誘拐事件⑤
「お妃様、無駄な抵抗はおやめください。こんなものは時間の無駄ですよ」
なんとか逃げ込んだ先。
しかし広間には既に、騒ぎを聞きつけたルシウスや屋敷の警備兵たちが待ち構えていた。
皆、揃って武装して武器を構えている。素手ではレミリアが太刀打ちできそうもなかった。
「まったく、お妃様も往生際が悪いですね。さっさと諦めて投降してください」
「無理です。一歩でも近づいたら攻撃しますよ。あなたたちも見たでしょうが、私に指一本でも触れれば、あなたたち魔族はただではすみません」
ルシウスはレミリアを追い詰めて、余裕の表情を浮かべている。
けれども、ここへ来るまでに彼女の技がどのようなものかは把握しているらしい。それが危険なものであることを熟知しているからか、レミリアが脅してみせると、向こうは距離を取って様子を伺うそぶりを見せた。
「お妃様は、本当に稀有な存在でいらっしゃる。また珍しい魔法をお持ちなのですね。それは人間が編み出した魔族撃退のための技、“波動”ですか。古くは魔族との戦いで我々の脅威となりましたが、今は失われたと思っていましたよ」
「技のことをご存知なら話が早いです。死にたくなければ、私に近づかないでください。今に魔王様がここへ来ます。あなたの企みはうまくいきません」
レミリアはなおも全身にUVの魔法をまとい、一寸の隙もないようにそれを張り巡らせながら豪語した。
実はこの魔法は、他の魔法と比べて魔力の消耗が激しい。もともと発動させるのが難しい上に、それを全身に張り巡らせるとなると、至難の業だった。
爺やから訳も分からず指南を受けていた頃は、一度も成功させたことはなかった。それなのに、ここへきていきなり操ることができるようになったのは、魔王からもらったあの蛍石の存在が大きいと感じていた。
魔王がくれた蛍石のペンダントは、石の中でも最高位に値する優れた魔力を秘めたもの。それがレミリアの内なる力を呼び覚ましてくれる。
レミリアは爺やから教えられた呼吸法を思い出し、ゆっくりと息を整えた。
「お妃様、残念ながら魔王陛下はここへは来ません。彼はあなたを探しているでしょうが、おそらく間に合わないでしょう」
「そんなのわかりません。どうして言い切れるのですか」
レミリアは強気に言い放った。しかし、ルシウスはここでも余裕そうに微笑む。
「ご存じですか。このあたりは古い魔力の澱みが溜まっていて、転移魔法が使えません。着地点がずれてしまうのです。そもそも、城を不在にしていた魔王様は、まさかあなたがここに連れ去られたことなど見当もつかないでしょう。たどり着く頃には、すでに片が付いていますよ」
「そんなはずありません。魔王様はきっと間に合います」
言いながら、レミリアは少しでも時間を稼ごうと話題を振った。
「そもそも、あなたはどうして人間を襲うようなことをするのですか。人間と魔族は長く平和が続いていました。再び争い合う必要などないのでは?」
「ふん、時間稼ぎのつもりですか。だがよいでしょう、教えてあげます。先にも言ったように、我々は吸血鬼の一族です。わが一族はその昔、人間との争いの中で眷属を増やし、勢力を伸ばしてきました。一時は魔王に即位した者を出すほどの権威を誇っていたのですよ。それが、人間との友好条約を持ち込まれたことで衰えてしまった」
「衰えてしまった?」
「そうです。条約によって、表向きは我々が人間を襲うことができなくなった。人間界と魔界の境目には結界が敷かれて、簡単には向こうへ行くことができなくなってしまったのです」
吸血鬼族は、人間の血を吸う魔族である。にもかかわらず、人間界との接触を禁じられてしまったことで、急速に衰えてしまったのだという。
「そ、それは仕方がないことです。人間だって、死にたくはないのですから」
「もちろん、わかっていますよ。しかし、所詮この世は弱肉強食。私は、強いものが弱いものに勝るかつてのやり方に戻したいだけなのですよ」
「そんなことは、私がさせません」
「世間知らずなのは、お妃様や人間たちの方です。何も知らずに平和に甘んじているなんて。それに魔王陛下だって、いつ気が変わって人間たちに牙を剥こうと思うかわかりませんよ」
「――何をいっているのですか」
レミリアは眉をひそめた。
「そもそも魔王陛下は、どうしてあなたに何も説明をしないまま、城に置いたりしたのでしょう。あなたの能力をご覧になれば、陛下だってそれが何を意味するか分かったはず。今は動きがないだけで、陛下だってあなたの力を使って人間界に攻め込まないとも限りません」
「――魔王様は、そんなことはしないはずです。あの方は、人間を傷つけたりしないはずだわ」
「ふん、どうだか」
即座に否定したものの、レミリアの脳裏には一抹の不安がよぎった。
たしかに魔王は、表向きはレミリアの能力について何も言わない。その一方で、彼女の能力を周りには伏せたりもしていた。ルシウスの言う通り、今は動きがないだけなのではないか。いつか、彼のような考えを持つことはないのだろうか。
「所詮は魔王陛下も、我々と同類の魔族。考えることは同じです。あなたはどうあがいても、同じ運命をたどることになる。さあ、おとなしく投降してください」
「い、嫌です!」
レミリアは最後の抵抗で、ルシウスをにらみつけてみせる。
すると、ルシウスは業を煮やしたのか、ため息を一つこぼしてこういった。




