中庭の散策
レミリアはその足で、城の北部にある菜園へと駆け込んだ。使用人たちも今日は城の奥にこもっているのか、ここへ来るまで廊下では誰ともすれ違わなかった。
北の回廊へと続く扉には、内側から閂がかけられていた。レミリアはそれを抜いて、扉を内側から押し開ける。
外へ出た途端、先ほどのまばゆい陽光が、レミリアの瞳に差し込んできた。
しばらく目が眩んでいたけれど、次第に慣れてくる。菜園の方へ歩いて行くと、そこにはやはり、晴れ間の日差しを受けて半ばしおれ、元気をなくした野菜たちがいた。
(やっぱり、ここの植物は日光に弱いんだわ)
レミリアは確信した。
菜園の側まで歩いていくと、頭上を見上げる。空には紫色の雲がちぎれたように散らばって、青い空のあちこちへ流れていた。曇天時は暗い紫色をしている雲も、今は日差しを受けて、いくぶん色が薄く見える。
「取り急ぎ、ここにある野菜だけでもなんとかしないと」
レミリアは腕まくりをすると、あることを試してみることにした。
頭上へ向けて手をかざし、太陽の差し込む空へ向かってこう唱える。
「――陽光遮断」
レミリアが、自らのスキルを放つ。
一見、周囲に特段の変化は見られない。しかし、よくよく見ると、地面の野菜たちに変化が訪れていた。先程までしなびたように垂れ下がっていた葉や茎が、みるみるうちに元気を取り戻していく。
「やはり、私のスキルは日光に弱い植物たちに効果があるようね」
レミリアはその様子を眺めて、満足そうに頷いた。
レミリアの持つ珍しいスキルは、周囲に見えないバリアを張って、紫外線を防ぐというもの。光そのものを遮断するわけではない。日光にはいくつかの種類の光が合わさって地上に降り注いでいて、そのうちの一つが紫外線だった。
紫外線は、人間にとって大した害はない。長く浴び続けることで、せいぜい日焼けをして肌にダメージを与える程度だ。
しかし、どうやらこれは魔界の植物たちにとっては有害だったらしい。スキルを発動しただけで、彼らはたちまち息を吹き返した。
「人間界では無能スキルだけれど、ここでは多少の役に立って良かったわ」
レミリアがほっと胸を撫で下ろして、そんなことをつぶやいた時だった。不意に、戸口の方から声が飛んでくる。
「お嬢様! ここで一体なにをしているのです。外へ出てはいけません!」
見れば、戸口の隙間からルーナが、顔面蒼白でまくし立てている。
ふと頭上を見上げれば、いつのまにか日差しは陰っていた。太陽は散り散りになった雲の欠片に隠れ込んでいる。その隙を見て、ルーナがこちらへ駆けてきた。
「まったく、このような危険な行為はおやめください。私が魔王様に叱られてしまいますよ」
「ご、ごめんなさい」
「さあ、早くお城へ戻りましょう。また日差しが出てきたら大変です」
そう言って、ルーナはレミリアの手を引き、急いで元いた戸口から城へ戻ろうとした。――しかし。
「あれ……扉が開かない」
戸口に手をかけたまま、ふとルーナがつぶやいた。
見れば、先ほど彼女が出てきた扉は閉ざされて、びくともしない。
「ど、どうして……まさか、中から閂をかけられてしまったというの?」
ルーナはガチャガチャと戸口を揺さぶるものの、扉はやはり開かなかった。
そうしているうちに、雲の切れ間から再び日差しが中庭へと差し込み始める。
「ひ、ひえ~……!」
ルーナは目をつぶって、扉の上に続く回廊の屋根の隅へと縮こまった。
再び照りつけた陽光に、その場でうずくまってぶるぶると震えている。
――しかし、ややあってから、ルーナは予想していたような異変が何も起こらないことに気がついた。
「あれ? ……なんだか、眩しくない」
ルーナは首をかしげた。
魔族は日光に弱い。まずその眩しさに目がくらんでしまう。そして一度でも日光のもとにさらされれば、皮膚は焼け焦げて灰になってしまうのだ。今は屋根の下にいるので死ぬことはないだろうが、それでもこの眩しさで、目を開けていられないはずだった。
「ルーナ、大丈夫?」
眼の前で、レミリアが心配そうに顔をのぞきこんでいる。
まさかこんな大事になるとは思わず、レミリア自身も自らの軽はずみな行動を猛反省していた。しかしルーナは、いつもと異なる様子に、次第に警戒心を解き始める。
「何が起こっているの。いつもなら、目が眩んでしまうのに」
「も、もしかしたら、私の発動させたスキルのせいかもしれません」
「えっ、スキル?」
「そ、そうです。菜園の野菜の元気がなかったので、試しに使ってみたの」
レミリアは白状したが、ルーナは未だ半信半疑だった。
立ち上がって、庭先へ目を向ける。庭には未だ日が照りつけているのに、ルーナはそれを少しも眩しいと思わなかった。それどころか、確かにレミリアの言う通り、この日差しならしおれているはずの植物たちが、生き生きとしている。
「そんなまさか……」
なにを思ったのか、ルーナは回廊の屋根から手のひらを差し出して、陽光にさらしてみた。
「……これは、どういうことなの!」
普通なら激痛とともに火傷を負うはずなのに、ルーナはなんともない。意を決して屋根の下から庭先へ躍り出た時、それは確信に変わった。
「私のスキルは、紫外線を遮断するバリアを張ることができるんです。元気の無い植物たちを見て閃いて、試しにこの周囲へ張ってみました」
レミリアが説明する横で、ルーナはまるで見ず知らずの異世界に迷い込んだかのような驚愕の表情で、恐る恐る庭先を歩き回る。陽光が彼女の紫色の髪に反射しているけれど、やはり、なんともないように見えた。
そして――膝から力が抜けたように、ルーナはその場に尻餅をついた。
「こんなのはありえません。……お嬢様、あなたは一体、何者なのですか」
「えっ、どういうこと?」
「魔界において、魔族が陽の光の下を歩くなど前代未聞です。お嬢様、これは魔界の常識を覆す一大事ですよ」
「そ、そうかしら? ……人間界では、特に何の役にも立たないスキルだったけれど」
レミリアは肩をすくめてみせる。
しかしルーナは、なおもレミリアの肩を掴んだまま、迫真の顔で迫った。
「一大事なのです。すぐに魔王様へご報告しないと――」
「ちょ、ちょっと待って」
レミリアが呼び止めたときには、ルーナはもう立ち上がっていた。
ちょうどその時、太陽が再び雲の裏へ隠れ込む。それを見計らったかのように、閉ざされていた扉が内側から押し開かれて、中から使用人たちが数人顔を出した。
「外の方で物音がしましたが、ここでなにをなさっているのですか」
「ルーナ、お嬢様、どうして外へなんか……お怪我はありませんか」
けれどもルーナは、彼らの脇をすり抜けるようにして、そのまま城の中へと駆け込んでしまう。
(どうしましょう……。私、何かまずいことをしてしまったのかしら)
顔を見合わせる使用人たちの真ん中で、レミリアはただ一人、立ち尽くすばかりだった。




