光は我々の天敵だ。君には無害でも、我々の目が行き届かなくなる」
つぶやきながら、魔王は何やら考え込んでいる。
「……あの。その件なのですが、もしよろしければ、一つ私に提案があります」
レミリアは魔王の前に進み出ると、おもむろにそう切り出した。
***
それから一ヶ月ほどたったある日。魔王城一帯に、再び朝から晴れ間が広がるという予言が発された。
レミリアが目を覚ますと、カーテンの隙間から細く陽の光が差し込んでいる。ベッドの脇の窓へ手を伸ばし、カーテンをめくって外を覗き込むと、空は広く澄んで、明るく晴れ渡っていた。
(やはり、予言者たちの天気予言は、必ず当たるのね)
つぶやきながら、レミリアは身支度を整える。そして部屋を出ると、そのまま城の階段を最上階まで上がり、魔王の私室へと向かっていった。
この日は朝から、魔王とある約束をしていたのだ。
「魔王様。入ってもよろしいでしょうか」
ややあって、中から「どうぞ」という声が返ってくる。レミリアは扉を押し開いた。室内には、魔王が立っている。
「レミリア。今日は予言通り、外は朝から晴れているようだ」
「そのようですね」
魔王は、きつく閉め切られたカーテンの隙間を遠巻きに眺めている。やはり、魔界の王といえど、日の光の前に出ることはできないらしい。
そのあと、彼はレミリアの方を振り返った。
「では、行こうか」
魔王がおもむろに手を差し出す。レミリアがそれを取ると、二人は部屋を出て階段を降りていった。
「あの、魔王様」
「なんだい?」
「本当に、私の提案を受け入れていただけるのですか」
「ああ。魔王に二言はない」
レミリアが見上げながらつぶやくと、魔王もまた少し笑みを浮かべて、レミリアを見下ろした。
***
――先日、レミリアは魔王に対して、ある提案をしていた。
「魔王様。もしよろしければ、次の晴れの日に、私と一緒に庭を散策してくださいませんか」
「私が?」
「はい。そうすれば、私の能力がどのようなものか、実際にお見せできると思うのです」
レミリアはそう言って、魔王の前に一歩進み出る。
「もちろん、魔王様は日陰からご覧になるだけで構いません。危険だと判断したら、すぐに城内へ避難していただければいいですし。もし私に怪しい素振りがあれば、罰していただいても構いません。たとえ日が差していようとも、魔王様の手から逃れられる者などいないでしょう」
もちろん、レミリアには魔王の身を危険に晒すつもりも、ここから逃げるつもりもない。でも、魔王が警戒する可能性があるので、あえてそう言い含めておいた。
レミリア自身にも、自分のスキルの意味についてはわからないことが多い。
けれどもあの出来事があってから、もしかすると自分のスキルは、人間にではなく魔族たちにとってこそ有用なのではないか――レミリアはそう思い始めていた。魔界にいれば、何か自分の知らない新たな発見に繋がるかもしれない。そう思って、思い切って魔王を誘ってみたのだった。
魔王は少し考えた後、レミリアの提案を了承してくれた。
そういうわけで、次の晴れの日に、二人は庭を散策する約束をしていたのである。




