蛍石‐フローライト‐の採石場
翌朝、レミリアたちは屋敷の背後にある、小高い山の上に来ていた。
切り立った山脈の中腹あたりに、平たく削り取られたような台地が広がっている。
そこは見晴らしの良い高台になっていて、見渡す限りの草原が続いていた。地面のあちこちには、高山地帯特有の野生の薬草やハーブが自生している。
「なんでしょう、このあたりはとても良いにおいがしますね」
レミリアは鼻をひくつかせながら、あたりを見渡した。
高台のすがすがしい風に乗って、かぐわしいハーブの香りが鼻をくすぐる。
「あれ、これはローズマリーではありませんか? こっちのはセージ、ブロンズフェンネルらしきものもあります。まるで人間界で見たような薬草がたくさん」
「このあたりに自生している植物の種類は、人間界でも共通なのかもしれないね」
魔王は、のんびりとレミリアの後に続きながらつぶやく。
「魔王様。もしよろしければ、このあたりにある草花をいくつか持ち帰ってもよろしいでしょうか。とてもいい匂いがするので、持って帰ったら、しばらく香りを楽しめると思います」
「もちろん。好きなだけ摘んでいったらいいよ」
魔王はにこりと笑うと、レミリアとともに草原を渡り歩いた。
***
そんな二人の様子を、陰からうかがっている人影があった。――アリシアだった。
彼女はあれから、魔王と二人きりになるタイミングを掴めずにいた。
(今日の視察だって、先ほどから二人でべったりとくっついてばかり……。こんなものを見せつけられては、たまったものではないわ)
アリシアは悪態をつく。
そして、おもむろに草原の中にいる彼らへ向けて、ある魔法を発動した。
***
レミリアは、魔王とともにのんびりと薬草を採集していた。
先ほど見つけたローズマリーやセージ以外にも、ここにはたくさんのハーブが自生している。レミリアは馴染みのハーブを見つけるたびに、摘み取っては香りを楽しんでいた。
――そんな時。
『ブーンッ!』
「きゃっ!」
突然、蜂の大群が躍り出てきて、レミリアの方へ襲い掛かる。
レミリアは頭を抱えてうずくまった。
「危ない! ……レミリア、大丈夫だったかい?」
すかさず、魔王が傍から魔法を発動して追い払ってくれた。
そのあと、彼はレミリアに手を差し出して助け起こす。
「ありがとうございます。夢中になりすぎて、知らないうちに蜂の巣を刺激してしまったのかもしれないです」
レミリアの反応をみて、魔王は安堵したように笑った。
二人は気を取り直して、再びハーブの草原を散策する。
そのはるか後方で、アリシアが歯噛みしながらその様子をうかがっていたことには、気が付かなかった。
***
そのあと、一行はロンバルド伯爵が保有する、蛍石の採掘場へと向かった。
切り立った岩壁の先に、大きな洞窟がぽっかりと姿を現す。
入り口付近では魔族たちが頻繁に行き来していて、荷台に乗せた砕石をせっせと運び出していた。
「知っている? 蛍石には、もう一つ不思議な効果があるんだ」
採掘場へ向かう道すがら、隣を歩いていた魔王が口を開いた。
「不思議な効果?」
「蛍石は、日の差す昼間に陽光へ晒しておくと、暗闇で光るんだ。それが蛍に似ているから、蛍石と呼ばれるようになったらしいよ」
蛍石には、魔力を増強させることともう一つ、暗闇で発光するという性質があった。
小さな石の粒は、まるで蛍が夏の夜に光を放って漂っているように、暗闇で淡い蛍光色に輝くのだという。
「へえ、不思議な石ですね。でも、どうして日に当てると光るんでしょうか」
「一説によれば、かの石は陽光を吸収して、その光を溜め込んで光ると言われているけど。詳しいことはよく分かっていない」
魔王は肩をすくめてみせた。
すると、後ろに着いていたロンバルド伯爵が補足してくれる。
「蛍石が光る仕組みは不明ですが、石は暗闇で光る輝きが大きいほど純度が高く、ランクも上がるのです。掘削した砕石を集めて、その中から石のランクにより選別するのですが、それらは肉眼では見分けがつきません。ですので一度外に出して陽光を吸収させてから、暗闇で光らせてランクを決めるのです。より多くの光を吸収して、より強く光るものほど、ランクが上がります」
話を聞きながら、ロンバルド伯爵とともに洞窟の中へ入っていく。
中には、洞穴を彫り抜いて、来客用の調度品や家具などを揃えた応接室があった。
ここで、ロンバルド伯爵やその他の要人などが集まり、採掘した宝石の鑑定を行ったり、品評会を開いたりするのだという。
テーブルの上には、平たいトレイに載せられた蛍石の原石が、無数に並べられていた。
「今日は、今年採掘されたものの中から選りすぐりを用意いたしました。どれでも好きなものをお持ちいただいて構いません」
伯爵はそう言うと、この採掘場の専属鑑定人を呼びに部屋を出ていってしまった。
その場に残された、レミリアと魔王。――と、ここでレミリアはあることを思いついた。
「――あの、魔王様。実は私には、もう一つ不思議な魔法があるのですが。ちょっと思い当たることがあって、ためしてみてもよろしいでしょうか」
「……魔法? 構わないけど」
唐突な発言に、魔王が首をかしげている。
レミリアはおもむろに部屋の明かりを消すと、側に置いてあるトレイの原石たちへ向けて片手を掲げ、魔法を発動させた。
「UV!」
一見、何も変化は起こらない。しかし暫くして、レミリアが手を掲げた先にある原石たちが、にわかに蛍光色の輝きを増し始めた。
「光っている……?」
あっけにとられている魔王に対して、レミリアは淡々と説明する。
「これは、太陽光に含まれる一種のエネルギーなんです。通常は発動しても何も反応しないものですが、こうして稀に、特定のものを発光させることがあります」
レミリアがこの魔法に目覚めて、まだ日が浅い頃。新しい魔法を習得したものの使い道がわからず、笑いものにされていた。
仕方なくひとりでその魔法を鍛錬しながら、色々と効果を試していたところ、魔法に反応して発光するものを見つけたのだ。
「人間界でも、一部の鉱物とか植物、あとはキノコなんかがUVに反応して光ります。蛍石も同様みたいですね」
レミリアが手をかざし、散らばっている原石たちへ次々とUVを照射していく。
すると石は魔法に反応して、大小さまざまな強さで光り始めた。その中にところどころ、他とは明らかに輝きの際立った原石が見つかる。
「こうすれば、ここにある蛍石をもっと簡単に選別できます。ほら、これは良質な原石だと思います。すごく強く発光していますし」
レミリアはその欠片を魔王に差し出した。
魔王は、その石を恐る恐る受け取る。
「太陽のエネルギーを照射するスキル……。君は、またとんでもないものを習得しているね」
魔王は何を思ったのか、ひどく恐ろしいものを見るような目で、レミリアのことを見下ろしていた。
しかしレミリア自身は、その視線の意味に気がつかない。彼女には、魔王がただあっけにとられているか、呆れ返っているかのように見えていた。
「まあ、これもまた人間界では、特段役に立つスキルではありませんでしたけど」
特定の物質を発光させたところで、人間界では何ら恩恵も活用方法もないスキルだった。
肩をすくめてみせると、魔王は再び、信じられないといった様子で目を見開く。
「本気で言っているのか。確かに、人間たちにとっては大したことは無いかも知れないけど。我々魔族にとって、このスキルは脅威だ――」
「脅威?」
「……いや、君が知らないなら良いんだ。でも、人間界で君が軽んじられていたなんて、私には到底信じられない」
魔王はそう言ったきり、口を閉ざしてしまった。




