誘拐事件④
夜が更けた頃、ブランドルー公爵邸内はにわかに騒がしくなった。
「公爵様、大変です。捕らえた娘が部屋から抜け出しました」
「なんだと」
ルシウスは声を荒げた。
「娘を迎えに行かせたエーギルが、祭場へ連れ出そうとしたところ、抵抗にあって逃げられたようです。周囲には、彼の骸が横たわっておりました。どうしてだか日光にあたったように焼け焦げて、既に消滅していたようです」
「どうしてそのようなことが。何の力もない、非力な小娘のはずなのに……」
ルシウスは訝しむ。
「私どもにも、何が起こったのか。それよりも急がねばなりません。今宵の儀式を遂行することができなければ、我々はおしまいです」
儀式は満月の夜に行う必要がある。今宵のために、ルシウスたちは用意周到に準備を整えてきた。この機を逃せば次はないことは分かっていた。
「何としてでも探し出すのだ。まだ屋敷から抜け出してはいないはずだ。仮に抜け出したとしても、周囲は広大な荒野。人間の小娘一人が生き残れるようなところではない。今晩中に必ずけりを付けろ」
ルシウスが語気を強める。
命令を聞いて、各々はその場から立ち去っていった。
***
(まずいわ、騒ぎがどんどん大きくなっている)
レミリアが部屋を抜け出したあと、屋敷内はにわかに騒がしくなった。
レミリアは追手を掻い潜って、今はこの狭い物置のような部屋の隅に身を隠している。
戸口の方から廊下に向けて耳を澄ませると、先程から頻繁に廊下を駆け回る音が聞こえてくる。その音は、次第に頻度を増していた。
(ここが見つかるのも時間の問題ね)
レミリアはこうして敵の索敵をかいくぐりながら、少しずつ場所を移動しつつ潜伏を続けている。それでも、次第に包囲網は狭められていた。
(もう少しの辛抱よ。少しでも発見を遅らせることができれば、それだけ時間を稼げるわ……)
レミリアは様子を伺いながら、次の潜伏先を見つけるために移動を開始する。
人気のないことを確かめながら戸口から抜け出し、恐る恐る廊下を進んでいた。――その時だった。
「いたぞ、あそこだ!」
不意に背後から怒声が上がったかと思うと、廊下の先に立ちはだかっていた魔族が数人、レミリアの方に駆けてきた。
「……み、見つかってしまったわ!」
レミリアは踵を返して、一目散に廊下を走る。
しかし、足の早い魔族の一人が、咄嗟にレミリアの着ていた服の袖を掴んだ。
「ひ、ひいっ!」
「無駄な抵抗はやめろ、大人しくするんだ!」
「や、やめてください!」
叫びながら、レミリアは再びUVのスキルを発動させて、追手の頬を平手打ちする。
さっきの一件があったので、レミリアとしてもこんなことはしたくない。むやみに魔族を傷つけるのは本望ではなかった。けれども自分の命がかかっているので、そんな悠長なことを言っている場合でもない。
「え、えいっ!」
「グッ、グハッ!」
魔族は悲鳴を上げて、その場にうずくまった。
その様子を見て、追いかけていた数人が思わず足を止める。
「き、貴様、一体何をした」
「こ、来ないでください! 私だって、これ以上他の人を傷つけたくはないんです」
レミリアは手を振りかぶりながら、追手の魔族たちを脅しつけた。
距離を取りながら、かつて爺やに教えてもらった通りに呼吸を整え、全身にUVのスキルを張り巡らせる。
呼吸を整えることで、見えないエネルギーの波がレミリアの全身を包みこみ、目に見えない帳のような役割を担っていた。
「私に指一本でも触れれば、あなたたちも同じように消滅してしまいますよ。嘘だと言うなら、試していただいても構いません」
「クッ、生意気な小娘が!」
追手の一人が、レミリアの警告を無視して、果敢にも掴みかかった。
すると、レミリアに触れた瞬間、追手は後ろに弾き飛ばされる。
「ぐ、ぐわーっ!」
うずくまって倒れ込んだときには、その魔族は焼け焦げて消滅してしまっていた。
衝撃の光景に、他の追手は立ち止まって数歩後退る。
その隙に、レミリアは廊下を抜けて、隣の広間の方へ駆け込んだ。




