指輪の契約魔法
数日後、レミリアは城のベッドの上で目を覚ました。
(どのくらい眠ってしまったのかしら……)
寝ぼけ眼で身を起こすと、そこは見慣れた自室のなかだった。ぼんやりとしながら、レミリアは気を失う前に起こったことを思い返す。自分が誘拐されて、魔王に助け出されたときのことを、なんとなく思い出した。
「お嬢様、気が付かれたのですね……!」
突然、自室の扉を開ける音がして顔を上げる。すると戸口のところに、見慣れない使用人が立っていた。ルーナはどうしたのかと疑問に思ったところで、彼女がもうここにはいないことを思い出した。
「すぐに魔王様をお呼びしてまいります」
彼女はそう言って、慌ただしく出ていってしまった。
しばらく経ってから、魔王がレミリアの部屋に駆け込んできた。
「レミリア、気がついたのか」
「はい、ご心配をおかけしてしまい、すみません」
久しぶりに魔王の姿を前にして、レミリアは柄にもなく彼を愛おしく思った。彼は変わらず、ウェーブのかかった玄鉄の髪に深紅の瞳をこちらに向けて、心配そうに覗き込んでいる。
「君は、四日間も目を覚まさなかったんだ」
「そ、そんなに……」
せいぜい一日、二日程度寝込んでいたと思っていたレミリアは、びっくりしてしまった。
「外傷は無いものの、君は魔力を相当消耗していたようだ。それで疲労がたたってしまったのだろう」
「そうですか……」
レミリアは、数日前のブランドルー公爵邸で起こったことを思い返した。
屋敷に捕らわれた後、レミリアは部屋を抜け出し、屋敷内に潜伏しながら逃亡を図った。
途中、爺やから教えてもらった秘伝のUVスキルを活用して、魔族を何人か打倒した。
――ここまで思い出して顔を上げると、なんだか真剣そうな顔をしている魔王と目が合う。
「現場には、焼け焦げて消滅したと思われる魔族の残骸がいくつかあった。君はあの場で、あんなに大勢の魔族を相手にしながら逃げ回っていたんだね。――でも、いったいどうやって」
「……実は」
言われてレミリアは、ブランドルー公爵邸で起こったことと、自分の持つ魔法について魔王に打ち明けた。
魔王は真剣にそれを聞いていたが、レミリアが爺やから伝授された秘伝の技について言及したあたりで、眉をひそめた。
「――やはり、君はその力が使えるのだね。実は私も、君が採掘場であの魔法を見せてくれた時に、それが波動の力だとわかっていたよ」
「波動の力?」
今度はレミリアが首を傾げる。
「君が言う太陽のエネルギーのことを、魔界ではそう呼ぶんだ。それを発動すると、魔族は日の光に当たったかのように、その場で消滅してしまう。大昔に失われた技だと思っていたけれど」
「そうですか」
その説明は、爺やがレミリアに語った内容とも合致する。
「でも、私はあの状況に陥るまで、そんなことはすっかり忘れていたのです。使い道も、魔族を滅ぼすためにあるものだとは知らなくて……」
「もちろん、君が私たちに危害を加えるつもりはないことはわかっている。そういう意味では、私自身も君に隠しておいたことがいくつかあった」
魔王はつぶやいて、肩を落とした。
「今回、君が誘拐されたときのこともそうだった。君の魔法を用いれば、再び人間界に攻め込むこともできてしまう。君の力がどのようなものか、君自身に危険が及ぶことも、説明しておかなければいけなかった」
言われて、レミリア自身も公爵邸でルシウスから言われたことが気になり始める。
「魔王様、聞いてもよろしいでしょうか」
「なんだい?」
「実は、ルシウスに言われたのです。私には、魔族を陽光から守る陽光遮断があります。その力を使えば、もう魔族たちは、この魔界にとどまる必要がなくなりますよね。再び人間との戦いが起きれば、今度は人類を支配できるかもしれない。魔王様も、いつかはそのようなことをするつもりですか」
意を決して聞いてみた。
正直、聞くのには勇気が要った。レミリアはもとは単なる人間だ。
ほぼ生贄としてここに連れてこられたので、家族や人間界に未練はなかったものの、罪のない大勢の人間たちが傷つくことは避けたいと思っていた。
なによりも、ほかでもない自分のもつ魔法のせいで、人間と魔族が再び争い合うことになるなんて耐えられない。魔王の返答によっては、レミリアはどうしたらいいかわからなくなってしまう。それでも、このままうやむやにはできないと思った。
緊張の面持ちで、レミリアは魔王を見上げる。
すると魔王は眉を下げた後に、レミリアを安心させるためか、少しだけ笑みを見せた。
「信じてほしい。私は、人間を傷つけることはしない。少なくとも私が魔界を治めている間は、人間たちに危害を加えることはない」
「それは本当ですか? でも、これは魔族たちにとっては好機だと、ルシウスも言っていました」
思わず、レミリアは聞き返す。
しかし、魔王が動じる様子はない。彼は自分の左手の薬指に収まった指輪に視線を落とした。
「知っている? 私と君が持っているこの指輪、これにはいろいろな機能が備わっているんだ。これは単なる婚姻の証ではない。持ち主の二人をつなぐもので、互いの位置を指し示す。これにより、私は君の居場所が分かった」
(そうだったのですね……)
確かに、魔王がどうやってレミリアの居場所を突き止めたのか、不思議に思っていた。
「そして、あの日、祭壇の上で行った儀式は、単なる形式上の婚姻ではない。あれは人間と魔族における、魔法契約なんだ」
「魔法契約?」
レミリアは、初めて魔界を訪れた時のことを思い返しながら首を傾げた。
「人間と魔族が友好条約を結ぶにあたって、双方はある契約を結ぶ。もし、どちらかが条約を破って再び争いを始めた時、君との婚姻は破棄されて、指輪を持つ双方に強力な呪いが降りかかるんだ。少なくとも君は死んでしまうだろうし、私も相応の報いを受けるだろう」
魔王はどこか遠くを見つめながら続けた。
「私は、君の命を失ってまで人間なんかを気にかけるつもりはない。私の言葉が信じられなくとも、これだけは確かだ。私は君の命を危険にさらすようなことはしないよ」
「魔王様……」
魔王の真剣な表情を前にして、レミリアも言葉を失う。
ややあってから、レミリアの頬に微笑みが浮かんだ。
「――魔王様が、心優しいかたでよかったです」
すると、魔王もこちらを見つめ返して笑みを浮かべる。
「そもそも、この土地を治めるだけでも大変なのに、これ以上勢力を伸ばす必要はないだろう。それに私は、まず国内の問題を片付けなければならない。今回のように、諸侯たちをなだめることさえできなかったのだから」
「わ、私にも何かお手伝いさせていただけませんか。今は無力かもしれませんが、私も魔王様のお役に立ちたいです」
レミリアは心から力になりたいと思い、前かがみになる。
「反乱分子の魔族を討伐するとか、もしかしたらお役に立てるかもしれないです」
「はは、ありがとう。でも、極力君の力には頼らないようにするよ。あの魔法に触れると、私もただでは済まないしね」
魔王はからかうように笑った。
「す、すみません。そうですよね。確かに私も、魔族を傷つけたいわけではないです」
「君は、自分の身を守ることに専念して。今回は運よく助かったけれど、これからも同様の危険は付きまとう」
「はい。一層修練に励みます」
「私も、早くここが君にとって安全な場所になるよう取り組むよ」
魔王はレミリアを慈しむように笑った。
透き通る深紅の瞳を細めた、こぼれるような笑み。毎度のことながら、レミリアは思わず見とれてしまいそうになる。
赤面するのを隠すように、レミリアはこほんと咳払いをした。
「たくさん寝て、魔力は回復したみたいです。起きていたら、だんだんおなかがすいてきました」
「料理長に何か持ってこさせよう。今はゆっくり休んで。落ち着いたら、君に会わせたい人がいる」
魔王はそう言い残すと、レミリアをベッドに残して、部屋を後にしていった。




