執務室にて(魔王視点)
「先日の元老院からの報告事項についてですが。……魔王様?」
「何だ、レギュラス」
魔王城の執務室にて、二人は昨日行われた元老院からの報告について話し込んでいた。
元老院とは、魔界に在籍する大貴族、諸侯たちの集団である。彼らは定期的に魔王城に集まり、各地方の近況報告や、国の重要事項について検討し合う。
「はい。北部地方に出没した黒竜による被害状況についてなのですが……」
レギュラスは、顔を上げて魔王からの反応を待つ。
しかし魔王は先程から、どこか上の空だった。
先日のロンバルド伯爵家の視察の折、伯爵領で摘んできたハーブや薬草のブーケ。それをレミリアから贈られたらしく、執務室の机の上に活けている。
お陰で部屋の中は、ほのかに安らぐ香りが漂っていた。
魔王はその花束を指先で弄びながら、心ここにあらずといった様子だ。
「魔王様、近頃なんだかぼんやりしておられませんか? 昨日の報告会でも、諸侯たちが不思議がっておりましたが」
「そうかな。気の所為では」
「いいえ、私の目は誤魔化せませんよ。人間界から花嫁の娘がやってきてからというもの、魔王様はなんだか変です」
長年魔王の側近を務めてきたレギュラスの目は、ごまかせなかった。
言われて、魔王は少し考え込んだ。
「確かに、彼女がここへ来てから、自分でも驚かされることがたびたびあった」
魔王は、レミリアと出会ってからこれまでのことに思いを馳せていた。初めて日のもとへ連れ出されたあの日からというもの、彼女の行動や言動には驚かされてばかりだ。
「先日ロンバルド家へ視察に行った際、彼女は私に新たな魔法を発動さしてみせた。それは彼女いわく、太陽のエネルギーを照射する魔法らしい」
「太陽のエネルギーを照射する魔法……ああ、確かにお妃様がそのような魔法を使えるとおっしゃっていた記憶があります。しかし、あれは本人曰く、使いどころのわからない魔法だと」
レミリアのもつ固有のスキルは二つある。
一つは、魔族の弱点でもある太陽光を遮る陽光遮断。もう一つが、採掘場で披露した、逆に太陽のエネルギーを放射するUVである。
「彼女は自分のもつ魔法について多くを知らない様子だった。しかし、かの魔法は魔界において、伝説にうたわれるほどの重大な脅威なのだよ」
「重大な脅威? ――いったい何なのですか」
物々しい雰囲気に、レギュラスは身を乗り出した。
「あの力は“波動”といって、もともとは人間たちが見出した、我々魔族を攻撃するためのものなんだ」
「ええ……それは本当ですか」
「おそらくは」
言いながら、魔王は代々の王家にのみ受け継がれる、人間との争いの記憶を思い起こしていた。
「魔族は、陽光の中に含まれるある特定の光を弱点とする。人間界では紫外線と呼ばれているらしいが、魔界ではこれを“波動”と呼ぶ。目には見えない光の一種――いうなれば太陽そのものの力だ。それを浴びた魔族は消滅してしまう。先の大戦では、その波動の魔法を操る人間の魔導士がおり、我々に甚大な被害をもたらした」
「確かに、戦いの歴史の中でそのような者がいたと、聞いたことがあります」
レギュラスもうなずいた。
「大戦のさなかに、魔族たちの手でその魔法も、それを使う魔導士も駆逐されたと思っていた。戦が終わり、人間たちの歴史からも忘れ去られたのだろう。しかし彼女はどうしてだか、それを身につけているらしい」
「となれば、お妃様はいっそう魔族たちへの脅威になってしまいます」
レギュラスは青い顔をした。
「そうだな、あれは使い方を誤れば我々の脅威になりうる。しかし、さきほども言ったように、当のレミリア自身はその力について多くを知らない。直接危害を加えてくることもなかった。いったいどうなっているのか、私自身も訳が分からないよ」
魔王はそういって、両手を投げ出した。
「確かに、お妃様はなんだか只者ではない様子。先日の一件以来、様子を見るとおっしゃってしばらく経ちますが……一体どうなさるおつもりですか? そろそろお妃様の処遇を決めていただかないとなりません」
「処遇? レギュラス、お前は何を言っているんだ」
「お妃様にご自覚がないのはわかります。だからと言って、このまま放っておくわけにもゆかないでしょう」
すると、レギュラスは一歩前へ出てこういった。
「おっしゃるように、お妃様は我々の危険因子となるかもしれません。しかし一方で、使い方を工夫すれば、我々魔族が形勢を大きく変える切り札ともなり得ます」




