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05.ケーキスタンドとシャンパングラス

 月が変わって間もなく、ミラジェーンとエリオットの婚約が貴族会にて正式に承認された。

 それにより、ミラジェーンは晴れてエリオットの正式な婚約者となり、パーティなどの場ではエリオットにエスコートされることとなった。



 これについて、登城の際にミラジェーンはエースから苦言を呈されたが、彼女にどうこうできることではなかった。


「正式な婚約者がいるのに、他の殿方にエスコートしていただくのは不自然でしょう」


「そうだけど」


「これまで兄の手が空かない折にエスコート役を買って出てくださったことには感謝しておりますが……殿下、そのようなお顔は王族のなさるものではありませんわ」


「遺憾の意を表しているんだ」


 婚約の承認から数日後、王城にてエースから昼食に誘われたミラジェーンは、彼専用の温室でサンドイッチを手にした。

 温室の中央にテーブルがしつらえられ、その上にはアフタヌーンティーよろしく三段のケーキスタンドが置かれていた。もっとも昼食時であるため、サンドイッチやサラダが載せられており、一番上のスイーツはケーキではなくガレットであった。

 このような腹持ちのよいメニューのほうが殿方受けしそうだとミラジェーンは思いつつ、侍女にサラダを多めによそわせた。


「殿下も国王陛下からお見合いを命じられていらっしゃいますでしょう」


「なんでそれを」


「存じ上げぬ貴族などおりません。常日頃より、陛下が声を大にして憂いていらっしゃいますもの」


 ミラジェーンの言葉に、エースは不快げに顔をしかめた。


「あれはブライズ侯爵に向けた嫌味のようなものだ。俺が『君に執心しているせいで見合い話を断っている』とね」


「……それでも、それを私の父に言ってもどうにもなりませんでしょうに」


「まあ、父には父の考えがあり、それが俺とは相容れなかったという話だな。ああ、サラダのドレッシングはどちらにする? こちらはいつも君が使っているもの。もう一方は隣国で最近流行していると聞き、取り寄せたものだ」


「では、せっかくですのでお取り寄せなさった方を。一度味を確認したかったのでありがたいですわ」


「この間の食事会で、君が興味を示していたと聞いたからね」


 先ほどとは打って変わって、エースは微笑み、ミラジェーンは顔をしかめた。


「なぜそれを?」


「ふふ、秘密……というのは冗談で、インサラータ伯爵が先日商いの許可を取りに来た際に聞いたんだよ。このドレッシングもそのときにいくらか分けてくれてね」


「そういうことでしたか。たしかに美味しいですわね。価格のほどはいかがでしょうか。……失礼いたしました、つい」


 恥じ入った顔のミラジェーンに、エースは特に驚きも笑いもせずドレッシングのポットを手にした。


「ブライズ侯爵の娘として正しい感覚だと思う。このポットの量で……」


「なるほど、少し高価ではありますが、販路を考えれば適正ですわね」


「ちなみに、野菜用だけでなく、今後は肉やパンにつけるものも展開したいそうだ」


「お肉はわかりますけど、パンも? ジャムということでしょうか」


「たぶんね。俺も詳しくは聞いていないが、そういう展望があるということだけだ」


 ミラジェーンが頷きながらフォークを進める様子を、エースは目を細めて見つめていた。


***


 数日後、ミラジェーンはエリオットとともに社交パーティーに参加していた。


「お手を、レディ」


「ありがとうございます、エリオット様。まずは主催者の方へご挨拶に参りましょう」


「たしか、君のご友人だったかな」


「はい、先日の食事会でエリオット様の斜め向かいに座っていた方です」


 エリオットは腑に落ちない様子のまま頷いた。

 ミラジェーンは会場内を見回し、主催者の娘であるリサーナを探した。


「ミラ様!」


 ちょうど他の者との挨拶を終えたらしいリサーナが、ミラジェーンに気づいて手を振った。


「リサ様! エリオット様、参りましょう」


「……ミラ、ご友人だからといって、令嬢がそのように大声で呼びかけ、手を振るものではないよ」


「そ、それは失礼いたしました……」


 しかめ面のエリオットに、ミラジェーンは引きつった表情で頷いた。


「今後は僕がしっかり教えてあげるから安心して。さあ、行こうか」


「え、ええ」


 気を取り直すように、ミラジェーンは微笑んでリサーナのもとへと向かった。



 その後は様子をうかがいながら、順に挨拶をして回った。

 エリオットとミラジェーンは、それぞれ公爵家と侯爵家の出であるものの、いずれもまだ爵位を継いでおらず若く、さらに婚約が決まったばかりであるため、自ら出向いて挨拶に回る必要があった。


「これはこれは、ミラジェーン様。こちらが例の婚約者殿ですかな?」


 そう微笑んだ老爺は、王城でミラジェーンとともに財政管理を行ってきた人物であった。


「そうなのです。ご紹介できるのを楽しみにしておりましたわ。エリオット様、こちらはブライズ侯爵家と長年付き合いのある家柄でして……」


「あ、はい。エリオット・オリンと申します……」


 エリオットが矍鑠とした老人におっかなびっくり挨拶する様子を、ミラジェーンは笑顔で見守った。

 老爺としばらく談笑した後、二人はまた他家へと挨拶に向かったが、その途中でエリオットは飲み物を取るために壁際へと移動した。


「ミラ、先程のご老人とは親しいのか」


 エリオットは華奢なシャンパングラスを片手に、ミラジェーンへ振り向いた。


「ええ、先ほどもお伝えしたとおり、先々代からの付き合いですし、私に帳簿の見方を現地で教えてくださったのもあの方です。私の尊敬する……目標とさせていただいている方の一人ですわ」


 ミラジェーンは誇らしげにエリオットを見上げた。

 しかし、エリオットの表情はミラジェーンの予想とは大きく異なっていた。


「ミラ、あのご老体は子爵だろう? その程度の爵位しか得られなかった者を師と仰ぐのは、公爵夫人としていかがなものかと思うよ。そんなだから相手からも敬意を得られず、あのような扱いをされるんだ」


「個人の資質は爵位で量るものではありませんし、私はあの方を師として慕っております。それに、雑な扱いなど受けてはおりませんわ。あれは雑ではなく、親しみを込めてのことです」


「ミラ、このような場で令嬢が大声を出してはいけない。先ほども言っただろう?」


「ですが……」


 ミラジェーンは唇を噛んだ。

 エリオットの顔には慈愛のようなものが浮かんでおり、それは幼子に言い聞かせるような表情にミラジェーンには映った。


「オリン公爵家に嫁入りしたら、付き合う相手は考えなければならないよ。女性である君には難しいかもしれないけれど、僕がきちんと教えてあげるから。あのご老体は……今はかまわない。君は城での華やかな顔の役目を任されているのだろう? きちんと終わらせておいで。立つ鳥跡を濁しては、オリン公爵家の名誉に関わる」


 笑顔のまま言い終えたエリオットに、ミラジェーンは何と言えばよいのかわからなかった。

 彼女が黙ったままうつむくと、エリオットは穏やかな声で続けた。


「さあ、そろそろ主催者の挨拶が始まるようだ。君のやかましいご友人も登壇しているね。せいぜい話を伺いに行こう」


「……はい」


 ミラジェーンは顔を上げた。

 このような場で騒ぎ立てるわけにはいかず、友人に心配をかけるわけにもいかなかった。

 いつものように背筋を伸ばしてエリオットの隣を歩いたが、その腕に手を添える気にはなれなかった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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