新しい使用人
数日後、レミリアはすっかり元気を取り戻した。
以前と変わらない日々が戻ってきたが、一つだけ変わったことがあった。それは、お城にルーナがいないこと。
以前は、レミリアの身の回りの世話を任されていたし、良い話し相手にもなってくれた。魔法の訓練についても、簡単な生活魔法はルーナに指南してもらうことが多く、レミリアにとってはなくてはならない存在だった。
(ルーナはどうしているかしら)
その後の調べで、彼女はルシウスに脅されてレミリアを誘拐したことを認めた。本人が言っていたように、ルーナには借金があり、そのためにお城へ出稼ぎに出ていたのだという。その弱みに付け込まれ、家族を人質に取られて、言うことを聞くしかなかったのだ。
彼女はあの後、ブランドルー公爵邸の地下に幽閉されているところを発見され、今は罪を償っている。
生きているとの知らせを聞いて、レミリアはほっとした。けれども同時に、彼女を失った喪失感にさいなまれてもいた。
――そんな時。
「レミリア、君付きの新しい使用人を連れてきた」
ある日、レミリアの部屋に魔王が姿を見せると、背後に見知らぬ女性を一人連れているのが目に入った。
薄い銀色の髪をまとめた、切れ長の目の魔族だった。瞳は、満天の星空を溶かし込んだような藍色をしている。見た目の年の頃は、レミリアの少し上くらいだろうか。
「新しくお嬢様のお世話を仰せつかりました、セレスタと申します。なんでもお申し付けください」
「レミリアといいます。こちらこそ、よろしくお願いします」
ツンと通った鼻筋に整った顔立ち。レミリアは思わず見とれそうになりながら、挨拶を返した。
「彼女には、身の回りの世話全般と、君の周辺警護も任せてある。何かあれば彼女を頼って」
「はい。魔王様、ありがとうございます」
魔王はセレスタを引き合わせると、そのまま部屋を後にしてしまった。
後には、レミリアとセレスタが残される。
魔王が去るなり、セレスタは早速きびきびと動き出した。
「早速ですが、まずはお嬢様の身の回りを掃除させていただきます。手始めに、このお部屋から」
「えっ、かまいませんが……。でも掃除は、ルーナがいない間もほかの者がやってくれていたので、綺麗だと思いますよ」
そう言ったものの、セレスタはすでにせっせと部屋の片付けに取り掛かっていた。
無駄のない動きに、レミリアは拍子抜けしてしまう。
「いいえ、お嬢様。この程度ではお掃除をしたことにはなりません。ほかの者は手を抜いていたようですが、わたくしが参りましたからには、手抜きは許しません」
「そ、そんなに汚いですか」
言いながらも、セレスタはカーテンを開けて窓を開け放つと、ほうきと手桶を持って清掃を始める。
「ほら、あそこの床の隙間に埃が溜まっています。こちらの窓も拭きが足りずに曇っていますし、これではお嬢様付きの使用人として失格です」
セレスタは見かけによらず、とても辛辣だった。
レミリアはあっけにとられながらも、すごすごと部屋を明け渡して隅に寄る。
しばらく見守っているうちに、確かに部屋は見違えるようにきれいになった。
床と窓はピカピカに磨き上げられてシミ一つない。新しいシーツのしわも伸ばされて、すっきりとしている。
「わあ……確かに見違えますね」
レミリアは思わず感心してしまった。
どうやらセレスタは、ルーナやほかの使用人と比べると、とても真面目で仕事熱心なようだった。
ルーナと比べると無表情、というか愛想がない。こうしてレミリアと会話をしている間も、セレスタは表情を崩さず、にこりともしなかった。
ひと通り手を止めると、セレスタはくるりとレミリアの方へ向き直る。
「夕食は十八刻からとなります。本日の献立は、お嬢様の体力回復のため、鳳凰鳥の煮込み粥をご用意する予定です」
「ありがとうございます」
元気を取り戻したレミリアであるが、相変わらず周囲からは病人として手厚い看護が付いている。おそらく魔王をはじめ、この城にいる魔族たちが、非力な人間であるレミリアを気遣っているのだろう。
「お嬢様はまだ体力が回復されていませんから、夕食までの間はゆっくりお部屋でくつろいでお過ごしくださいね」
「ご心配ありがとうございます。でも、私はもう大丈夫ですよ」
心配をかけすぎてもいけないと、レミリアはセレスタに伝えた。
しかし、セレスタは動じない。
「いいえ。お嬢様は魔力が尽きて、お命を落としかけたのですから。油断は禁物ですよ」
「命を落としかけた? そんな、大げさでは?」
「いいえ、わたくしがお聞きした話は確かです。お嬢様はブランドルー公爵邸から救出された際、魔力を使い果たして息も絶え絶えでいらっしゃいました。魔王様が昼夜問わず魔力を注いで蘇生させていなければ、今頃お嬢様は生きてはいられなかったでしょう」
「ええっ、魔王様が……? でも、そんな話は一言も聞いていませんでしたよ」
レミリアはびっくりして、セレスタの方を振り返る。
しかし、セレスタは相変わらず冷静だった。
「魔王様は、あなたを心配させてはならないと伏せておられたのでは。とにかく、そういったことがありますので、あまり無理はなさらないでください。あなたの魔法も、あなた自身も、決して替えはきかないのですから」
セレスタに諭されて、レミリアは初めて、自分の命が危険にさらされていたことを知った。あの時は敵と戦うのに必死で、深くは考えていなかったけれど。こうして無事に生きて帰ってこられてよかったと、改めて実感した。




