誘拐事件⑥終
「はあ、しかたがないですね。本当は、こんなことはしたくなかったのですが」
そう言って、ルシウスは背後に控えていた兵たちに合図をする。兵は一斉に弓を構えた。
「飛び道具……? ひ、卑怯ですよ」
レミリアは嘆いたが、ルシウスは取り合う様子もない。
このスキルの弱点として、魔法が発動するのは、魔族がレミリアに直接接触してきた場合に限られる。よって、通常の物理攻撃や遠距離攻撃をされた場合、レミリアには防ぐ方法がない。
敵はレミリアを眷属にすると言っていたので、直接傷つけたりはしないと踏んでいた。だが、さすがのルシウスもしびれを切らしたようだ。
「殺してしまっては意味がありませんが、これは往生際の悪いあなたのせいです。少し痛い目を見れば大人しくなるでしょう」
ルシウスが不敵に笑って、手を振り下ろす。
警備兵たちが、弓を力いっぱい引いた。――その時だった。
「……グハッ」
突然、背後で弓を引いていた兵がうめき声を上げて倒れ込んだ。
ルシウスやレミリアが振り返って目を凝らすと、広間の先に、一人の人影が佇んでいるのが見えた。
急にあたりの空気が凍りつく。人影の正体に気がついたルシウスは青ざめた。
「魔王様!」
レミリアは見まがうはずもないその影を見つけて、思わず叫ぶ。
「陛下……どうしてここに……」
ルシウスは後じさった。その隙をついて、レミリアは魔王のいる方へと駆けていく。
レミリアをその腕に抱きとめた後、魔王は凍りつくような冷たい瞳でルシウスを睨みつけた。
宵闇に光る深紅の双眸は、いつにも増して恐ろしげな光を帯びている。
「ブランドルー公。貴殿には失望の念を禁じえない。これは一体どういうことだ。なぜ、私の妃が貴殿の屋敷にいる。しかも重装の兵に取り囲まれ、今にも矢を射かけられようとは」
「そ、それは……。ちがうんです、これには訳が」
「黙れ」
魔王が一喝した。
「ルシウス、とぼけても無駄だ。調べはついている。お前は使用人のルーナの家族を人質にとって彼女を買収し、私の不在を狙ってレミリアを城の外へ連れ出した。レミリアをお前達の眷属に引き入れようというつもりだったのだろうが、無駄だったな」
「くそっ、どうして……」
ここへ来るまでに、魔王は事件の全容を調べ尽くしていた。北部領主のブランドルー家は、以前から人間たちへの怨恨が強く、穏健派の魔王と度々対立することがあった。ルシウスたちが反逆の機会を伺っていたように、魔王側もまたブランドルー家の動向を探っていたのだ。
「ルシウス、私の期待に応えられないお前を、北部領主として置くわけにはいかない。よって、この場でお前の爵位を剥奪する」
魔王が言い放つと、追い詰められたルシウスがついに本性をあらわにした。
「黙れ……! 相変わらず、陛下はお人好しだ。そんな人間の小娘なんかに肩入れをするなんて。今に諸侯たちにもこのことは伝わるでしょう。他の諸侯だって黙ってはいないはずだ。愚鈍なあなたは、我々の王には相応しくない」
ルシウスは叫ぶと、手にしていた剣を抜き、鋭い勢いで魔王の方へ襲いかかった。
レミリアは思わず目を瞑って縮こまる。
――しかし、思っていたような衝撃は襲ってこなかった。
「一体何が……」
恐る恐る目を開けると、そこには先程襲いかかっていたはずのルシウスが、力なく横たわっている。魔王はそれを冷たい瞳で見下ろしているだけだった。
「た、助かったのですか……」
ほんの一瞬で、魔王は全てのかたを付けたのだとレミリアは悟った。
つぶやいて、そのまま力なくその場にへたり込む。
「レミリア、怪我はないか」
「……な、なんとか大丈夫です。魔王様が間に合って、本当によかった」
あと少しでも到着が遅かったら、命が危なかった。
それどころか、逆に魔王に危害を加える存在になっていたかも知れない。それを思うと、レミリアは身震いした。
そんな様子に、魔王は表情を曇らせて心配そうにレミリアを覗き込む。声色から、先程の恐ろしく冷たい雰囲気は消えていた。
「君をこんな危険な目に合わせてしまうなんて……これは全て私の落ち度だ。とても取り返しがつかない」
「魔王様のせいじゃありません。私も用心しなければならなかったのに……。ルーナに誘われて、軽々しく外に出てしまったのです。……でも、ルーナがあんなことをするなんて」
言ってから、レミリアは口ごもった。
「残念だが、彼女はもう城に戻ることはない。それ相応の処罰を受けなければならない」
「……そうですか」
今までよくしてもらっていただけに、レミリアはショックを隠せなかった。
「さあ、城へ戻ろう。君も大分消耗しているようだ」
「そうですね。なんだか私も、安心したためかとても眠くなって……」
言いながら、レミリアは急に強い眠気に襲われる。よろめいたまま魔王の方にうなだれて、そのまま気を失ってしまった。




