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04.サラダとドレッシング

 春の陽射しが降り注ぐ、穏やかな日。

 ミラジェーンは親しい令嬢たちと、茶会に興じていた。

 社交と情報交換のためという建前ではあったが、話題の中心はもっぱらミラジェーンとエリオットの婚約であった。


「オリン公爵令息はどんなお方ですの?」


「正義感に溢れた素晴らしい殿方と伺いましたが」


「妃殿下の姪御様をお助けになったとか」


「王子殿下とも親しくていらっしゃるのでしょう?」


 ミラジェーンは軽く微笑み、


「普段は穏やかで物静かなお方ですのよ」


 と、嘘ではない範囲で答えた。彼女は嘘をつくのが得意ではない。

 しかし、それだけで令嬢たちは目を輝かせた。


「ところで正式な婚約は、まだなさっていませんのよね?」


 雑談の最中、ミラジェーンの傍らに座っていた伯爵令嬢が首を傾げた。


「ええ、まだです。月が変わってから、正式に貴族会議へ婚約を報告する予定です」


「そうなんですの……ミラ様、最近エリオット様とはお会いになりまして?」


「いえ、お花見以降は機会がなく……何か、気になることでも?」


 伯爵令嬢はわずかに困ったように視線をさまよわせた。


「……あの、おめでたい場で申し上げるのは気が引けますが、グロッタ男爵令嬢と散歩をなさっていたのをお見かけしたので」


「え? アーシェス子爵令嬢ではなく?」


 別の令嬢が声を上げた。

 ミラジェーンは眉をひそめた。

 しかし、彼女が聞き返すより早く、ミラジェーンの隣に座していた侯爵令嬢リサーナが眉をひそめた。


「ミラ様の前で、そのようなはしたない話をするものではありませんわ。せっかくご婚約なさって、これから式の準備でお忙しくなるのに」


「も、申し訳ありません、ミラジェーン様。水を差すような真似を……」


「いえ、かまいませんわ」


 ミラジェーンはゆっくりと首を振って、話題を出した令嬢二人に笑みを向けた。

 二人とも眉を下げて肩を落としており、悪意があるようには見えなかった。


「お気になさらないでください。むしろ、言いにくいことをお教えくださり、感謝しておりますわ」


「ミラジェーン様……寛大なお言葉、ありがとうございます」


「ええ、ミラ様のような素敵なレディとご結婚できるだなんて、エリオット様がうらやましいですわ。きっとエリオット様も素晴らしいお方なのでしょう」


 リサーナは微笑んで場の空気を和らげた。

 令嬢たちは再び穏やかに談笑を再開した。

 ミラジェーンも再び会話に加わり、他の令嬢たちの近況や、お気に入りの殿方について話を聞いた。


 仕事の話となるとやや熱が入りがちなミラジェーンであったが、このような場では気をつけていた。

 帳簿の数字がぴたりと合ったときの心地よさは、兄と両親以外とは分かち合えないのだと、彼女は登城するようになって早い段階で学んでいた。


「ミラはそろばんを弾いているときが一番輝いて見える」


 そう微笑んだ第二王子の姿を思い出したが、ミラジェーンは目を伏せ、首を振ってその記憶を追い払った。

 それよりも、彼女は帰宅後に婚約者の動向を確認することを忘れまいと、胸中に刻みつけた。


***


 社交シーズン中ということもあり、令嬢らが集う茶会はもちろん、令嬢令息による社交の場としての会食も、週に一度ほどの頻度で開催されていた。

 その日の主催はブライズ侯爵家であり、ミラジェーンと兄アドルフの二人で場を取り仕切っていた。


「さすがブライズ侯爵家……素晴らしいお食事ですわ」


 先日の茶会同様、ミラジェーンの傍らに座っていたリサーナが目を輝かせた。


「ふふ、リサーナ様が教えてくださった精肉店に取り寄せを依頼いたしましたの」


「やはりそうでしたか。舌がとろけますわ……」


「お口に合いましたなら何よりです、レディ」


 ミラジェーンの斜め前、席の中央に座していたアドルフが微笑むと、リサーナは頬を染めた。


「失礼いたしました……はしたないところをお見せしまして」


「とんでもない。我が家の料理人が腕を振るいましたので、喜んでいただけて何よりです。こちらのソースもおすすめですよ」


「あ、ありがとうございます……!」


 途端に肉を小さめに切り分け始めたリサーナに、ミラジェーンは微笑みかけ、それから隣へ視線を向けた。

 そこではエリオットが静かに食事を進めていた。


「エリオット様のお口には合いましたか。こちらのサラダと冷菜に使用しております野菜は、オリン公爵夫人にお願いして、オリン領の品を取り寄せておりますの」


「そうなんだ」


「はい。ご存じかとは存じますが、どれも新鮮で美味しくございますので、エリオット様もぜひお召し上がりくださいませ」


「う、うん」


 エリオットの顔がわずかに引きつった。

 ミラジェーンは微笑みを保ったまま続けた。


「……もし、得意ではないお野菜があれば、給仕の者にお申し付けくださいな」


「ああ、そうさせてもらおうかな」


 ミラジェーンは軽く頷いてから給仕に声をかけ、エリオットの前に並んでいたサラダや冷菜を、自らの皿へそれとなく移させた。


「君はウサギかなにかか?」


 先ほどより露骨に顔をしかめたエリオットに、ミラジェーンは自慢げにドレッシングのポットを手に取り、見せた。


「こちらのブライズ侯爵家秘伝のドレッシングがお気に入りですの」


「昔、ミラが野菜を苦手としていたころに、うちの料理人たちが用意した品だね。彼らの汗と涙の結晶だ」


 アドルフの言葉に、ミラジェーンは焦ったような顔で振り向いた。


「嫌ですわ、お兄様。いつの話ですか」


「十年以上も前かな。エリオットくんも、リサーナ嬢もぜひ味わってくれ」


 ミラジェーンは兄の気遣いに感謝しつつ、エリオットやその向こうに座する客人たちが穏やかに食事をする様子を確認していた。

 ふと、エリオットの隣に座っていたインサラータ伯爵令息が顔を上げた。


「そういえば、ミラジェーン様は国政における予算管理も手がけていらっしゃいますよね。そちらは今後もお続けになるのですか?」


「いえ、お城でいただいている務めは、結婚を機に手放すことになりまして」


「そうなのですか。ブライズ侯爵父娘の手腕で、我が国の経済はここまで成長したとも言われておりますのに、残念ですね」


 令息が本当に残念そうに言うので、ミラジェーンはぎゅっとフォークを握りしめた。


「そのように言っていただけて、父ともどもありがたく存じますわ」


 アドルフが気遣わしげに視線を寄越したが、ミラジェーンはわずかに首を振った。


「ミラ嬢には我が家の財政管理に集中してもらいたいもので」


 エリオットが口を開いた。


「彼女は確かに優秀だが、わたしが支えている部分も多い。これを機に、よりしっかりしてもらえればと」


 ミラジェーンは素早く、アドルフの足を蹴った。

 アドルフは小さく息を吸ってから、ナイフを握り直した。


「エリオットくんは、そういう考えなんだね」


 底冷えのするような声に、エリオットの顔がわずかに引きつったが、アドルフの顔にはあくまで笑みが浮かんでいた。


「至らないところも多いかもしれないが、僕にとっては目に入れても痛くない可愛い妹だ。どうかよろしく頼みたいね。……そう思うのは僕だけではない。ねえ、ミラジェーン?」


「いやですわ、お兄様。私の心配より先に、ご自身とブライズ侯爵家の将来をご心配なさってくださいませ。そろばんとは結婚できませんのよ」


「父からも見合いを山ほど進められているんだけど、なかなかね……」


 ようやく表情を弛めて軽口を叩くアドルフに、リサーナが笑って声をかけた。

 ミラジェーンは安堵して、エリオットの様子をうかがった。

 彼は何事もないかのように、肉をナイフで切り分けていた。

 その向こうに座するインサラータ伯爵令息と目が合ったので、ミラジェーンは軽く微笑んだ。


「最近、お父様と事業を始められたとうかがいましたわ。隣国の商家と共同で行われているとか」


「さすがブライズ侯爵家のご令嬢。耳がお早くていらっしゃる」


「ふふ、実はオリン公爵夫人から伺いましたの。エリオット様もぜひ、お話をうかがいましょう」


「あ、ああ、ぜひ詳しくお聞かせ願いたい……」


 食事会は、和やかに進んでいった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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