夏の夜のホタルの幻想
夜になって、魔王が執務を終えて城の廊下を歩いていると、庭先に何やらレミリアがひとりでいるのを見つけた。
レミリアはこの日、部屋の窓から見える不思議な明かりの出どころを探るために、ひとりで庭に出ていた。
――数日前。
眠りにつこうと部屋の明かりを消した時。ふと、窓の外に何か光るものを見た。
窓から見えるのは城の東側で、そこには広い庭と小さな池がある。
その水辺のほとりに、小さな明かりがチラチラといくつか漂っているのを見つけたのだ。
(……あれは、何かしら)
光の正体はわからなかった。けれど、小さなランプの明かりのようなものがゆらゆらと揺れ動いていて、遠くから眺めている分には、それはひどく儚く美しく見えた。
レミリアは興味を引かれて明かりを見に行こうとしたが、暗いし時間も遅かったので、その時は諦めた。けれど同じ明かりは、次の日もその次の日も、同じ場所に現れた。
というわけでレミリアは今日こそ、夕食の後にあの池のあたりを探検してみようとしていたのだった。
「こんなところで何をしているの」
レミリアが池のあたりをうろうろ歩き回っていると、後ろから声をかけられた。
振り返ると、そこには魔王が立っていた。
「ま、魔王様」
「こんな暗い中を。池に落ちたら危ないよ」
そう言って、魔王はレミリアの側にやってくる。
「すみません、勝手に出てきてしまって。でも、どうしても気になることがあって」
レミリアはそう言うと、おもむろに手にしていたランプの明かりを消した。
手元の明かりを失って、あたりは急にほの暗くなる。――すると。
「ほら、魔王様。あの池のあたりを見てください」
言われて魔王が視線を向けると、その先に小指の先ほどの白い月光色の光がいくつも、ゆらゆらと漂っているのが見えた。
「蛍だね」
「蛍?」
「知らない? 小さな虫だよ。夏の夜、水辺のほとりでよく見かける」
「そうなんですね」
言われてレミリアが記憶をたどると、確かに人間界でも遠い異国の地に、そのような風流な虫がいると、本か何かで読んだことを思い出した。
「あれが蛍なんですか。初めて見ました」
「綺麗だよね。近頃は気にも留めていなかったけれど」
そう言って、魔王はレミリアの隣で蛍が漂う様子を眺めている。
久しぶりに魔王と二人きりになって、レミリアの中に、以前から密かに気になっていたことがいくつも浮かんでくる。
――アリシアとの関係はどうなのか。レミリアが花嫁として来たことを、彼はどう思っているのか。
――また、自分が持つ特異な魔法のこともある。どれも未だ、レミリアにはわからないことばかりだった。
けれど、それらを口に出すのは気が引けたので、代わりにこんな報告をしてみた。
「そういえば私、先日また新しい魔法を身につけたんですよ」
レミリアはそう言うと、人差し指を差し出してこう唱えた。
「灯火」
すると、レミリアの指先がにわかに光りだして、まるでランプを掲げているかのように、あたりを照らし出した。
「灯火は、私の持つ属性と同じ光の魔法なんです。自分に馴染みのある属性の魔法なら、こうしてだんだん、使えるものが増えてきて」
レミリアは魔界に来てからというもの、魔法において目覚ましい成長を遂げている。
(人間界では、固有のスキル以外は一度も発動できなかったのに……もしかして私は、魔界にいるほうが性に合っているのかしら?)
と、レミリアは密かに思い始めていた。
「見事だね。レミリア、君は本当によく頑張っているよ」
「ありがとうございます」
魔王に褒めてもらえて、レミリアはホクホク顔だった。
しばらく蛍を眺めたあと、二人は城の方へ戻っていく。――その道中。
「きゃっ! いたた……」
「大丈夫かい?」
薄暗い中を歩いていたせいで、レミリアは足元をすべらせて転倒しそうになる。間一髪で魔王がその身体を抱きとめると、彼はそのままレミリアを軽々と抱え上げた。
「夜道は暗くて危ないから」
「す、すみません」
魔王に両手で抱え上げられて、レミリアは赤面し、顔から火が出そうなくらいに緊張しながら俯いた。いつもは、彼をこんなにも近くに感じることはない。
久しぶりに魔王と接近してしまって、レミリアは心臓の鼓動が彼にも聞こえてしまうのではないかと、ヒヤヒヤしていた。




