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20.噂話と真実

 夏のある日の茶会にて、ミラジェーンはいつもどおりリサーナ侯爵令嬢と談笑していた。

 この日のミラジェーンはルーシーから贈られたシミューズドレスを身にまとい、リサーナはそれに強い関心を寄せていた。


「やはりコルセットがないというのは魅力的ですわよね」


「ええ、着脱に手間がかかりませんし、着用中も動きやすいですわ。風をはらみやすいのが難点ですが、羽織りものがあれば抑えられますの」


「北部ではもう売り出されていますの?」


「そろそろと聞いておりますわ。夏のバカンスから本格的に提供なさるため、ルーシー様が皆様に紹介していらっしゃるそうですから」


「でしたら、夏のバカンスを北部にすれば手に入りますのね。お父様に相談しようかしら」


 二人がのどかに談笑しながら茶を飲んでいると、別のテーブルからささやき声が聞こえてきた。


「まあ、本当ですの?」


「噂ですが……」


「でも婚約中とうかがっておりますわ。それもお相手はブライズ侯爵令嬢でしょう?」


 自身の名が聞こえ、ミラジェーンは思わず聞き耳を立てた。


「エリオット様、ずいぶん派手に遊んでいらっしゃるとか」


「それも子爵家、男爵家の令嬢のみをお相手にでしょう?」


「あなた、声をかけられたことはありまして?」


「えっと、実は……」


「ミラ様」


 リサーナの声が、噂話を遮るように響いた。

 ミラジェーンは驚いて目を丸くし、リサーナを見つめた。

 リサーナの真剣な表情は、その噂が嘘ではないと物語っていたが、ミラジェーンにはうまく受け入れられなかった。


「リサーナ様、何かの間違いではないのかしら」


「……ミラ様」


「誤解が重なっているだけかと存じますが」


 ミラジェーンは俯き、指先をこねた。

 インクで黒ずみ、紙で擦り切れた令嬢らしからぬ指先が、ミラジェーンの視界に滲んだ。


「ミラ様。聡明なあなた様なら、何が真実かおわかりのはずですわ」


 よく通るリサーナの声に、ミラジェーンは顔を上げられなかったが、指先に温もりを感じた。

 ミラジェーンがゆっくりと顔を上げると、リサーナが穏やかな笑顔で見つめていた。

 柔らかな手が重ねられ、その温かさにミラジェーンの瞳はいっそう滲んだ。


「……ありがとうございます、リサーナ様」


「よいのよ、ミラ様。友達ではありませんか」


「ありがとうございます……っ」


 ミラジェーンは再び俯き、肩を震わせた。

 リサーナは友人にハンカチを差し出し、黙って待った。



 しばらくして、ミラジェーンは顔を上げ、辺りを見回した。

 同じテーブルには、ミラジェーンと親しくしていた令嬢らが心配そうな顔で座り、他の令嬢らは遠巻きに様子をうかがっていた。


「……申し訳ございません、空気を悪くしてしまって」


「いえ、一番空気を悪くしているのはオリン公爵令息ですので、ミラ様が謝る必要はございませんわ」


「リ、リサーナ様……」


 リサーナの容赦ない言い方に、周囲の令嬢らが苦笑した。

 それでミラジェーンは、その噂がただの噂ではないのだろうと察してしまった。

 自分が愚鈍であればよかったのにと思ったが、すぐにその考えを打ち消した。


 質実剛健――それがブライズ侯爵家のモットーである。


 いくら辛いからといっても、お飾りの令嬢になどミラジェーンにはなれなかった。

 ミラジェーンは背筋を伸ばし、令嬢らを見回した。


「皆様、知っていることを教えていただける?」


 令嬢らは顔を見合わせた。

 それを見て、リサーナが真顔で真っ先に口を開いた。


「ミラ様にとって愉快な話ではありませんが、よろしいでしょうか?」


「……はい。まずは真実を知らなくてはなりません。何も知らないままでは何も決められませんもの」


「それでこそ、ミラ様ですわ」


 リサーナは微笑み、テーブルの菓子をミラジェーンに勧めた。

 他の令嬢らも、各自茶や菓子を侍女に用意させ、頷いた。

 ミラジェーンは唇を噛み、令嬢らの言葉に耳を傾けた。


***


 帰りの馬車の中で、ミラジェーンはぼんやりと外を眺めていた。


「今年の春頃からでしょうか」


「ミラ様が引き継ぎでお忙しそうにされていた頃かしら」


「たしかブライズ侯爵夫人が社交パーティの主催をされていた頃も……」


「お相手ですが、以前お話ししたグロッタ男爵令嬢とアーシェス子爵令嬢と、それから……」


「最近ですと画廊でお見かけしましたわ」


「まあ、わたくしもです。ひと月ほど前のことかしら」


 ミラジェーンの頭の中で、令嬢たちの噂話が幾度も巡っていた。

 令嬢らから聞かされた家名は、どれもここ数年のうちにブライズ侯爵家が出資を断った家ばかりであった。


 ミラジェーンはゆっくりと息を吐いた。

 外ではまだ陽が高く、馬車内にも明るい陽射しが降り注いでいた。

 ミラジェーンの手元には暗い影が落ち、自分の手の形もわからなかったが、膝のあたりは明るく照らされていた。

 膝まで垂れ下がった銀のリボンがきらきらと光り輝き、ミラジェーンの瞳にはあまりに眩しく、目を離せなかった。


 ミラジェーンの正面には、険しい顔の侍女が座っていた。

 侍女はミラジェーンの様子を気にしながら、ブライズ侯爵邸に戻った際の引き継ぎについて考えていた。

 まずすべきは、令嬢らから聞いた話をアドルフ付きの侍女に伝えることだろう。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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