誘拐事件②
室内に取り残されたレミリアは、右往左往しながら考える。
(どうしましょう……どうしましょう。このままでは私は吸血鬼にされてしまうし、魔王様にも人間界にも危険が及ぶことになるわ)
どうやらルシウスたちは、レミリアの力を使って人間界に攻め込むつもりらしい。自分の力がそんな危険性をはらんでいたなんて、知らずにいた自分を恥ずかしく思う。
彼らが去って行ってしまってから、レミリアは部屋中の窓や戸を開けて、逃げられる場所はないか探し回った。しかし、全ての窓には鍵が掛かっており、出入り口も外側から施錠されていた。
(なんとかしてここから逃げ出さないと。ルーナはどこにいるのかしら……?)
そう思ってから、午前中のルーナとのやり取りを思い出した。
ルーナは、自分の家族を人質に取られたと言っていた。そのために、レミリアを城の外に連れ出したのだと。
となれば、もう彼女の助けを借りるのは難しいだろう。親しい間柄の使用人だっただけに、レミリアは喪失感に苛まれた。
それからしばらく部屋の捜索をした後、レミリアは諦めて窓から外の景色を眺める。
屋敷の外には、荒れ果てた荒野が広がっていた。草木が乏しく、岩と乾いた砂ばかりが続く大地。地平線の先には、切り立った山々が連なっている。どことなく魔王城近郊で見かけた山々にも似ているが、同じものかはわからなかった。視界の届く範囲に町や見慣れた建物はなく、薄暗くて物寂しい場所だと思った。
(たしか、ブランドルー公爵は北部領主だったわね)
レミリアは、先日ロンバルド伯爵の屋敷で眺めた、魔界の地図のタペストリーのことを思い出していた。
北部領は、魔王城のある首都の北側に広がる広大な土地だ。レミリアの祖国に匹敵するほどの面積を持っている。かの地を治めているのが、四侯の一人、吸血鬼公のブランドルー公爵だった。
彼らはその名の通り、人食いの種族である。
大昔、人間と魔族が争い合っていた頃、吸血鬼たちは夜中に人間たちを襲っては、その血を吸って食い殺していたらしい。また公爵の言うように、吸血鬼たちは血を吸った相手を眷属に従えて勢力を伸ばしていたという。
人間にとってはあまりにも恐ろしい記憶だったために、友好条約が取り決められてもなお、その伝説は語り継がれている。
彼らは友好条約によって人間界から姿を消した後も、こうしていつしか再び人間界へ攻め込む機会を伺っていたようだった。
「確か、ルシウスたちは今日の満月の晩に、私を眷属に加えるための儀式をすると言っていたわね」
ルシウスたちが言うには、吸血鬼の眷属になった者は、主に意識を支配されてしまうらしい。レミリア自身にその気はなくとも、もし眷属になってしまえば、彼らの言うままに自分の魔法を使ってしまう恐れがあるのだ。
「それまでに、魔王様がここを見つけてくれると良いけれど」
レミリアはつぶやきながら、窓の外を見上げる。
空は相変わらずの曇天であったが、まだ昼下がりの明るさを保っていた。
頼みの綱は、魔王がレミリアのことを見つけてくれること。彼が来てくれれば、ルシウスたちにも立ち向かえるだろう。
けれども、ここはレミリアの祖国ほどの面積を持つ、遠い遠方の地。魔王がレミリアのいる場所を見つけられるかは不透明だった。それに、レミリアから魔王に自分の居場所を知らせる手だてもなかった。
(何としてでも、今宵の儀式だけは阻止しなければ……)
吸血鬼の眷属にするための儀式は、満月の夜に行わなければならないとルシウスが言っていた。だから今宵の満月をやり過ごせれば、次の満月まで時間を稼ぐことができる。
そう思いながら、レミリアは座り込んで今晩の儀式をどうやり過ごそうかと考えていた時。
ふと、かつて王城で交わした爺やとのやり取りが、脳裏に蘇った。
『――レミリアお嬢様、私の教えを忘れてはなりませんぞ。もし身の危険を感じたら、私が伝授した秘伝の技をくり出して敵を撃退するのです』
それは、レミリアが魔界へ来る前の、爺やとの別れの一場面だった。
爺やは王城の優秀な近衛兵として活躍し、引退後は近衛兵の指南役を務めて教鞭を振るっていた。その一方で、魔法がうまく使えないレミリアのために、魔力を強化する訓練を行ったり、身につけた魔法を研磨するための修練を共に行ってきた。
そんな彼の教えに、こんなものがあった。
『よいですか、お嬢様。あなたのスキルは他にはない特異なものです。周囲の者たちはあなたのことを無能だと嘲笑しますが、そのようなことはありません。あなたは、常人にはない特別な力を持っているのです』
『特別な力?』
幼いレミリアは首をかしげた。
この頃にはすでに、レミリアの持つ魔法は無能の烙印を押されていた。レミリア自身は気落ちしていたが、爺やはそんな彼女を励ましてくれていた。
『お嬢様、あなたの力は人間界では大して役に立たないかもしれませんが、私にはわかります。あなたはおそらく、古の戦士なのです。大昔、人がまだ魔族と戦っていた頃、戦士たちはある力を使って、魔族を撃退したと言います』
『私が、戦士? 爺や、流石にそれは飛躍し過ぎでは』
『いいえ、爺やの言うことは確かです。魔族は日光を弱点とする。戦士たちは、その光の力を体に巡らせて、魔族を撃退したとか』
『おとぎ話でしょう。それにこの世界にはもう魔族はいないから、どっちみちその力は役に立たないわ』
『だからといって、そのまま力を磨かないのはもったいない。お嬢様、これよりは私とともに、その秘伝の技を習得するための鍛錬を積んでいきましょう』
「――そういえば、そんなやり取りがあったことを思い出したわ」
レミリアはつぶやいた。
記憶に残らないほど昔のことだったので、今の今まですっかり忘れていた。けれども鍛錬のことに関しては、その後も事あるごとに爺やに言われていたので、レミリアは覚えていた。
「たしか、それは私のUVのスキルを、自身の体に巡らせて攻撃するというものだったわね」
人間の体にはエネルギーがある。それは通常時は微量で、血管のように全身を巡っている。爺やの言っていた攻撃法は、自身のUVのスキルを全身に巡らせて放つというものだった。
「コツは独特な“呼吸法”だと言っていたわね」
呼吸によって全身をエネルギーの波で満たすことで、僅かな力でも敵を打ち倒すほどの効果があるという。
爺やに言われるがまま、幼いレミリアは呼吸法と技を習得するために鍛錬を積んでいた。日常生活にまで修練を取り入れて、呼吸を心がけていた時もあった。
けれども、かの技は発動させるのがとても難しく、元々魔力の少ないレミリアは一度も成功させたことはない。そんなわけで、いつしかそのスキルの存在は忘れ去られていた。




