珍しいお菓子
一人取り残されたレミリアの傍らには、同じく取り残されたアリシアがいた。
「まったく。あなたみたいな凡庸な人間の小娘が、魔王様の花嫁だなんて。ほんとうに信じられないわ」
魔王の姿が見えなくなったのを見計らって、アリシアは再びレミリアに対して語気を強めた。
「私はこう見えて、魔王様の血を引く由緒ある家柄の生まれなのよ。人間界との盟約がなければ、この私が魔王様の妃となるはずだったのに。分不相応にも、あなたみたいな小娘が魔王様の隣に立っているなんて」
「それは……すみません」
確かに、人間と魔族の友好関係のための政略結婚とはいえ、ここへ来てから、自分があまりにも分不相応な相手のもとへ嫁いでしまったと、レミリア自身も感づいていた。
「どうしてこんな非力な小娘が……。私のほうが、魔力も気品も美貌も兼ね備えているわ」
「確かに。アリシアさんは、人間に似て素晴らしい美貌の持ち主ですね」
口走ってから、失態に気がつく。
魔界で〝人間らしい〟というのは、褒め言葉にならないかもしれない。
けれども彼女は、レミリアの言葉に満更でもない様子で目を細めた。
「当たり前でしょう。だって、私は魔族と人間の混血なのですもの」
「ハーフ?」
魔族と人間の混血児がいるなんて、レミリアはこれまで聞いたこともなかった。
確かに彼女は、人間であればかなりの美貌の持ち主だ。スラリと高い長身は、レミリアが見上げるほどある。大きな瞳に、高く通った鼻。目鼻立ちも整っていて、思わず見惚れてしまいそうなほどだった。
魔界では、魔王やアリシアのような人間に近しい容姿の魔族は珍しいのだとわかる。
現にこの町でも、通りを行き交う魔族たちは、体格こそ人間に似ているけれど、角や牙が生えていたり、髪や瞳の色が違っていたり、どことなく獣の特徴を併せ持つ者がいたりと、様々だった。
「ええ、当たり前でしょう。だって私は、魔王様の妃となるべく生まれたのだもの。魔王様にふさわしい美貌も見識も、兼ね備えていないとなりませんわ」
アリシアは鼻を鳴らした。
人間が魔族と婚姻するなんて、人間界では聞いたこともなかったけれど。考えてみれば、レミリアだって魔王のもとに花嫁としてやってきたのだ。こちらでは、特段珍しいことでもないのかもしれない。
「そうだったのですね」
レミリアは一人で納得した。
しかし横にいるアリシアは、なおもレミリアに対して好戦的な態度で迫る。
「まったく。人間のくせに、生意気にも魔王様と同じ紅い瞳をしているから警戒していたけど、よく見ればただの非力な人間じゃない。あなた、それで満足に魔法をつかえるのかしら」
「……いいえ。残念ながら、ほとんど使えません」
レミリアは肩をすくめた。発動するスキルが無いわけではない。
けれども、レミリアは未だにいくつかの生活魔法を成功させた程度で、無能であることには変わりなかった。
「呆れたわ。こんな非力な小娘を押し付けられて、魔王様が不憫でならないわよね。でも、まあいいわ。今にあなたなんか人間界に追い返して、私が魔王様の妃になるのだから」
アリシアはそう言って、不敵に笑ってみせた。
確かに、花嫁にふさわしいという意味では、レミリアよりもアリシアの方が美貌も魔力も兼ね備えている。彼女の勢いを前に、レミリアは自分の不甲斐なさから、何も反論することができなかった。
そこへちょうど、用事を済ませた魔王が、側近たちを連れて戻ってきた。
「アリシア。レミリアに余計なことを言わなかっただろうね」
「滅相もございません。ほんの世間話をしていたまでです」
魔王は釘を刺したけれど、アリシアは素知らぬ顔で受け流す。
そして所用があると言って、レミリアたちのもとを去っていった。
***
魔王と合流し、日も暮れてきたのでそろそろ帰ろうと、もと来た広場の方を目指していた時のことだった。
不意に、レミリアはあるものに目を止めた。
「ん。あれはなんですか?」
見れば、通りの先にぽつんと一つ、小さな屋台が構えている。テーブルの上には、白くてツヤツヤした謎の食べ物が並んでいた。
「あれも食べてみたい?」
横から魔王が顔をのぞかせる。
レミリア自身も、さすがに食べすぎなのでは、と自問していたけれど、心残りになるのもいけないと思い、思わずその白い食べ物へ手を伸ばした。
それは手のひら大の小さな丸い菓子で、触るとすべすべもちもちしている。
「こ、これは……。美味しい。とってももちもちしています。なんですか、これは」
「それは、〝モッチ〟というお菓子ですよ」
屋台の向かいにいた店主が声を上げた。
大柄で、鹿のような角を生やした獣人風の魔族だったが、見た目に反して口調は穏やかだ。
「ライズと呼ばれる穀物を蒸したものを、練り上げてつくるんです。ライズは臼で搗くと、こうしてもちもちの食感になるのですよ。中には、ダイスという豆から作られた餡が入っています」
「ライズとダイス……。どちらも人間界では聞いたことのない作物です」
「ライズは、ここへ来るときに通りかかった田園で育てられている作物だよ。魔界の一般的な魔族たちの主食となっている」
横から魔王が補足した。
言われてレミリアは、行きがけにあぜ道から見かけた、紫色の稲のような作物を思い出す。あれは単なる麦のようなものだと思っていたが、どうやらライズという作物らしい。
「魔界にこんな美味しいものがあるなんて知りませんでした。すごく癖になります」
「気に入ったのなら、城の料理長に言えば、同じものを作ってもらえると思うよ。このあたりでは定番のお菓子だから」
レミリアが夢中になってモッチを頬張っていると、魔王が教えてくれた。
その後、お土産にもう一つだけモッチを買ってから、レミリアたちは馬車で帰路についた。
***
「なんだか、今日は色々と見て回って、とっても楽しかったです」
あれから魔王とレミリアは町中を散策して、町の様子を見て回ったり、露店のお菓子を食べたりして歩き回った。
馬車に戻る頃には夕暮れ時になっていて、仄暗い夜のような空の、その地平線の先だけが、僅かに日没の明かりをともして光っている。
「夢中で一日中歩き回ってしまいました」
満足気につぶやいて、そのまま馬車の椅子に身を投げると、側で見ていた魔王が心配そうな声を上げた。
「たしかに、今日はレミリアには少し過酷すぎる一日だったかもしれない。大丈夫だったかい。人間は非力な存在だということを忘れていた」
そう言って、魔王はレミリアの肩に手を回し、心配そうに抱き寄せる。
彼にしてみれば何のことはない動作なのかもしれないけれど。レミリアは魔王を至近距離に感じて、思わず心臓が跳ね上がった。
「ご心配にはおよびません。人間にとっては、このくらい日常茶飯事ですから。むしろ、私がひとりではしゃぎすぎてしまいました……」
レミリアは赤面してタジタジしながら答える。言われて魔王は少しだけ身を起こしてくれたけれど、そのままレミリアのことを抱き寄せてくれた。
そうしているうちに、馬車の揺れと、魔王様の温もりに包まれているのが心地よくて、段々と眠気が襲ってくる。
「城に着くまで休んでいたら。着いたら起こしてあげるから」
魔王は、レミリアの肩に回した手で、その肩をさすりながら言った。
レミリアは顔に熱を帯びたように赤くなる。でも、言われるがまま魔王様の肩に身を預けてみた。そうしてゆらゆらと揺れているうちに、いつの間にか、すやすやと眠ってしまった。




