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18.紫のドレスと銀のリボン

「ミラ!」


 ミラジェーンが執務室で書類をめくっていると、エースが顔を出した。

 今日は若手財務官の変装はしておらず、普段着らしいシャツとベストに、すっきりしたボトムを合わせていた。

 髪は変装なのか白金色に変えられていたが、瞳はいつものアメジスト色に輝いていた。


「殿下、いかがなさいましたか?」


「今日の昼食を一緒に摂りたくて、誘いにきたんだ。どう?」


「……はい、喜んでご一緒させていただきます」


 ミラジェーンが小さく頷くと、エースははにかんだ。


「やった。じゃあ昼時に第三温室で。何か食べたいものはある? 今ならリクエストできるよ」


「えっと……」


 顔を曇らせたミラジェーンに、エースは首をかしげた。

 いつもであれば、


「そのようなワガママを申せませんわ」


「では先日のお料理が美味しかったので、またいただきたいです」


 と、何かしらすぐに答えるのだが、今のミラジェーンは困った顔で口ごもっていた。


「思いつかなければ、俺の好きなものでいいかな」


「あ……はい、お願いします」


 エースは笑みを浮かべたまま机を回り、ミラジェーンの隣に立った。

 そして彼女の指先を取った。


「今日のドレスもガウンも、よく似合っているよ」


「……ありがとうございます、殿下」


「じゃあまた後で。俺は人気者だからね、たくさんのサインが求められているんだ」


「ふふ、早く行かないと秘書が探しに参りますわよ」


「まったく、人気者は辛いよ」


 ようやく笑みを浮かべたミラジェーンに、エースも同じように微笑み、執務室を出ていった。


「殿下はどうなさったのかしら」


 残されたミラジェーンは、ひとり呟いた。

 いつもより何か気遣われた気がしたが、その理由も、具体的に何がどう違ったのか、うまく説明できなかった。

 しかし、ミラジェーンの目の前には書類が山と積まれている。

 エースのことばかり考えているわけにもいかず、ミラジェーンはすぐに仕事に戻った。


 ミラジェーン付きの侍女は「どうもこうもありません!」と声を大にしたいのをこらえ、主のための替えのインクを補充した。




 数時間後、ミラジェーンが第三温室に顔を出すと、いつもより豪勢な食事が用意されていた。

 夏ということもあり、温室内には花々が咲き乱れ、日差しもあったが、打ち水をしたらしく空気がしっとりと涼んでいる。

 先に着いていたエースが笑顔でミラジェーンを出迎えた。


「殿下、なにかよいことでも?」


「そういうわけじゃないけどね。レディ、どうぞこちらへ」


 エースは微笑み、ミラジェーンのために椅子を引いた。


「あの、王族の方にそのようなことをさせるのは」


「俺をレディのエスコートもできない腑抜けにさせないでほしいのだけど」


「……口がお上手ですわね」


「そういうことにしておいてくれ。さあ、食べよう」


 テーブルの上には、いつものケーキスタンドではなく、前菜らしいサラダと、ハムとチーズの盛り合わせ、スープにドレッシングが並んでいた。


「ドレッシングどれにする? 君が好きそうなものを三種類頼んだけど」


「……ではこちらの柑橘のものをいただきます」


 ミラジェーンはエースにじっと見られながらドレッシングを選び、侍女がサラダに和えるのを待った。


「俺も同じものを」


「暑い日ですから、さっぱりしたお料理が美味しいです」


「口に合ってよかった」


 ミラジェーンがサラダを食べ終えると、次いで肉料理が運ばれてきた。


「殿下、運んでいただくのでしたら、食堂のほうがよろしかったのでは?」


「今日は食堂は父上たちが使っているんだよ。オリン公爵が来ていてね」


「まあ、そうでしたの。では後ほどご挨拶に参りますわ」


「んー、それは向こうが気まずいから止めたほうがいいかな」


 ミラジェーンが首を傾げたが、エースはそれ以上何も言わなかった。


「そういえば、引き継ぎは順調?」


「はい。滞りなく……と言いたいところですが、項目が多くてなかなか進まず。冬……次の春までには終えられるとは思いますが」


「引き継ぎ中にも君の仕事が増えているからねえ。まあ、増やしているのは俺なんだけど」


 エースはニヤッと笑った。


「頼っていただけるのはありがたいことですわ」


「そう言ってくれると助かる」


「ですが、北部の観光地開発などは殿下のお仕事ですよね? もちろん、ドレスについての相談くらいは構いませんが……」


「バレた? ついね。北部を言い訳に、君にいろいろなドレスを着せていたら楽しくて。今日のドレスもよく似合っているよ」


 ミラジェーンは呆れたような顔で肉を切り分けた。

 今日は薄い紫と青のレースを何枚も重ねたシミューズドレスを着用している。胸の下を銀のリボンで結び、羽織っていた薄手のガウンも銀色だ。


「ありがとうございます。たしかにこのドレスは着心地が良く、動きやすくて助かります」


「義姉上も楽だからといって、最近はそればかりを着ているね。一部の古風な貴族からは不評らしいけど、最近は茶会で他の令嬢にも試着を依頼して広めているみたいだ」


「あまり広めると北部の特産としての魅力が薄れるのでは?」


「そこは義姉上の腕の見せどころだな」


 肉料理を食べ終え、口直しのゼリーのあと、ミラジェーンが思わず目を輝かせるほど美しく盛られたフルーツが運ばれてきた。


「まあ、素敵」


「喜んでくれて嬉しいよ。インサラータ伯爵がフルーツのサラダを開発中だそうでね。試食ってことで君にも感想を聞かせてほしい」


「かしこまりました、殿下」


 侍女がミラジェーンの皿に盛り付けが崩れないように取り分けていく。見慣れないフルーツについて、運んできた料理人が説明を加えた。


「こちらはライチというフルーツでして、東南諸国産の品です。独特な香りがございますが、甘みが強く食べやすいかと存じます。こちらはマンゴーと呼ばれる品でして……」


「どれも見目麗しいですし、お味も美味しいですわ」


 ミラジェーンが目を輝かせて感想を述べる様子を、エースは微笑みながら眺めていた。

 彼の皿のフルーツは最初からほとんど手をつけられていない。


「美味しいです……いけませんわね、手が止まりません」


「どんどん食べてくれていいよ。せっかく彼らが君のために用意したのだから、残したらもったいない」


「ありがとうございます……殿下もお召し上がりになってくださいね?」


「ミラの笑顔でお腹いっぱいなんだ」


「お上手ですわね」


 くすくすと笑うミラジェーンに、エースは少し泣きそうな顔をした。


「ミラジェーン・ブライズ侯爵令嬢」


「はい、エース殿下」


「俺は第二王子としても、一人の男としても、常に君の味方だ。それを覚えておいてほしい」


「……どうなさったのですか、突然」


「お願いだから」


 エースの真剣な顔に、ミラジェーンは口ごもった。しかし、ただごとではなさそうだと感じ、すぐに頷いた。


「わかりました、殿下。覚えておきます」


「うん。必ずだよ」


 ミラジェーンが戸惑いながらも頷くと、エースも微笑んで頷いた。

 デザートを食べ終えたあと、ミラジェーンはエースにエスコートされて執務室へと向かった。

 その途中、オリン公爵と遭遇した。


「オリン公爵様、ご無沙汰しております」


 ミラジェーンはエースの腕から手を離そうとしたが、エースはそれを掴んで離さなかった。


「……これはこれは、エース殿下、ミラ嬢。ずいぶん親しくしていらっしゃるのだね」


「ええ」


 エースは一歩前へ出て、ミラジェーンを背にかばった。


「俺は、有能な人物を蔑ろにするような愚かな教育は受けておりませんので」


「それは……どうも、誤解が生じているようですな」


「卿のおっしゃる『誤解』が、どちらにとっての誤解であるかは確認が必要かと。いずれにせよ、俺はニーズヘッグの血を引く者ですので」


「で、殿下……?」


 ミラジェーンは話についていけず、落ち着かない様子でエースの腕を引いた。


「ああ、すまないね、ミラ。午後も仕事が山積みだろう? また夕方に菓子を持っていくよ。では公爵、忙しいのでこれで失礼するよ」


「失礼いたします」


 エースはオリン公爵の返事を待たずに歩き出した。

 ミラジェーンは慌てて会釈だけして、エースについて行った。

 執務室の扉の前で、エースはようやく立ち止まった。


「じゃあまた、午後も頑張って」


「はあ……殿下、オリン公爵と何かありましたの?」


「んー、公爵とではないのだけど……秘密」


 エースは執務室の扉を開けるとミラジェーンを中に入れ、笑顔で手を振りながら扉を閉めた。

 またもやミラジェーンは取り残され、呆然とするしかなかった。


ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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