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19.報告書と借金

 第二王子エースは、ミラジェーンを執務室まで送り届けると自身の執務室へと戻った。

 机には、事前に手配しておいた調査書が積まれていた。


「どうだった?」


「真っ黒ですね」


 エースの秘書官である青年が、眼鏡を押さえて言った。


「よくもまあ、これほど短期間で、という結果です」


「外見は悪くないからなあ……エリオット・オリンは」


 エースの呆れた声に秘書官が目を細めた。

 窓から吹き込む風が調査書を揺らした。


「そこにブライズ嬢の婚約者という自信も加わり、ブライズ嬢や彼の人となりを知らぬ令嬢らには魅力的に映ったのでしょう」


「……まったく」


 エースは舌打ちし、席について調査書をめくった。

 そこには、エリオット・オリンがミラジェーンと婚約して以降の女性関係が、束になるほど記されていた。


***


 そもそも、エリオット・オリンとミラジェーン・ブライズの婚約はオリン公爵家が熱望し、エースの父である国王が情勢を鑑みて後押ししたことにより実現したものだ。

 では、国王が後押しせねばならなかったほどの情勢とは何か。

 エースは眉間に皺を寄せ、調査書に目を通しながら思い返した。


 それ以前からエースはミラジェーンとの婚約を、ブライズ侯爵夫妻と国王夫妻の双方に打診しており、ほぼ内定していたのだ。

 エースの兄であるアッシュが即位し、エースが公爵に叙爵されれば、地方政治に携わることになる。その際、国政にも経済にも明るいブライズ侯爵家の長女を娶ることは、国にとっても益となる。

 もちろん、ブライズ侯爵夫妻も国王夫妻も、エースが昔からミラジェーンに惚れ込んでいることを知っていたため、特に反対はなかった。

 あとは、年齢を理由にエースの求愛をやんわりと避けているミラジェーンを、いかに口説き落とすか――エースが悩んでいた折、その問題が起きた。


 オリン公爵家に多大な借金があることが判明した。その理由は、長女ルーシーが第一王子アッシュと婚約したことをきっかけに、


「王族と付き合うのだから、地味な装いは足元を見られますわ」


 と、オリン公爵婦人が身に余る散財を重ねるようになったためである。

 ルーシーの嫁入り道具であるドレスやアクセサリー、調度品までは身の丈に合っていたが、やがてオリン公爵婦人のドレスやアクセサリーにとどまらず、オリン公爵の衣服、公爵邸の家具一式、さらには食事に至るまでが一新され、財政を圧迫するに至った。

 オリン公爵も途中でそれに気づいたが、一度豊かになった生活水準を下げることは難しかった。

 公爵家は、転がり落ちるように借金を重ねていった。


 その状況を受け、オリン公爵は国王に泣きついた。

 国王としても、国を代表する貴族をそのような理由で没落させるわけにはいかず、ブライズ侯爵に相談しようとした折、ミラジェーンのことを思い出した。

 そして、国王とオリン公爵が相談した結果が、エリオットとミラジェーンの婚約であった。



 もちろんエースは抗議した。

 しかし、国王から


「だが、お主は何年かかってもブライズ嬢を射止められずにいたではないか。オリン公爵家の債権のためにもブライズ嬢の能力をこれ以上遊ばせてはおけない」


 と言われ、ぐうの音も出なかった。

 エースは常々、


「君はあんな小物との結婚に満足しているのかい?」


「ちゃんと大事にされてる?」


「ミラは、あんな男と婚約して、本当に幸せなのかい?」


 と聞きたくて仕方なかった。

 一度も聞かなかったのは、もしミラジェーンに肯定されれば立ち直れないと思っていたからだ。


***


「しっかし、どうしたものか」


 唸るエースに、若い秘書官は無表情のまま答えた。


「ブライズ嬢にお伝えし、婚約破棄をお勧めになっては?」


「……それでミラが幸せになれるならそうするけど」


 エースの長いまつげが、夏の日差しを受けて顔に影を落とした。


「ブライズ嬢の性格的に、知っていても飲み込みかねませんね。政略結婚なんてそんなものだと」


 秘書官の言葉に、エースは唇を噛みながら報告書をめくった。

 だからこそ、彼女の友人らはエースに報告を上げたのだ。

 ミラジェーンを不幸にしたくない一心で、入れ替わり立ち代わりエースのもとへ情報を持ち寄った。

 それを受けてエースが調査させたところ、想像をはるかに上回る酷い結果が返ってきた。

 エースは手にじっとりと汗をにじませていた。


「ブライズ嬢をまともにエスコートすらせず、彼女の手柄や手腕をすべて自分のもののように言いふらしているようです」


「刺してくる」


 秘書官は、エースの低く唸るような声を気にも留めず、続けた。


「さらに、ルーシー様がお勧めになったシミューズドレスを下品な品だと、着用のたびに貶し」


「めった刺しにしてくる」


「最近では、ブライズ嬢がお飾り令嬢のくせに登城していい気になっていると言いふらし、本人には『登城ばかりしていないで、オリン公爵家の次期夫人として母に教えを乞え』と、登城の妨げにもなっているようで」


「そうか、オリン公爵家の家系図を出してくれ。根絶やしにする」


 エースは真顔で腰を浮かせた。


 この場にいたのがミラジェーンの侍女であれば、素早くオリン公爵家の家系図と暗器を揃えて差し出しただろうが、実際にいたのはエースに長年付き従っている秘書官だけであり、それらが出されることはなかった。


 秘書官は淡々と、オリン公爵家の財務状況に関する報告書をめくっていた。


「以前よりさらに散財がかさんでいます。……エリオット氏が令嬢らに奢ったり贈り物をずいぶんされているようです」


「ミラにはドレス一つ贈らないくせにか。生かしておく価値はあるのかい?」


 エースは秘書官を睨みつけた。

 しかし秘書官は意にも介さず、エースを見返した。


「オリン公爵家の借金の返済と、その尻拭いをさせなければなりませんからね」


「ミラを巻き込んでね! 冗談じゃない」


 エースは報告書を机に叩きつけた。

 できることなら、この報告書を持って財務官用の執務室へ駆け込みたい。しかし、ミラジェーンは、


「さようですか」


 とだけ言って、自ら泥をかぶる可能性があった。


 どうすれば、彼女自ら婚約破棄を申し出るよう仕向けられるか。

 侍女が運んできた苦いコーヒーをすすりながら、エースは思案したが、なかなか良い案は浮かばなかった。


 そんなものがすぐに浮かぶのなら、オリン公爵家より先にミラジェーンへ求婚していたはずだと、エースは泣きたい気持ちで報告書を睨んだ。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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