蛍石‐フローライト‐の採石場②
そんな会話をしているところに、ちょうど伯爵が戻ってきた。
「卿が不在の間に、レミリアが自分の気に入った石を見つけたようだ。選別はもう済んだ」
「しかし、よろしいのですか。あの中には小物も混じっておりましたし、選別するのは難しかったでしょう」
ロンバルド伯爵が目を丸くする。
隣にいた鑑定人が原石を受け取って確認すると、次第に彼の目の色が変わった。
「……たしかに、これはこのあたりで採れる最高ランクの原石です。お目が高いですな」
「彼女が気に入ったものだ。これをもらい受けることにする」
「承知いたしました」
レミリアが選び取った石は、蛍石の中でも珍しい、まばらな翡翠色の中に濃い瑠璃色の混じったものだった。研磨していないので石そのものの色は鈍いけれど、どことなく冬の星空を思わせるような、幻想的な一粒だ。
石はロンバルド伯爵のもとで研磨して成形した後、引き取ることになった。
そうして、一行は洞窟を後にする。
***
視察が終わると、魔王は側近を何人か伴って、どこかへ行ってしまった。
仕方なく、レミリアは残った側近の何人かとともに、周辺で待機する。
――その様子を、岩陰からうかがう影があった。
(ようやく、一人になったわね)
アリシアは、魔王が側近を連れて立ち去るのを見届けてから、そっと足を運んでいた。
昼間の蜂では、あの小娘に掠り傷ひとつ負わせられなかった。あまつさえ魔王に助け起こされて、二人の距離を縮める口実を与えてしまったのだ。思い返すだけで、腹の底が煮えるようだった。
(今度は、そう簡単に助けは来ないわよ)
アリシアは唇の端を吊り上げると、草むらの奥へ向けて魔法を放った。
この山の岩場には、獰猛な魔物が数多く棲みついている。眠っているものを一匹呼び覚まし、差し向けてやるくらい、彼女には造作も無いことだった。
「少し暗い痛い目を見たら良いわ……」
アリシアは魔物を放つと、その場を後にする。
そうして自分のアリバイを作るとともに、後にレミリアが痛手を負って苦しむ姿を想像してほくそ笑んだ。
***
その場に留まって時間を潰している間、レミリアは、さきほど魔王に言われた意味深なひとことが気にかかっていた。
(まるで、魔王様は私の魔法を見て……怖いものでも見たみたいな顔をしていたわ)
普段は恐れ知らずの彼なのに、珍しいものだとレミリアは思う。
そんなことを考えながら、さっきみたいに手のひらから微量のUVを放って、それを眺めていた。
すると不意に、近くの木の陰から、何かがレミリアの方へ躍り出てきた。
『シャーッ!』
「きゃっ! なになにっ!?」
それは、大きなヘビに似た魔物だった。胴は人の腕ほどの太さもある。口から覗く鋭い牙と、おどろおどろしい縞模様の鱗。噛まれたら、見るからに危険そうだった。
「キャーッ! 来ないで……」
レミリアは足をバタバタとさせながら、咄嗟に手を振り回して、襲いかかってくるヘビを払いのけた。
ヘビは、ちょうどUVを照射していたレミリアの手のひらに当たって、そのまま地面へ叩きつけられる。
『ギャッ!』
「あ、危なかったわ……」
仰天してなりふり構わず両手を振り回していたレミリアだったが、ヘビが地面に落ちたことに気がついて我に返る。慌てて身の回りを確かめると、幸い、体のどこにも傷などは無いようだった。
ほっと胸をなでおろして、先ほど撃退したヘビへ目を落とす。すると、あることに気がついた。
(……ん?)
どうしてだか、ヘビはまるで焼け焦げた跡のように、一筋の煙を上げながら地面に横たわっていた。全身は燃え残った灰のようになって、今にも風に吹かれて散ってしまいそうなほど脆い。
(……どうして、手で払い落としただけなのに、焼け焦げて灰になっているの)
レミリアは地面にかがみ込んで、ヘビの骸を覗き込みながら首をかしげた。
もちろん、周囲のどこにも火の気配なんて無い。不思議に思っていると、ふと、先ほど魔王が言いかけた言葉が頭をよぎった。
(もしかして、私が発動していたUVのスキルに当たったせいで……)
伝説によれば、魔族は陽の光に当たると、またたく間に焼け焦げて灰になってしまうと言われている。
目の前で死んでいるヘビは、まさにその姿そのものだった。
そんなことを考えている間にも、ヘビの骸は風に打たれて、儚く散ってしまった。
***
数日後、魔王城に、先日買い付けた蛍石が成形されて届けられた。
「わあ。これがほんとうに、あの採掘場で見つけた蛍石なのですか」
レミリアは思わず感嘆の声を上げる。
あの日の原石は、細工師の手で綺麗に研磨され、今ではコインほどの大きさの、まあるいペンダントになっていた。銀細工のチェーンの先には、白金で三日月の形に象られた石座がぶら下がっていて、その下にあの宝石がはめ込まれている。石はまるで夜空のような、鮮やかな瑠璃色に輝いていた。
「気に入ったかな?」
「とっても綺麗です……!」
レミリアはそれを受け取って、目を輝かせる。魔王はその様子に微笑むと、そっとレミリアの首にペンダントをかけてくれた。
「これで、多少の外敵や呪いは跳ね返すことができると思う。それ以外にも、これを用いれば、自身が発動する魔力も強力なものになる。魔法の訓練にも使えると思うから、試してみて」
魔王がレミリアを眺めながら補足してくれた。
たしかに言われてみれば、この石を身に着けたことで、なんだか少しだけ魔力がみなぎってくるような気配がする。
レミリアは元々の魔力が乏しい。本来備わっている力が少ないので、魔力を感知する精度もそれほど高くないのだが。それでも、以前の自分より魔力が強化されていることが分かった。
「ありがとうございます。大事にします」
魔王は、ペンダントがよく見えるように、レミリアの銀水色の長い髪を指先ですくい上げて、後れ毛を耳にかけた。指先が頬のところをかすめて、少しくすぐったいような感触がする。
まるで見惚れるような目で見つめられて、レミリアはぼうっと頬が赤らんでしまった。




