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08.葉っぱとファーストダンス

 パーティ当日、ミラジェーンは朝から走り回っていた。


 ブライズ公爵家のダンスホールとその手前にある庭園の飾り付けに不備はないはずだ。

 普段は飾り付けの値段ばかり気にしていたが、自分が招く側になると、美しさはもちろん、導線や光の反射具合にまで気を配るようになっていた。


「ミラ、準備は進んでいるかい?」


 ミラジェーンが振り向くと、タキシード姿のエリオットが庭園を進んできた。


「エリオット様、どうしてこちらに?」


「もちろん、婚約者である君を心配して来たのだよ」


「ありがとうございます。不安はございますが、努めておりますわ」


「無理はせず、いくらでも僕を頼ってくれて構わないよ。女性一人でできることなど、たかが知れているのだから」


「……お気遣い、感謝いたします」


 ミラジェーンが口ごもると、エリオットはニコリと微笑んだ。


「では僕は控室で待っているから、君もドレスに着替えておいで。婚約者である君がそのような葉のついたドレス姿では、僕も恥ずかしいからね」


「は、はい。そうですわね。そろそろ身支度に参りますわ」


 エリオットは頷いてからミラジェーンに背を向けて立ち去った。

 ミラジェーンは最後の確認のため、ホールへと向かった。


「……よし」


 飾り付けも、テーブルも問題ない。あとは客人が入り、料理が運び込まれるのを待つだけだ。

 ミラジェーンが頷いて踵を返すと、ホールの扉からエースが姿を現した。


「殿下、いかがなさいましたの?」


「君のことだから、きっとぎりぎりまで準備をしていると思ってね」


 ミラジェーンが駆け寄ると、エースは嬉しそうに手を伸ばした。


「ずいぶんと心を尽くして用意したんだね。楽しみにしているよ」


 エースの手がミラジェーンの髪に一瞬触れ、すぐに離れた。その手には落ち葉があった。


「君の婚約者殿は?」


「先ほど顔を出して行かれ、今は控室へ向かわれました」


「そうか。先を越されてしまったが、本邸までエスコートさせていただいても?」


「すぐそこですし、殿下と並ぶにふさわしいドレスでもございませんから大丈夫ですわ。母が控室に飲み物を用意しておりますので、そちらへ……」


「ミラ」


 目を伏せたミラジェーンを見て、エースは眉をひそめた。


「どうか、俺に君をエスコートさせてくれないかな。第二王子たっての願いなのだけれど」


「まあ、権力を笠に着るだなんて、仕方のない殿下ですこと。その願い、聞き入れましょう」


 エースが笑って腕を曲げ、ミラジェーンは手をかけた。



 ミラジェーンはエースと別れて自室へ戻った。オリン婦人と作ったドレスを侍女に着せてもらい、玄関ホールへ姿を現した。

 母と最後の打ち合わせを行い、着替えを終えた父と兄とともに、客人らが待つ控室へと向かった。

 パーティの最初、ミラジェーンは両親と兄と共に挨拶に勤しんでいた。

 今回の主賓は第一王子と婚約者のルーシー・オリン、次いでエース、さらにオリン公爵夫妻と長男エリオットと続く。


「ルーシー様、ご無沙汰しております」


「久しぶりね、ミラ。次に王城に来るのはいつ? 一緒にお茶でもどう?」


「ぜひ。来週参りますわ」


「ミラ嬢が来てくれるとルーシーが楽しそうで僕も嬉しいよ」


 そう言っておっとりと微笑んだのは第一王子アッシュで、ルーシーと仲睦まじく肩を並べていた。

 その隣にはエースも並んでいた。


「先ほど会ったばかりだというのに、見違えるように美しく、目が眩みそうだ。ミラ、一曲踊ってもらってもいいかな」


「殿下、自重なさってください」


「わかっているさ。そのドレス、よく似合っている。今度、俺からも新しいドレスとアクセサリーを贈らせてほしい」


「殿下……」


 ミラジェーンにじとりと睨まれ、エースは苦笑した。


「最初のダンスは君と婚約者殿、その次が主賓の兄上と義姉上、そのあとでいいよ。みんな好きに踊るのだろう?」


「婚約者がいるのに他の殿方と踊るのはいかがなものかと」


「それを指摘する者はいないと思うけれどね」


 アッシュが苦笑し、隣に並ぶルーシーも呆れたようにため息をついた。


「父がエリオットの婚約を強硬に推し進めたものだから……」


「そのせいで弟の機嫌が悪くて仕方がない」


「エース殿下は出遅れたことを悔やむのですね」


「兄さんも義姉さんも好き放題言って。ともかく、君と二番目に踊るのは俺だ。予約したから、よろしく頼むよ」


「承知いたしました。ですが殿下も引く手あまたでいらっしゃいますでしょうし、他の皆様と交流なさってくださいませ」


「嫌だ!」


「殿下!?」


 そのままエースは、アッシュとルーシーとともにブライズ侯爵夫妻と挨拶を交わし、去って行った。

 続いてオリン公爵夫妻とエリオットがやって来た。オリン公爵夫妻はブライズ侯爵夫妻と挨拶を交わしている。


「ミラ、君は主催なのだから、今日はあまり挨拶回りはしないのだろう?」


 エリオットは挨拶もそこそこにミラジェーンに問いかけた。


「はい、そのつもりでおります。ですので、エリオット様もそのようにお願いいたします」


「えっ、なんで?」


 目を丸くしたエリオットに、ミラジェーンも隣にいた兄のアドルフも同じように目を丸くした。


「それは、君がミラの婚約者だからだろう。まさか君、婚約者である妹を放って遊び歩こうとしていたのかい?」


「そ、そういうわけではありませんが……」


「何かご用事がありますの?」


「ま、まあ、そのようなところかな……それに主催はブライズ侯爵家なのだから、公爵家の僕には関係ないだろう」


「関係ない?」


 アドルフが大きな声で聞き返した。

 ミラジェーンがアドルフのスーツの裾を軽く引いたが、アドルフはエリオットに詰め寄った。


「それは、どういうつもりだい?」


「ど、どうもこうも……言葉の通りだ。これはミラがオリン公爵家に嫁いだ際、オリン公爵夫人として恥ずかしくないよう練習しているのだろう。それなのに僕が出しゃばれば、ミラの練習にならないじゃないか」


 エリオットの言い分を最後まで聞いたアドルフは、顔をしかめてミラジェーンに振り返った。


「……ミラ」


「は、はい。なんでしょうか、お兄様」


「つまみ出してくる」


「ちょ、それは」


「何を騒いでいるのだ、アドルフ」


 騒ぎに気づいたブライズ侯爵が、アドルフを止めた。

 同時にオリン公爵夫妻もエリオットの側にやって来た。


「どうしたのだ、エリオット。アドルフくんと何かあったのか。ミラ嬢がずいぶん困った顔をしているではないか。人前でレディに恥をかかせるのは感心しないな」


「む、向こうが責任を押しつけようとしてきたから……。と、ともかくそういうことだ。僕は僕のやるべきことがあるから、失礼する」


 公爵夫妻が止める間もなく、エリオットは立ち去った。


「……申し訳ありません」


 オリン公爵が頭を下げた。


「お、おやめください。公爵様が頭をお下げになることなど……」


「いえ、わたくしの教育不足です。ファーストダンスまでには説得しますので……今は失礼します」


 オリン公爵夫妻は踵を返し、去っていった。

 ブライズ侯爵一家は、顔を見合わせるしかなかった。


「……ど、どういたしましょう」


 ミラジェーンが口を開くと、ブライズ侯爵が肩をすくめた。


「どうもこうもない。もし時間までにエリオットくんが戻らなければ、そうだな、久しぶりに私たちがファーストダンスを踊ろうか」


「かまいませんわ、あなた。王国一ともてはやされたダンスをお見せいたしましょう」


「そ、そうなのか。聞いたことがないけれど」


 盛り上がる両親を見て、アドルフが驚いた。

 ブライズ夫人は、にこりと微笑んだ。


「ええ、昔からこの人は、わたくしのダンスに首ったけなのよ」


「もてはやしたのは父様か。……まあ、それならそれで、楽しみにしておくよ。なあ、ミラ」


「そうですわねえ。もしくは私とお兄様か、お兄様が今から意中のご令嬢を連れてきてくださってもかまいませんのよ?」


「そうか。では俺の部屋から一番大きいそろばんを取ってきてくれ」


 おどける兄に、ミラジェーンは顔を上げて笑った。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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